26 コスパ最高の無双
テレビで『ヴォルフ社長逮捕』の臨時ニュース。
クリスタル本社前にリポーターが立つが、大勢の報道陣、やじうまが詰めかけて押し合いへし合いしている。
「ヴォルフ社長が会社の多額のお金を流用した容疑で逮捕されました。娘の結婚式を宮殿で開催した費用を会社に払わせたり、何百億円という報酬を不正に受け取った疑いが持たれています。クリスタルの社内から告発があり、検察が捜査に踏み切った模様です」
リポーターの話を僕は、ぽかーん、と聞いている。
一緒に見ている穂香ちゃんもお父さんも驚愕している。
僕が逮捕されるじゃないかと怯えていたけど、逮捕されたのはヴォルフの方だった。
上杉さんの作戦て、これなのか――
クリスタルの社内で裏切り者が出たらしい。
敵を内部崩壊させる、上杉さんの魔法が炸裂かよ。
そこでリポーターに紙が渡されて、読み上げられる。
「ただ今入ってきた情報によりますと、クリスタルの臨時の役員会議が開かれ、ヴォルフ社長が解任されたとのことです」
息を飲む。解任って、クビってことだ。
上杉さんはヴォルフのクビをとっちゃった……
僕はヴォルフにひと泡吹かせたいとは思っていたけど、クビにできるとまでは思ってなかった。
仕掛けている敵対的買収はまだ決着していない。
でも敵の大将を討ち取ったわけだから、勝ちだろ、これ。
リポーターが報告を続ける。
「また不正な金の流れを主導したとして総務部長の五味田氏も逮捕されました。五味田容疑者はヴォルフ容疑者の指示に従っただけと言っていますが、警察は裏付け捜査を進めています」
五味田はクリスタル側の代表としてよくテレビに出て、上から目線で言っていた糸目の奴だ。ざまあみろ。
スマホに着信がある。上杉さんからだ。
「虎児郎君ー ニュース見てますかぁ」
舌足らずの間延びした声が心地よい。
「見てます。これ、上杉さんがやったんですよね」
「そうだよー」
もう秘密ではないらしい。
「一体どうやったんですか」
「クリスタルの社内にも心ある人間はいるからねー ちょっと刺激して反乱を起こしてもらったよ」
「知り合いがいたんですか」
「西郷さんだよー」
下請けに慕われている唯一の人と言っていたのを思い出す。
「あれ、その人はこっちに対抗しているんじゃなかったんですか」
「担当を外されたんだってー ヴォルフはバカなことしたよね。一番手ごわい人を切り捨てて、こっちに寝返ることになっちゃったんだから」
「ラッキーでしたね」
「私にとっては想定どおり。西郷さんとヴォルフじゃ、性格が合わないからね。すぐに外されると思っていたよー」
「上杉さんはこの展開を読み切ってたんですか!?」
「まあねー 西郷さんはねー 左遷されてトイレ掃除をさせられているんだけど、会社を辞めなかった。トイレにやってきた社員と反乱の打ち合わせをしてたんだってー」
「ド根性の人ですね……」
上杉さんがクリスタル社内の人間関係まで計算に入れていたとは、恐るべき神算鬼謀である。
それにしてもトイレ掃除って、小学校の罰ゲームかよ。おっさんのやることってレベル低――
「ヴォルフはきっと別次元の戦いが主力攻撃だと思って油断してたなー そっちに放った極大魔法を防いだら、もうこっちに打つ手なしだと思ったはず。でも私の本命はタイガーチャイルドファンドの方なのでしたー ふふんー」
上杉さんが得意げに言うけど、僕には意味不明だ。
「だから別次元の戦いって、何か教えて下さいよー」
「おいおいねー とにかくタイガーチャイルドファンドを悪者に見せかけるための下請けイジメが、西郷さんたちを立ち上がらせるって気づいてなかったヴォルフはバカだねー」
「助かりましたよ」
ついさっきまでは負けを覚悟していたから、ヴォルフを裏切ってくれた人には感謝しかない。
「でもねー 西郷さんはいずれ逮捕される」
思いがけないことを上杉さんが言う。
「そうなん……ですか……」
ヴォルフの不正を暴いてくれた正義の人がなぜ逮捕されるのだ。
「西郷さんもねー 不正に少なからず関わっていたから。ヴォルフに命令されてねー」
「おかしいですよ。悪いのはヴォルフじゃないですか」
「ヴォルフに命令された時、西郷さんは拒否したり、会社を辞めることもできたんだなー でもそうしなかった」
「だから西郷さんが悪いって言うんですか」
「気持ちはわかるんだけど、西郷さんは無罪ってわけにはいかないんだなー」
「……なんとか助けられないんですか、上杉さんの力で」
納得がいかず、上杉さんにすがりつく。
無茶振りな気はするけど、上杉さんならすごい魔法でどうにかしてくれるじゃないか。
「西郷さんは覚悟の上だよー でもね、ちょっとは助けられる」
「本当ですか」
さすがは上杉さんだ。
「司法取引」
「……何の魔法ですか」
「捜査に協力する代わりに、罰を軽くしてもらうんだよー」
「へぇええ、そんなのあるんだ」
「西郷さんも知らなかったから、教えてあげたよー」
「おお、だから寝返ることにしたんですね」
やっぱり上杉さんが魔法を使ったんだ。
「西郷さんは無罪にはならないかもしれないけど、かなり罰は軽くなると思うなー」
「良かったです」
西郷さんが犠牲になったら申し訳ないので、ちょっと気が楽になる。
「うん、西郷さんが名乗り出てくれて、まあ良かったな― これが一番コスパのいい勝ち筋なんだよねー」
「他にも勝つ方法があったみたいな言い方をしますね」
僕には全く勝ち目がないように見えていたってのに……上杉さんにはクリスタルを内部崩壊させる以外にもいくつも勝つ方法が見えていたのか。
「もっと巨大な召喚獣を呼び出して、ケンの召喚獣ごと、クリスタルを飲み込んでやろうかとも思ったんだけどね」
「はあ……上杉さんはクリスタルを軽く飲み込んでしまう超大型モンスターを使役しているんですか……」
「でも、召喚には虎児郎君の1兆円全部を餌に差し出す必要があったんだよねー」
「へ……僕の全財産が消滅してたかもしれないってことですか」
「そだよー えへへ」
気軽な感じの上杉さん。
僕が失う金は数千億円じゃなくて、1兆円全部の可能性があったのか……
「聞いたのが終わった後で良かったです……」
「それに西郷さんが訴えてくれたら、ヴォルフを牢屋に即刻ブチ込めるからね。やっぱりこれが一番だねー」
「ただ勝つだけじゃなくて、上杉さんは無双の仕方を選べるなんて、すごすぎますよ」
恐れ入りました。
ぶっちゃけ僕には、上杉さんは大して働いていないように見えていた。
別次元では極大魔法を放っていたらしいけど、僕にはわからない。
クリスタルが下請けイジメをしまくっていても、上杉さんは放置。
なんでそんなに冷静でいられるんだと不満に思っていたくらいだ。
でも上杉さんは、クリスタルにあえて下請けイジメをさせる作戦だったのだ。
下請けをイジメるほど、西郷さんら下請けに共感する人達の怒りが燃え上がる。
上杉さんは、ほんのちょっと刺激することで大爆発を引き起こした。
ここまで大勢の人間の心を計算ずくで進めてたなんて、上杉さんは本当に悪魔としか思えない。
誰もが超巨大企業クリスタルが相手では勝てないと思っていたのに、上杉さんは最小の労力でコスパよく無双しちゃった。僕は興奮を抑えきれない。
「上杉さん、TUEEEEEEEEEEEE!」
電話で叫んでしまう。
「ふふっ でもこれは虎児郎君と力を合わせたから二人の勝利なんだよー」
「え、僕は何も……むしろ邪魔してたくらいで」
「ううん、虎児郎君の力が欠かせなかった。それで虎児郎君に頼みがあってねー」
第一巻は終結に向かって参ります。
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