20 イケメンは轢き殺そう
上杉さんから昔の話が聞けて本当に良かった。
多くの謎が解けて実に清々しい気分である。
もっと色々聞きたいところではあるが、燃え上がっている上杉さんの時間を取っちゃ悪い。
会話の区切りがいいところでお開きにすることにして、二人とも立ち上がる。
僕は伝票を左手に持ち、右手で個室の木の扉をスライドさせる。
ガラッと開けた扉のすぐ前に、人の顔がある。
うおっ
面食らって仰反る。
顔の主は廊下に立って、この個室の方をじっと見つめていたらしい。
焦点を合わせると、日本人ではないのがすぐ見て取れる。
金髪で青い目をした男。
欧米人で、歳は30くらいだ。
モデルみたいなイケメンで高級感あるスーツを着ている。
やっていることは不審者そのものだが、いきなり襲いかかってくるような奴ではなさそうだ。
イケメンというだけで僕を含めた大多数の男の敵ではあるが。
男は驚いているこちらを尻目に微笑を浮かべている。
「ケ、ケン、また私にストーキング!?」
上杉さんが英語で呆れた声を男に放つ。
僕はリスニング力が皆無だけど、ストーキングという単語は聞き取れた気がする。
二人は知り合いなのか。
「キョーコ、君の勘違いだよ。僕はただ君が出掛けるのを見かけたから、ちょっと挨拶しようと思っただけなんだ」
ケンという男は両手を広げ、落ち着いた声で弁解しているように見える。何言っているかさっぱり聞き取れないが、口調から想像する。
「事務所を出てから、マスゴミの尾行を巻くのにめっちゃ回り道してきたのにー ここで聞き耳立ててるのをストーキングと言うのよ、この変態」
上杉さんがクレージーと言うのだけ聞き取れたから、相当口汚ないことを言っているのだろう。
「まあまあ、そう邪険にしないでくれよ。久しぶりの再会なんだから」
ケンはちょっとずつこっちにすり寄ってくるので、僕と上杉さんは後退りする。
帰ろうとしたのに、ケンに個室に押し戻される形になった。
「キョーコ、少しくらい話をさせてくれよ」
ケンはさっきまで僕が座っていた椅子に腰掛ける。
そして、座ってと向かいの椅子を指している。
上杉さんが深く溜息をついてケンの向かいに座る。僕は上杉さんの隣に座った。
僕は上杉さんの耳に手を当ててヒソヒソ話しかける。
「こいつ何者なんです」
「私がニューヨークにいた時の同僚」
「弁護士ですか」
「そー おじいちゃんが私に土下座してくれた時に、ジャパニーズドゲザって笑ってた」
それを聞いて、僕はケンを嫌な奴だと確定した。
「私をライバル視して、事あるごとに付きまとってくるんだなー」
「キョーコに兄弟がいたとは知らなかったよ」
ケンはこっちの話を邪魔するように声を掛けてくる。
「兄弟じゃないよー」
上杉さんが答える。
「へぇじゃあロリコンのお兄ちゃんに可愛がってもらってるのかな」
「あなたには関係ないでしょー」
上杉さんは顔を真っ赤にして拒絶を示す。
タイガーチャイルドファンドのオーナーと明かすわけにはいかないし、嘘を付くのも面倒くさいのだろう。
「ケンこそ、何しに日本に来たのよー」
上杉さんが疑問文を投げた。
「ちょっとしたヤボ用でね」
「だからそれは何って聞いているのー」
「キョーコには教えてあげたいんだけどね。依頼内容は明かせないって知っているだろう」
ケンは肩をすくめる。
「おおかた見当がつくわ。また私の邪魔しに来たんでしょー」
「ノーコメント」
ケンは否定しない。
察するに、ケンは上杉さんの敵として現れたようだ。
僕はまた上杉さんにヒソヒソする。
「こいつ、クリスタルとの戦いに関係あるんですか」
「きっとね」
「なんで日本のことに、アメリカ人が?」
「別次元でバトってるからねー」
上杉さんの回答は意味不明。
別次元て……上杉さんは、別次元にも実体を持つ、魔法少女なのか。
上杉さんがプ〇キュアのドレスを身に纏い、異世界でモンスターに魔法を放つ姿を想像してしまう。
「今度こそは勝つ」
ケンはテーブルで両手を組み、上杉さんに向けて厳かに宣告する。
「それ聞くの、何回目かなー」
上杉さんは鼻で笑う。
「今回ばかりは状況が決定的に不利だとわかっているだろう……」
「かもねー」
上杉さんは口ぶりとは裏腹に険しい表情を見せる。
「手を引いた方が君の名声を下げずに済む。僕のパートナーになる女性を傷つけたくないんだよ」
ケンからパートナーという単語が聞き取れたので、僕はドキッとする。
「うぇー」
上杉さんは気持ち悪そうだ。
「あくまで戦うつもりだというなら仕方がない。だが忘れるなよ。勝った時はパートナーになる約束だからな」
しつこくケンが上杉さんに念押しする。
僕のことをロリコンって呼んでいた気がするが、お前こそロリコンじゃないのか……
心配になってきて、また上杉さんに確認する。
「パートナーって言ってますけど、結婚しろってことですか……」
クリスタルに戦いを挑んだせいで、上杉さんが嫌な奴と結婚しないといけなくなったら申し訳ない。
「さぁー 私は、ケンと一緒に仕事をするっていうだけだと解釈しているけど」
上杉さんから飄々とした返事があって、少し安心する。
「おっと、アポの時間だ。悪いがこれで失礼するよ」
ケンは腕時計に視線をやってから立ち上がる。
「全然悪くないから、早く消えてー」
上杉さんはしっしと手を振る。
「君と過ごす夜が楽しみでならないよ。じゃあね」
ケンは軽く別れの挨拶をして、個室を出ていく。
最後に意味深なことを言っていた気がする。
嵐が過ぎ去った後のように、僕はぽかんとする。
「何だったんですか、あいつ」
上杉さんを待ち伏せしていたくせに、すぐに去って行った。
「ただのストーカー」
上杉さんがため息をつく。
「大変ですね。あんなのに付きまとわれて……」
せっかく上杉さんが無敵モードで盛り上がっていたのに水を差された気分だ。
「まあケンが絡んでくるのは想定内。気を取り直して頑張る」
上杉さんはケンの出現を予期していたのか。
「それでそれでっ別次元の戦いって、一体何がどうなっているんですか!?」
気になって仕方がないことを尋ねる。
クリスタルと部品会社をめぐる戦いだというのに、なぜアメリカの変な男が乱入してくるのか。
「その説明はいつかねー 守秘義務があるから、今は言えないんだなー」
上杉さんははぐらかす。
「……状況は僕が思っているよりも複雑なんですね」
「そだねー」
上杉さんには僕に見えない世界が見えている。
クリスタルをハメる罠を仕掛けていると言っていたから、クリスタルの部品会社以外でも戦いが起きているってことなんだろうな。
それがどこなのか全然見当がつかないけれど。
しかし、クリスタルだけでも相手するのが大変なのに……
ケンていう上杉さんのライバルまで、クリスタルの援軍に駆け付けるとは。ますます状況が不利ってことだ……大丈夫なのかよ。
「僕は勝ってもらえるなら何でもいいです。勝てるんですよね、あのケンて奴にも」
クリスタルには勝つと言っていた上杉さん。
ケンにも勝つと聞かせてほしい。
「ふふーん、アメリカには、弁護士にまつまるジョークがいっぱいあるんだけどねー 最も有名なのは……」
上杉さんは直接答えずに、話を変えた。
「自動車でリスを轢いてしまったら、心やさしいアメリカ人はバックして介抱する……じゃあ、轢いたのが弁護士だったら……」
「んん?」
「バックしてもう一度轢いとくー」
上杉さんは陽気な日本語で教えてくれた。
「ふふ、リスを助ける心優しいアメリカ人でも、弁護士は殺したいくらい嫌ってるんだよね」
……轢かれた弁護士が生きてて、難癖をつけられないようにトドメをさしておくのだな。ジョークの意味がわかってクスリとしてしまう。
「日本で弁護士はどちらかというと正義の味方? 近寄りがたい存在? でもアメリカだと弁護士はうじゃうじゃいて、ゴミのように思われてる職業なんだよねー 映画ジュラシックパークだと、ティラノサウルスに弁護士が食われるシーンで大笑いが起きるしー」
上杉さんも弁護士だから、自虐ネタなんだね。
私こそ最凶と言いたいのかな。
「さてと、ケンは何度でも轢いてやるわー 早く死んでほしいんだけどねー」
外見は小学校3年生だから、少女にあるまじき物騒なことを言っている。
だが僕にはかっこよく映る。
「そうです、イケメンは轢き殺して下さいっ 上杉さんっ 今なら行けます。金ならありったけ出しますんで、使ってください、極大魔法」
僕は盛り下がった気分を立て直すべく、元気に声を出す。イケメンの出現は僕を本気にさせてしまった。
じいちゃんを見習って、何千億円損しようが上杉さんを信じる。ムカつくイケメンもブラックな奴らも一緒にぶっ飛ばしたい。
「じゃあ、仕込んどいた魔法陣を発動させる時が来たねー」
上杉さんが邪悪に口元を歪めた。
お読みいただきありがとうございました。
非リア充・社畜作者はイケメンが嫌いです。
イケメンの方には申し訳ございませんが、イケメンは負かしてしまいます。




