13 日本でジジイに逆らう者は悪だって。じゃあ極悪人になってやろう
「まずいですね、クリスタルが裁判に訴えてくるのは」
重い沈黙を破ってお父さんが呟く。
「ヴォルフが言う通り、勝ち目ないんですか」
「日本の裁判所は大企業の社長らおじいさんの味方。ましてタイガーチャイルドファンドは怪しい組織です。裁判所はクリスタルが正しいという理屈をこしらえるに決まってます」
「ううう……」
「15年ほど前にライブドア事件というのがありました。ベンチャー企業が決算をごまかして、社長らが逮捕されたのですが、金額的には数億とかです。その後、〇芝といった大企業で何千億円も決算をごまかしていたことが発覚しましたが、誰も逮捕はされていません」
「……不公平すぎるんですけど。ジジイだったら悪事をやってもスルーって、チートだろ。ムカつくな」
でも考えてみたら当たり前な気もする。
クリスタルみたいなブラック企業がのさばるのはそれを許す日本社会の仕組みがあるからだ。
つくづくあまり考えなしに始めたことが悔やまれる。
「言いづらいのですが、最悪の事態を想定しますと……」
お父さんが口ごもる。
「な、何ですか」
恐ろしいことが起きるのか非常に気になる。
「虎児郎さんが逮捕されるかもしれません」
「はあ? なんで!?」
さすがにそれはキョトンとする。
「ライブドア事件の時のように検察がもう動いているかもしれません。クリスタルなら政治家にも顔が利きますからね。政治家から検察にタイガーチャイルドファンドを捜索する指示が伝わっているのかも……」
「僕は何も悪いことはしていませんよ」
かぶりを振る。
タイガーチャイルドファンドを動かしているのは上杉さんだ。
上杉さんは悪いことをしていないと信じたい。
「日本の検察、警察は徹底的に捜査して罪を見つけます。どんな些細な罪でも逮捕してしまえば、犯人は極悪人だというイメージを植え付けられますからね。いざとなれば罪をでっち上げてでも、逮捕してしまいます」
「それ、ひどすぎるんですけど」
「警察や検察は正義の味方ですが、つまりは彼らの正義を守る人たちです」
「……本当にいきなり僕が逮捕されるの?」
今にも部屋に警察が踏み込んでくるんじゃないかと心配になって、周囲を見回す。
超大企業のクリスタルにケンカを売るのがいかに無謀なことかがわかってきた。
クリスタルの味方は日本のほぼ全部。マスゴミだけじゃなく、政治家や警察とかまでいるのだ。
僕の味方は穂香ちゃんとお父さんと上杉さんの3人だけ。
「それにクリスタルの資産は5兆円……タイガーチャイルドファンドより資金でも勝っています。いざとなれば、タイガーチャイルドファンドよりも高値で部品会社を買えてしまいます」
トドメのセリフをお父さんが言う。
確かに僕の持ち金は1兆円しかない。
クリスタルは5倍だから、金の勝負でも勝ち目はないことになる。
「……いいことなしですね」
「私どものために始めて下さったことなので、申し上げるのは心苦しいのですが……傷口が大きくならないうち撤退した方がよいのではないでしょうか」
お父さんが遠慮がちに進言してくれる。
「撤退……そうですね……」
自分も迷ってきている。
「突然の敵対的買収でクリスタルを驚かせたから、私の気持ちは晴れました。もう十分です。虎児郎さんが逮捕されるなんていうとんでもないことが起こる前に……」
お父さんが本気で僕を心配していることは伝わってくる。
どうしよう。振り上げた拳を引っ込めたくはないが、正直怖くなってきた。
「……上杉さんと相談します」
僕はスマホを操作して電話を掛ける。
すぐに上杉さんが応答する。
「どうなんでしょう、クリスタルに勝てるんでしょうか」
単刀直入に質問する。
「勝てるよー」
明るい声が返ってくる。
「ええ!?」
耳を疑う。
「言ったでしょー 私が関わった案件は100%成功させてきましたー 今回も必ず勝って見せるよー」
上杉さんの口調は気軽な感じなので、信用していいのかわからない。
「僕には勝てるように思えないんですけど」
「大丈夫だよー 私に任せておいてねー」
「はあ……僕は逮捕されないんでしょうか?」
ぶっちゃけそれが気になる。唐突に聞いてしまう。
「虎児郎君が逮捕? なんでですかぁ?」
「いやそれは警察は罪をでっち上げるらしいから」
「確かにそうだけど、私の仕事は100%合法でーす。警察がつけいる余地はかけらもないよー」
上杉さんも警察が油断ならないことを認めるけど、自信たっぷりだ。100%が好きな人らしい。
「本当に逮捕されないんですね」
「ないでーす。マスゴミがタイガーチャイルドファンドを叩いてくるのは想定内。クリスタルの精神攻撃
なんだから気にしちゃダメー」
「……はあ、これも魔法の一種なんですか。イオナズンなみのダメージ受けましたけど」
僕は正義だと思っていたのが、いきなり全世界から僕は悪だとつるし上げられた気分。
世界が反転する衝撃波をまともに食らった状態だ。
「こんなのイオだよー」
上杉さんは大魔王なみなのかもしれないけど、僕は村人ふぜいだ。
これでまだクリスタルはイオしか使ってないなんて……
さらにレベルの高い魔法を使われたら僕は消し飛んでしまいそうだ。
「マジで上杉さんは叩かれて平気なんですか」
タイガーチャイルドファンドの窓口役として上杉さんがテレビに出ている。
「ぜんっぜん平気だよー」
「テレビ見た人からクレームはないんですか」
「私の事務所は電話が鳴りっぱなしだよー うるさいから電話線切っちゃった」
上杉さんはあっけらかんと言う。
「たくましいですね」
「本題と関係ない苦情は無視することにしてるよー 小学校から勉強をやり直せとか、牛乳をいっぱい飲んだ方がいいとか……」
上杉さんの口ぶりには悔しさが滲んでいる気がする。容姿のことは気にしているんだね。
「ひどい言われようですね。矢面に立たせてすみません」
「慣れているから平気ー とにかく依頼人さんが邪魔すると私の仕事がやりにくくなるから、黙っててねー」
上杉さんの言いかたは飾り気がなくてちょっときつい。
「あの……クリスタルの資金が5倍でも勝てるんでしょうか」
「勝てる勝てるー」
「どうやるんですか」
「それは、ひ・み・つでーす。罠を張り巡らせているところでねー 事情があって、依頼人さんにも言えない守秘義務があるんだな― ふふん、残念でしたー」
お茶目に答えられると深く尋ねる気が失せた。
「……勝ってくれるならいいです。上杉さん、大企業に巣くうジジイどもを倒してくださいっ」
僕は唐突なことを口走ってしまった。
「はは、ジジイなんて無双してみせるよー」
上杉さんには僕には見えてない世界が見えているらしい。この人は超落ち着いているし、やはりすごい人なのか。
僕も見習いたくなる。ムカつくジジイどもをボコれるなら、むしろ極悪人と呼ばれたいものだな。
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