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27 超巨大ブラック企業に完全勝利

「何でしょう」

「部品会社2社への敵対的買収の落としどころだけどねー」


 上杉さんが切り出したことは、まさに気になっていることだ。

 クリスタルに切り捨てられた会社の社員が失業するのでは勝利とは言えない。


「ど、どうするつもりですか。上杉さんは」

 恐る恐る聞く。


 失業を容赦なく放置じゃないだろうな。


「西郷さんと取引しまーす。今まではクリスタルと敵対してきたけど、これからは協力していこうってことなんだー クリスタルと上手い落としどころに着地させる」


「クリスタルと協力……まあヴォルフがいなくなったからいいですよ。で……何の取引をするんですか」


「クリスタルは2社とも買収するのに方針転換するんだってー 今後も2社に重要部品を作ってもらうことにするみたい」


「ほんとですか!?」

 耳を疑う。


 クリスタルが1社しか買わないというから困っているわけで、2社とも買ってくれるならもう責任を取らなくてよくなる。


「西郷さんは部品会社の人が失業するのに心を痛めてるんだ。自分が裏切り者の烙印を押されたり、クビになるのは構わないけど、長年クリスタルを支えてくれた部品会社の人を助けたいってー」


「うう……いい人ですね」

 今どき珍しい人情に厚い人だ。


「それにクリスタルが平気で下請けを切り捨てると思われちゃうと、他の下請けがクリスタルに付いてきてくれないからねー」

「へぇ、他の下請けにも気を遣ってくれるんですね」


「クリスタルは下請けイジメで儲けるんじゃなくて、下請けと力を合わせて魅力的な車を作って儲ける会社に生まれ変わるんだって」

「すばらしい! 喜んで協力しますけど、こっちは何をすればいいんですか」


「クリスタルはタイガーチャイルドファンドの買い付け価格と同じ価格で買いたいんだって。タイガーチャイルドファンドが吹っ掛ける気なら、価格を吊り上げていくことができるけど、それはしないって約束してほしいってー」


 ふむふむ。

 クリスタルが選ばなかった方の部品会社の株は、タイガーチャイルドファンドが全ての株を集めることになる。


 しかしクリスタルの気が変わってどうしても買いたいというなら、チャイルドファンドは高値で転売することができる。

 そういう意地悪をしないでほしいというのが取引なのだと理解した。


「いいですよ」

 あっさりと決める。


 クリスタルが心を入れ替えて、下請けイジメを止めるなら争う理由はない。

 それに2百億円で買ったけど紙屑になっちゃう株券だし、クリスタルが同じ2百億円で買ってくれるというなら大助かりだ。


「虎児郎君は欲がないんだねー クリスタルにちょっと高く売るだけで何十億円と儲けることもできるんだけど」

「む……」


 そうなのか。

 それを聞かされると一瞬心が揺れる。株ってすごいな。僕の持ち金の規模だと、一瞬で何十億とか儲けられるのか。


 だが、僕のしたいことは金儲けではないと思い直した。

「やっぱり、クリスタルにすんなり譲るのでいいです」


「ああよかったぁ」

 上杉さんがものすごくほっとしている。


「え、え、待って、僕、何か間違ったことをしたんですか」

 実が僕が大損して、上杉さんが大儲けするとかなのか。


「ううん。実はね、西郷さんには前から吹っ掛けずに転売するって約束をしてあったんだー 虎児郎君ならきっと許してくれるって信じてた。西郷さんを動かすにはその場で答えるしかなかったから、事後承諾になってごめんねー」


 電話越しだけど、上杉さんから僕に対する信頼が伝わって来る。


「タイガーチャイルドファンドはクリスタルの再建に力を貸すって、私は西郷さんに自信を持って伝えることができた。だから西郷さんは反乱に踏み切ってくれたんだ」

「へえ」


 一番コスパのいい無双をやるにはやっぱり、上杉さんと僕の心が一つになっている必要があったんだな。


「じゃあ取引は成立ってことで西郷さんに伝えとくねー 西郷さんは逮捕される前に、部品会社を2社とも買うようにクリスタル社内で説得して回るって言ってる」


「よろしくお願いします」

 何から何まで上杉さんに任せっぱなし。上杉さんがお膳立てしてくれたことを僕は承認するだけでいい。


「あとねー 西郷さんから虎児郎君に伝言を頼まれたんだー」

「え、僕に……」


「西郷さんは虎児郎君の正体を知らないけどね。虎児郎君に語りかけているということで聞いてねー」

 上杉さんがメモを読み上げる。


 僕はおっさんの声に脳内で変換して聞いた。


 ……実はヴォルフはクリスタルをドイツに売り飛ばす手続きを進めていました。

 実現していたら今以上に社員や下請けの人たちがリストラされ、奴隷のように働かされていたでしょう。

 検察がヴォルフを逮捕したのは、日本を守るためなのです。

 きっかけを与えてくれたあなたは日本の大勢の人を救ったと言えると思います……


「そ、そうなんですか!?」

 驚愕の新事実を知らされて打ち震える。


「業界では(ささや)かれていたことだけどねー。クリスタルと私たちのバトルだと思っていたら、日本とドイツの政府間のバトルでもあったのでしたー ふふふ、虎児郎君って大事件に関わっちゃう星の下に生まれているのかなー」


 僕のヴォルフへの仕返しというバカげた思い付きは、国家規模の争いの一端になっていたのだ。


「……話のスケールがでかすぎるんですけど、上杉さんは最初から全体像を見渡して、結末に持って行ったんですよね。すごいのは上杉さんですよ」


「私を信じて任せてくれた虎児郎君のおかげだよー」

「当たり前ですけど」


「違うなー 当たり前じゃないよ。私はいつもでっかいスケールで考えているのに、おっさんたちは私を子供扱いして任せてくれないんだもん」


 小学生と見まがう容姿では国を揺るがすような魔法が使えるとは信じられないから無理もない気もするけど、おっさんたちはもったいないことをしたものだ。


「だからねー 勝利の一番の要因は虎児郎君」

 上杉さんはお世辞を言って、依頼人(クライアント)である僕に花を持たせてくれる。


 でもお世辞じゃないのかも、という気がした。

 おっさんは実はショボいのに偉そうだからな。器の小さい人間が判断しちゃいけないよね。


 なかなかできないことを僕はやったのだ、と自分を褒めてやることにする。


 ……あれ、でも上杉さんは本当にこれでいいのかな。


「ええと、部品会社の株をクリスタルに譲ってしまうっていうことは、敵対的買収が失敗ってことになるんじゃないですか。上杉さんの100%成功っていうのがダメになるんじゃないですかね」


「いいんだよー 成功でカウントしとくから。この落としどころも想定してたし」

「そうですか……確かに大成功ですけど」


「依頼人が満足することが私の成功の定義だからね」

「大満足です」


 心の底からそう思う。


 ピコーン

 上杉さんのスマホに通知が来た音がする。


「げっケンからのメッセージ」

 上杉さんが、がっかりした声を出す。ケン……ストーカーのアメリカ人か。


「あはは、ヴォルフ逮捕でクリスタル株が暴落しているせいで、ケンが依頼人に買わせたクリスタル株が千億円も損を出しているんだって。どうやって切り抜けようか頭を抱えているってさ。ざまーみろだねー」


 上杉さんがケンのメッセージを楽しげに読み上げる。


「おお、すごいダメージを与えてやりましたね!」


 千億って、死んでお詫びするレベルだね。上杉さんは本当にケンを轢き殺した。


「あ、まだ続きが……今回は君の勝ちだ。だが次こそは君をベッドに連れていく――気持ちわるー 消去と」


 ケンはまだ諦めないのか。でもこれで別次元での戦いでも上杉さんは勝ったっていうことだ。


「完全勝利ですね」

「うんっ」


 上杉さんの声も弾んでいる。

 百戦錬磨の上杉さんもクリスタルくらい巨大な相手に勝つのは嬉しいのだな。


「じゃあまたー 会社を買いたくなったら私に連絡してねー」

 会社ってそう頻繁に買うものじゃないだろうけど、なにしろ1兆円持ってるからな。


 また会社を買う機会があるかもしれない。

 最強の魔法使いを味方にできて大変心強い気分だ。


 電話を終える。

 ふうううううううぅぅ


 勝った。

 喜びが全身に満ち溢れる。


 その時、穂香ちゃんのお父さんのスマホが鳴る、


「なに、本当か!?」

 電話に出たお父さんは一瞬驚いた顔をするが、すぐに嬉しそうな表情をする。


 スマホをポケットに戻すと、お父さんは僕に向かって報告する。


「会社からの電話でした。クリスタルが値下げ強要を撤回すると言ってきました。しかも今後はもっと高い値段で部品を買ってくれることを検討しているそうです」


「おお、早速、クリスタルが変わり始めてますね」


「ヴォルフがいなくなって、クリスタルがバラバラになりそうなのを、食い止めようとしているんでしょうね。とにかく、ありがたい。これで会社が楽になります。虎児郎さんに出していただいたお金もいずれお返しできると思います」


「いいですよ。お金は返してもらわなくても」

「そういうわけにはいきません。これで娘の嫁入り道具も揃えてやれます。うっうっこれも全て虎児郎さんのおかげです」


 お父さんは涙を袖で拭う。


 話の流れがおかしな方向に行きそうな気配を感じる。

 穂香ちゃんを横目で見ると頬を赤くさせている。


「と、とにかく勝ったんですよ。信じられないけど、勝ったんだ」

 話題を変える狙いもあって勝どきを上げる。


 悪者として糾弾される日々は終わったんだ。

 むしろ僕が正義。


 巨大なブラック企業をホワイトにしちゃったんだから。


「お父さんの会社を助けてくれるだけじゃくて、超巨大企業をやっつけてくれるなんてありえないよ。虎児郎君、最高――――」


 穂香ちゃんと一緒に躍り上がって、ガッツポーズをした。

長らく第一巻の結末までお読みいただき、ありがとうございました。


あとは美女とまったりして、勝利の余韻にひたりたいと思います。

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