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28 先生と一緒に暮らしたい

 土曜日の夜。

 穂香ちゃんが一連の出来事の御礼に、ご馳走したいからとアパートに招待してくれた。


 今日はお父さんがいないから、穂香ちゃんと二人きりだ。

 ピンクのエプロン姿で甲斐甲斐しく手料理を配膳する穂香ちゃんは艶かしい。


 穂香ちゃんの料理をいただくのは初めてで、期待が高まる。


「お父さんと私を助けてもらったのは御礼のしようがなくて、こんなんで悪いけど」

 そう言う穂香ちゃんの料理は手が込んでいる。


 何料理がいいか聞かれたから和食と答えたら、キノコの炊き込みご飯に、尾頭付き鯛の塩焼き、鶏肉の唐揚げ、ホウレンソウのお浸し、キュウリの酢の物、豆腐の味噌汁などと多くの品が並ぶ。


 家庭的なのが嬉しい。

 僕はお袋の味を知らないから、こういうのに飢えているのだ。


 綺麗にお皿に盛り付けられていて見た目も美しい。


「もっと作るから虎児郎君は先に召し上がってて」

「では遠慮なく」


 唐揚げに箸を伸ばす。

「ん――」


 揚げたての唐揚げってこんなに美味しいんだ。

 初めて知る感動が押し寄せてくる。


 児童養護施設でも唐揚げは出るけど、冷めているのだ。


 炊き込みご飯もダシの効かせ方、塩加減も絶妙で旨い。


 マンガとかだと料理の見た目はいいのに、味は最悪っていうメシマズな女子キャラが出てくるけど穂香ちゃんはそうじゃない。


 美人で優しいのに加えて料理も上手い。最高の女性である。

 こんな美味しい料理をいつも食べられたらなあ、一口食べるごとに夢見心地になる。


 十品以上作ってくれた料理を全部平らげると、穂香ちゃんは感激してくれた。

「うれしい。作った甲斐があったよ」


 うれしいのは僕なんだけどね。

 穂香ちゃんはお母さんと言うには若すぎるけど、お母さんぽい。


 僕の人生で欠落した部分を埋めてもらえている気がする。


 穂香ちゃんがテレビのリモコンを押す。

 ニュースは『ヴォルフ逮捕』の話題で持ち切りだ。


 女性アナウンサーが新たに入ったニュースを読み上げる。


「ドイツの警察は、ヴォルフ容疑者が親会社のお金5百億円を横領した疑いで捜査していましたが、隠し場所を突き留めました。ヴォルフ容疑者がドイツ国内に有する財産は全て没収され、千億円もの罰金が課されるとのことです」


「よっしゃあ」

 僕はガッツポーズ。穂香ちゃんも拍手する。


「アメリカでも、クリスタルの大株主たちがヴォルフ容疑者が与えた損害について、1兆円の賠償金を支払うよう求める訴訟を起こしています。また捜査当局は、ヴォルフ容疑者がスイスなどに隠している財産も全て差し押さえる方針を表明しています」


「よしよしよしよし」

 うれしくてたまらない。


 僕と上杉さんがヴォルフをやっつけてやったら、世間は手の平を返したように、ヴォルフを叩きまくる。

 ドイツやアメリカも参戦してくれて、ヴォルフはフルボッコ状態。


 名声は地に落ちて、極悪な守銭奴という正体が明らかになった。

 蓄えた金は全部没収されて、罰金で1兆円くらいもマイナスになる。


 最近はニュースを見るのが楽しいね。

 穂香ちゃんもニコニコして口を開く。


「日本の警察の取り調べはとっても厳しいからね。ヴォルフも五味田もひどい目に遭っているよ」

「へえ。いいことだね」


「夜も眠らせてもらえずに尋問されるんだって。拷問みたいなのが、半年も続くんだ」

「ククク、僕の大事な穂香ちゃんをイジメたヴォルフには地獄すら生ぬるいわ」


 僕がそう言うと、穂香ちゃんが「やーん」と悶えている。


 警察が僕に罪をでっち上げて逮捕しにくるのを心配していたけど、味方になってくれると心強いな。やっぱり警察は正義の味方だよ。悪く思ったのは失礼だった。

 

 五味田っていうバブルのおっさんも、ゴマをする相手を見誤って人生終了。クリスタルをクビになって、退職金はもらえない。


 でもって、週刊誌で、五味田は過去の下請けイジメぶりを暴露されて、叩かれまくっている。

 五味田はバブル世代らしく見栄っ張りで、高級住宅街に家を建てていた。だが、家には石やゴミが投げ込まれて廃墟と化しているという。


 五味田は、社畜ぶりを全開にするためにクリスタルの最高級車を買っていた。今や岩をぶつけられて、窓が全て割られて、車体はボコボコにされているらしい。、


 石を投げ込むのは、五味田にイジメられた人じゃないだろう。日本人の陰湿さが、こういう時は役に立つ。


 ヴォルフも五味田も自己責任だね。

 ざまぁみろ。

 

 延々と続いたヴォルフ破滅のニュースが別の話題に切り替わったので、穂香ちゃんはテレビを消した。


 湯呑みのお茶をすすりながら、テーブルの向いに座った穂香ちゃんとまったりする。


 穂香ちゃんとの関係をどうするか……この前から考えていたことを口に出す時だ。


「穂香ちゃん、良かったら僕と一緒に暮らさない?」


「へ」

 穂香ちゃんの目が点になる。


 しまった、恍惚としたせいで、色んな説明をすっ飛ばしてしまった。

「ご、ごめん、変なこと言って」


「そ、それって、もしかして、わ、わたしを、本当にお、お嫁さんに」

 やっぱり誤解されている。


「ま、待って、まだそういう話ではないんだ」

 穂香ちゃんと結婚してもいいんだけどね。まだちょっと早いかな。


「じゃ、じゃあどういうこと……ですか」

 穂香ちゃんは年上なのにモジモジと聞いてくる。可愛いなあ。


 咳払いして、自分を落ち着かせる。


「僕は児童養護施設を出ようと思うんだ。お金持ちになったから、いつまでも税金で運営される所にはいられない。どっかのマンションに住むよ」


「うんうん」

 穂香ちゃんはうなずきながら真剣に聞いている。


「言ったら失礼だけど、穂香ちゃんがこんなオンボロアパートに住んでたらかわいそうなんだ。僕のマンションはきっと一人で住むには広いから、穂香ちゃんも一緒にどうかなって思うんだ……」


 穂香ちゃんの顔がみるみる赤くなる。


「つ、つまりルームシェアね。同じとこに住むけど、寝るところは別の部屋で。家賃はいらないから、代わりに穂香ちゃんにはご飯を作ってほしいんだ」

 あくまでギブアンドテイクであることを強調する。


「わ、私が虎児郎君と一つ屋根の下で……どうしよう、イケナイことが起きちゃいそう」

 穂香ちゃんは悶える。どんなことを想像しているんだろう。


「その、やましいことは考えてないから」

「生徒と先生が同居。きゃー学校にバレたらクビね」


「カス高の人が来ないようなところにするからさ、ダメかな」

 高級住宅街かタワマンがいいと思う。ちょっとカス高には遠くなるけど、生徒や他の教師に会わずに済む。


「いいよ。いいに決まってる。虎児郎君と一緒に暮らせるなんて夢みたいだよ。私なんかでいいの?」

「穂香ちゃんがいい。優しいし、料理が上手だし」

 そう答えると穂香ちゃんが涙ぐむ。


「お父さん、喜んで下さい。私、虎児郎君のお嫁さんになります」

 呟きが聞こえてくる。結婚するわけじゃないんだけどな。


 外から見ると結婚しているように見えるんだろうな。

 しまったかな。穂香ちゃんにはお母さん役を求めているとは恥ずかしくて言えないし。


「とにかくそういうことで。明日、一緒に引っ越し先を探しに行かない?」

「新婚生活の始まり始まり」


 盛り上がっている穂香ちゃんには、いまさら撤回できなさそうだ。

 あくまでルームメイトの関係と納得させないといけないが、どうなることやら。

お読みいただきありがとうございました。

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