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15 バブルのおっさんには死へのカウントダウンが始まっている

 クリスタルの社長室。

 ヴォルフはソファーでふんぞり返っている。今日は金髪巨乳美女が4人もいた。


 傍らに立つ五味田はニコニコと揉み手をしている。

「タイガーチャイルドファンドはまだ引き下がらない。どうするつもりだァ?」


 声がかかるのを待っていたように、五味田は前に出る。

「問題ございません。切り札の準備をしておりますので」


「どんなだァ?」

 ヴォルフが目を光らせた。


「部品会社には、クリスタルが対抗してタイガーチャイルドファンドを上回る株価で買い集めると発表します」

 五味田は胸を張って答える。


「それでは相手よりも金を使うだけだ」

 西郷が割って入る。


「頭のいい方法ではないなァ。もっとスマートな策はないのかッ」

 ヴォルフも顔をしかめる。


「話を最後までお聞き下さい。クリスタルが株を買い集めるのはタイガーチャイルドファンドが仕掛けている2社のうちの1社だけとします」

 五味田は笑顔を崩さない。


「ほう」

 ヴォルフは五味田の狙いがわかってニヤリとする。


「あ」

 少し遅れて西郷も、はっとする。


「1社だけはタイガーチャイルドファンドから守り抜いて、生産体制を増強して部品を作らせます。1社だけでも部品を納めさせれば自動車生産はストップせずに済みますからね」


「なるほど、考えたなァ」

 ヴォルフは満足げに頷く。


「待て、もう1社はどうするつもりだ?」

 西郷が五味田を問いただす。


「タイガーチャイルドファンドにくれてやりますよ、クリスタルに二度と部品を納入することのできない会社をね。クリスタル専用の部品ですから、他の自動車メーカーに売ることもできない。すぐに会社は倒産せざるをえなくなります。タイガーチャイルドファンドは2百億で株を買い集めておいて、無価値になる」


 五味田は含み笑いをする。


「じゃあ、1社は見殺しにするというのか。ふざけるなっ」

「何か問題でも」


「大ありだ。どっちの会社もクリスタルに重要部品を納入するため血のにじむような苦労をしてきたんだぞ」


「関係ありませんよ。部品メーカーなんか、クリスタルの奴隷にすぎないんだから。生かすのも殺すのもクリスタル次第です」


 これまで五味田は上司の機嫌を取るために、下請けを容赦なくイジメて利益を積み増してきた。

 下請けを苦しめれば苦しめるほど、五味田の評価は上がった。

 良心の呵責などというものを感じたことはない。


「五味田、言っていいことと悪いことがあるぞ」


「……しかし、1社を買う金はどうするのだァ。知っていると思うが、私のため以外に金を使うのは大嫌いなんだがなアァ」

 西郷の声をかき消すようにヴォルフの重低音が響く。


 タイガーチャイルドファンドを上回る金額で買うとなれば2百億以上が必要だ。

「もちろん存じております。金は下請けから搾り取って捻出いたします」


「はぁ、どういうことだ!?」

 西郷が詰問する。


「全ての下請けに、納入する部品の大幅値引きを強要します。今はクリスタルグループの危機。総力を挙げてタイガーチャイルドファンドを撃退しなければならない。これを名目にして嫌とは言わせませんよ」


 五味田は冷たい声で説明を続ける。

「タイガーチャイルドファンドが買値を青天井で吊り上げてくることも想定しなければなりません。値引き強要によって何百億円も資金の余裕を作ります」


「お前はバカか。値引きの強要は独占禁止法違反だ」

 西郷は吐き捨てる。


「バカはあなたですよ。合理的な理由があれば、値引きの強要は違法ではありません。クリスタルの自動車生産がストップすれば、値引きでは済まない損が下請けに発生しますからね」


「それはクリスタルに金が全くない場合の話だろう。クリスタルには何千億もの余裕資金があるんだぞ。クリスタルが何の痛みを感じずに下請けに負担を求めていい訳がないっ」


「クリスタルの金はヴォルフ社長のものだから減らしちゃダメなんですよ。表向きはグローバル競争に勝ち抜くために資金が必要ってことで、誰も文句を言えません」


 今までもクリスタルは理不尽な値引きの強要をしてきた。だが、どこのお役所も問題にしなかった。

 だってクリスタルには無数の官僚が天下りをしているから。


 法律は大企業で働くおっさんのためにある。それが日本社会。


 西郷が五味田の胸倉をつかみ険悪な空気が漂うが、そこで拍手が起こる。

 ヴォルフだった。つられて女たちも拍手をする。


「ベリーグッドなアイディアだ、五味田君」

「ありがとうございます。社長にはご理解いただけると思っていました」


 五味田が糸目を開いて、西郷にドヤ顔をする。

 そして西郷の腕を振り払った。


「もちろん、値引きは一時的なものではなく、恒久的なものにするんだろうなア」

 ヴォルフは無理とは言わせない力強い声で確認する。


「はい。この機会に徹底的なコスト削減。なせばなるものですよ、ははは」

 五味田は笑う。下請けに対する値引き要求はタイガーチャイルドファンドに対抗するためだ。


 だがタイガーチャイルドファンドを撃退した後でも、値引きは元に戻さない。値引きした分がまるまるクリスタルの利益になり続けるのだ。


「お待ちください。下請けはすでに限界です。これ以上苦しめたら、首を吊らないといけない人もでてきます」

 西郷がヴォルフに詰め寄る。


「社長が自殺した保険金で、従業員の給料をまかなうんですね。麗しいことですな。下請けの社長の若返りも進んで、いいことずくめです」

 五味田は西郷の背に無情な言葉を浴びせる。


「西郷、新車開発を成功させた実績で貴様を抜擢したが、とんだ期待外れだ。あれは下請けと協力してやったものだったな。そのせいで下請けごときに肩入れするんだろうが、クリスタルにそんなゴミはいらんのだアッ」

 ヴォルフが叱りつける。


「ご、ご再考を。下請けに恨まれれば、クリスタルに未来はありません」


「目ざわりだ。西郷には今すぐ清掃会社に出向を命じる。クリスタル本社のトイレを清掃しろッ。ハハハッ」

 ヴォルフが高笑いすると、他に居並ぶ男たちも愛想笑いをする。


 西郷はうつむいて恥ずかしさと怒りをこらえている。


「元上司の西郷さん、最後に教えてあげますよ」

 五味田が厭味ったらしい声を掛ける。


「下請けが苦しむのは、タイガーチャイルドファンドのせいですからね。クリスタルが恨まれる筋合いはないんですよ。マスゴミにはそういう報道をさせます」


 含み笑いをしてから五味田は話し続ける。

「タイガーチャイルドファンドがクリスタルに対抗して、部品会社の買値を吊り上げいけば、下請けのクビをいっそう絞めることになる。ファンドの人間は平気でいられますかねぇ」


「フハハハハ、クリスタルのコスト削減ができて、タイガーチャイルドファンド様様だなァ。私の報酬は上積みで頼むゾ」

 ヴォルフはご満悦だ。


「かしこまりました。では早速、作戦の実行にかかります」

 五味田はもう一度、ヴォルフに礼をしてから退室する。


「タイガーチャイルドファンドが無様に敗北する様子をテレビで見ているゾ」


バブル世代の上司には、くだらない思い付きをどうして自信まんまんで主張できるんだろうと思うことがよくあります。早く死んでほしいですね。

これから主人公がピンチに追い込まれますが、必ず勝たせます。

夜中にブックマークやご評価を多数いただき、大変励まされました。


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