3 ブラックバイトは必ず恨みを晴らしてやる
穂香ちゃんがバシッと決めてくれたおかげで実に清々しい気分だ。
最後の授業まで無事に終わり、素早く教科書をリュックに詰める。
何か言いたげな毒島とは目を合わさないようにして教室を出る。
部活に行く者、どっかに遊びに行く者、バイトに行く者、カス校では大体三分の一ずつという感じだ。
僕はもちろん金がないのでバイトだ。児童養護施設の近くのコンビニ、セブンスレイブで放課後はいつも働いている。
バックヤードで着替えを済ませて、レジに立つ。
隣りのレジに立つのは店長だ。
中年ですでに頭がツルツルにハゲている店長はバイト達に、なんの捻りもなくハゲと呼ばれている。
「コジロウ君、遅いよ、いつも5分前には来てって言っているだろ」
レジ待ちの客がいないので隣に寄ってきて耳打ちする。
ハゲは口うるさいのでバイト達からは嫌われている。
みんな辞めたいのだが、僕のように児童養護施設の者とか底辺校の者とか訳ありの人がこの辺には多い。他にバイトのあてもなく、嫌々ここで働くしかない。
5分早く来て、5分遅くまで仕事をしてもその分の給料をもらえるわけではない。
怒られる筋合いはないのだが、仕事とはそういうものだとハゲは言い張っている。
「レジは任せた。補充してくる」
ハゲはバックヤードに行ったので、ちょっとホッとする。
が、代わりにモンスターがやってきて息を飲む。
70歳くらいのバーコード頭で赤ら顔の男が入ってきた。クラーケンとあだ名されているモンスターカスタマーだ。
毎日のようにこの店にやってきて、ありとあらゆるカスタマーハラスメント、いわゆるカスハラをしていく。
ハゲがいなくなったのはクラーケンがやってくるのを知っていたからかと訝しんでしまう。
クラーケンがやって来る時間帯はランダムだと言われている。色んなバイトに嫌がらせをして反応を楽しむのが店に来る目的なのだろう。
クラーケンはレジ待ちの客がいるのにレジの前に立つ。
「おい、いつものだっ」
クラーケンが怒鳴り声をぶつけてくる。
「お客様、あちらの列にお並び下さい」
努めて冷静に言い返す。
「私の方が先にレジの前にいた」
「……列にお並び下さいとご案内しております」
ため息をしてからレジ前の立て看板を示す。
クラーケンのような客のために目立つ所に置いているが、奴らは無視することにしているようだ。
「気づかんかった。もっと目立つようにしなかったのが悪いんだから、私を先にしろ」
巨大な看板を設置したら今度はデカすぎて見えなかったと言うハズだ。
凄むクラーケンに列待ちしていた若い女性が
「あの、いいです、先にどうぞ」
と申し出てくる。
チンピラっぽい男が待っていると、どっちも譲らないから争いになるところだった。不幸中の幸いである。
タバコを求めているのはわかるが、どの銘柄かまでは知らない。
「すみません、いつものとは?」
「はああ、ふざけているのかこの店員は。この私のタバコを知らんとは」
「番号をおっしゃっていただけますか」
湧き上がる怒りを抑え込んで事務的な対応に徹する。
「お客様は神様だぞ、神様がいつも買ってやっているものだぞっ」
唾を飛ばして僕の一番嫌いな言葉「お客様は神様」をまくしたてる。
「私が働いていた時はなあ、お客様に喜んでもらうことだけを考えていたもんだ」
団塊の世代は早く死ね。そう念じて、殴りたい気持ちを抑える。
「タバコは1番ですか」
仕方ないから1番から確認する。283番まであるけどな。
「違うわっ早くしろ」
「番号をおっしゃっていただければ早くお渡しできます」
「お前が思い出すまで言わん」
列には7人ほど並んで、全員イライラしている様子だ。
気の弱い女の子のバイトなら泣き出しそうなシチュエーションである。
土下座して謝れと言ってくれれば、土下座を強要したということで強要罪で警察を呼べるのだが。クラーケンは警察沙汰になるギリギリを突いてくるからタチが悪い。
「ハゲ、じゃない、てんちょー」
大声を張り上げる。
ハゲよ、早く戻れ。そしてクラーケンの対応を代われ。
ハゲが走って来たが、もう一つのレジに行って、「お待ちのお客様どうぞ」と精算を始める。
クラーケンに驚いた様子がないのでマジックミラーごしに見ていたに違いない。
僕のピンチを見ぬふりした挙句、このまま押し付けるつもりだ。
「店長、こちらの神様のお煙草はどの銘柄ですか」
僕はハゲの背後にすり寄って尋ねる。
「わからん。日によって違う」
ヒソヒソと答える。なんだそれ。
店員をイジメて楽しむ時間を長くしたいだけか。
結局、番号を一個一個確認していかないといけないかよ。
「……150番ですか」
「違うわ、いい加減にせいバカ」
延々と番号を言って、間違うたびに罵詈雑言を浴びせられる。
もはやこんな単純作業でバイト代をもらえるなら楽な気がしてきた。
でも後でハゲから無駄な時間を過ごしやがってと嫌味を言われそう。
ハゲが近くに来た時に確認する。
「営業妨害で追い出せないんですか」
「本部との契約でできない」
「またですか……」
バイトをしていて理不尽に感じることはいつもコンビニチェーン店本部との契約で嫌でもやらざるをえないことだ。
「僕の対応が悪いって後で怒らないで下さいよ。他にしようがないんですから」
釘をさしておく。
「ちっ」
ハゲは露骨に舌打する。
「……283番ですか」
「それだよ、それ、遅いよバカ」
最後の番号まで付き合わされたら、最高記録だろう。
1時間以上かかった。
「ありがとうございます」
「感謝の声が小さいよ、あと全然笑顔じゃない」
これで心から笑顔ができる奴がいるか。
精一杯の作り笑いで、ありがとうございましたと言う。
支払いを終えて、ようやくクラーケンが出口の方に向かう。
「あのバイトはカス校か。時間を無駄にしたがカス校じゃしようがない」
団塊の世代はとことん人を見下さないと気が済まないようで大声で嫌味を言ってから出て行った。
どっと疲れた。
ハゲは労いの言葉を掛けることもなく、またバックヤードに消えていく。
休む間も無く渋滞した客をこなすため、レジ打ちを続ける。
辞めたい、辞めたい、という衝動が湧いてくる。
普通に両親がいて、家にそこそこ金があったらこんなバイトしなくて済むのになあ。
だが今のところ、辞める選択肢は取りづらい。
児童養護施設ではバイトが義務だし、スマホを持っていたい。
我慢、我慢。セブンスレイブでのバイトもカス校と同じで、卒業までの辛抱だ。
バイトが終わる直前、客足が途絶えた。
ようやく終わりだとホッとしているとハゲが近寄ってくる。
「コジロウ君さ、昨日お金の受け取り間違えたな」
「え、どういうことです」
「五千円足りないんだよ。売上と受け取ったお金、君が入っていた時間に。五千円札を一万円札と間違えたんだな」
「そんなバカな!? そんなの間違えませんよ」
「でも他に原因が考えられない」
「……じゃあ防犯カメラ見てみましょうよ、本当に僕が間違えてたのか」
さすがに頭に来て言い返す。
いくら僕がバカでもお札の種類はよく確認するようにしている。
「いちいち見る必要はない。原因がそれ以外あり得ないんだから。君のバイト代から引いておくよ。クビにならないだけマシだと思え」
一方的に宣告してハゲは立ち去る。
そんな……五千円分タダ働きかよ……
店の利益が厳しいし、クラーケンのせいで僕が無駄な労働をした分を取り返そうと、僕の給料を削ることにしたとしか思えない。
ハゲは僕の弱い立場につけ込んでいる。
カス校生は他で雇ってもらうのが難しいし、児童養護施設の者ならなおさらだ。
クラーケンもハゲもいつかぶち殺してやる。
お読みいただきありがとうございました。
不快な気分にさせていたら申し訳ございません。モンスターカスタマーもブラックバイトも破滅させますのでご安心ください。