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31 あーんして【挿絵付き】

 日曜日の昼下がり。

 穂香ちゃんとの距離感はまだ手探りな感じだ。


 僕はリビングで格闘ゲームに興じていた。

 白いサマーセーター姿の穂香ちゃんがソファーに笑顔で寄って来る。


「ねえねえ虎児郎くーん」

 甘えた声がかわゆい。


「なあに穂香ちゃん」

「あのね、一緒にタピオカ飲みに行かない? 近くにお店があるんだけど」


「む……」

 タピオカだと。


 あ――


 僕は穂香ちゃんに気を取られてしまったせいで、ゲーム操作を誤った。その隙に相手の攻撃をまともに喰らい、立て直しにも失敗して必殺技を受けてノックダウンしてしまった。あわわ


 穂香ちゃんはゲームがわからないので、困っている僕にお構いなしで楽しげに話す。

「私達を知ってる人はこの辺にいないと思うから、二人で行ってもきっと大丈夫だよ、うふふ」


「悪いけど……」

 僕はちょっとだけ嫌そうな感じの声で答える。


 ゲームで負けた苛立ちを穂香ちゃんにぶつけたくはないけど、僕はまだ子供だからしょうがないのだ。


「え」

「ゲームをしてたいんだ、ごめんね」


 画面を向いたまま、言い聞かせる。穂香ちゃんはしょんぼりしているだろう。でもこの家では僕は亭主関白に振る舞う。


「そっかーごめんねー虎児郎君の邪魔をして。じぁあまた今度ね」

 気まずい感じがしたようで穂香ちゃんが去って行こうとする。


「待って。そもそも僕はタピオカが好きじゃないんだ」

 タピオカが嫌なのであって、穂香ちゃんが嫌いなわけではないことを伝えておく。


「えーそうだったんだーうーん、そういうこともあるよね……」

 穂香ちゃんからは、タピオカ嫌いの人間などいるなんて信じられないという感じが伝わってくる。


「いや、実はタピオカを飲んだことはないんだ。タピオカで騒いでいる奴らが嫌いなだけで」

 世間でタピオカが流行っていることくらい僕でも知っている。


 そしてタピオカ屋に群れている若い男女はよく見かけた。貧乏だった僕と違って、奴らはリア充で青春を謳歌している。


 僕はタピオカ屋を通り過ぎるたびにリア充爆発しろと呪いの言葉を唱えていたものだ。


 金持ちになったからって、リア充のまねをするのはリア充の方が上だと負けを認めるようなものだ。

 だから僕はリア充になれるのかもしれないけど、リア充にならない生き方を貫く。


「タピオカの流行は終わったけど虎児郎はかっこいいなあ。徹底して流行に囚われない生き方をしてて、大好き♡♡」

 やさしい穂香ちゃんは僕のポリシーをわかってくれたみたいだ。ノリの悪い僕にも語尾にハートマークを2つくらい付けてくれる。しかし……


「流行って終わってたんだ……」

 僕は本当に世間知らずだ。


「私は虎児郎君とお出かけしたかったので、タピオカじゃなくていいんだけど……虎児郎君が外出したくないもんね。諦める」

「うーん、ごめん」


「じゃあ私がお家でタピオカミルクティーを作るね。お店に行かないならいいでしょ、虎児郎君」

 穂香ちゃんが名案を思いついたというふうに明るい声で話す。


「へ、タピオカって家で作れるの?」

「作れるよー」


「タピオカって、タピオカの木になっている実じゃないの?」

 ぷっ


 穂香ちゃんが吹き出している。僕は無知をさらけ出してしまった。タピオカミルクティーならバイトしてたコンビニでも売ってた。あの黒い粒はタピオカの木の実だと信じていたが違ったのか。


「あれは何なの」

「キャッサバっていう芋のデンプンを固めたものだよ」


「そうだったんだ……」

「タピオカっていう植物があるわけじゃないんだよ。虎児郎君は面白いなあ、大好き♡」


 穂香ちゃんからは本当に好きな感じが伝わってくる。

 僕がアホなことを言ったのが穂香ちゃんでよかった。


「でもさ、キャ、なんとかっていうのは家にあるの?」

「キャッサバ粉はないけど、片栗粉と餅粉があるからね。似たようなのは作れるよー」


「へえ」

「弾力がキャッサバほどはないと思うけど、いいよね、虎児郎君」


「もちろん何でもいいよ」

 僕は穂香ちゃんが作ってくれるのがうれしい。それに穂香ちゃんは料理が上手だからな。きっと美味しいものが出来上がるはずだ。


「ちょっと待っててね」

 穂香ちゃんはキッチンの方に行く。横目で見ると、白のエプロンを身に着けている。鼻歌が聞こえてくるからご機嫌なようだ。


挿絵(By みてみん)


 僕はゲームを再開。

 1時間ほどして、穂香ちゃんがお盆を持って歩み寄って来る。


「できたよぅ、虎児郎くーん」

 穂香ちゃんがテーブルにお盆を置いて声を掛けてくる。


 だが僕は格闘ゲームから目を離せない。

「ふふ、今は取込み中なんだね、じゃあ」


 穂香ちゃんがスプーンですくっている音。

「虎児郎くーん、あーんして。お口に入れてあげるから」


 穂香ちゃんから優しい声を掛けられて、僕はテレビの方を向いたまま口を開ける。

 スプーンが舌の上に乗る。ミルクティーだ。


「ん、んん」

 ぷにぷにする玉が口の中で転がる。スプーンが引っ込められたから口を閉じて、玉を噛んだ。


 玉は弾力があって、しっかりした歯応え。玉の甘さとミルクティーのほのかな苦味が絶妙のハーモニーを奏でる。


「おいしー」

 僕は無礼にもテレビを向いたままつぶやく。


「よかったぁ。はい、あーんして」

 穂香ちゃんはまた僕に食べさせてくれる。口を開くと再びスプーンを差し込んでもらえた。


 もぐもぐ


 まるで赤ちゃんみたいだと思いつつも、これはいい。


「はい、あーん」

 穂香ちゃんは僕が口を開ける度に、食べさせてくれる。


「これがタピオカなんだね。ほんとにおいしいよ」

「よかったあ虎児郎君に喜んでもらえて。お店と同じようにできたと思う」


「すごいよ、穂香ちゃん」

「はい、またあーんして」


 もぐもぐ


 ああ幸せだ。タピオカを店で買うんじゃなくて、家で作ってもらえるなんて。しかも食べさせてもらえるし。


 穂香ちゃんと同居してよかったな。美味しいおやつを作ってくれるし、赤ちゃん返りさせてくれるし。

あと1回で第一巻完結です。

記念に、挿絵を描いていただいるプロの方が1枚プレゼントしてくださいました。

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