10 強欲すぎな奴は絶対にボコってやる
第一部では今後、主人公と敵のクリスタル自動車の様子を交互に書いて参ります。
クリスタルの社長室。ヴォルフは皮張りのソファーに踏ん反り返り、葉巻を咥えている。
両脇には金髪の白人女性が座り、どちらも巨乳をヴォルフの身に押し付けている。
正面の大型テレビはタイガーチャイルドファンドの敵対的買収を報じていた。
傍には年配の日本人男性、通称おっさんが何人も居並んでいる。
ヴォルフは忌々しげに葉巻を灰皿に押し付ける。
「なぜ事前に手を打てなかったのだアアアアアアアアア?」
ヴォルフの英語は獣の咆哮のように響き、聞く者みなが震え上がる。ヴォルフは65歳だが全身に精力が漲っており、まったく衰える気配がない。
「は、それは……」
バーコード頭の60歳くらいの男はハンカチで額の汗を拭いながら英語で答える。
「何の情報もなく、突然買収を仕掛けられました」
「西郷総務部長、貴様が無能なだけだア」
「申し訳ございません。ですが、下請けをイジメ過ぎていたのかもしれません。もう少し儲けさせてやれば……」
「私に意見をするナッ! タイガーチャイルドファンドとやらは何者ダッ!?」
「は、調べさせておりますが、正体がわかっておりません。上杉鏡子という女が関わっているのはわかりましたが」
西郷は一枚の紙を差し出す。
上杉の顔写真と経歴が記載されている。
ヴォルフは一瞥すると紙を捨てた。
「写真を間違えているゾ。私に見せる資料は完璧なものにしろといつも言っているだろうガァ」
西郷はかがんで紙を拾う。
「上杉の写真で間違いありません。外見は小学生と見紛うのですが、企業買収のスペシャリストとして有名です。関わった案件の成功率は100%……」
「日本の女はみな子供のようでソソらないが、こいつは特にひどい。こんなガキがクリスタルに楯突くとはなア」
ヴォルフは西郷の説明を遮ってせせら笑う。
「……私は若干の面識がありますが、甘く見ない方がいいと思います。彼女は少女の顔をした悪魔です」
「御託はもういい。こんなガキなど一蹴しろ」
「善処いたします」
西郷は頭を下げた。
「ところで、末娘の結婚式の件はどうなったんだァ」
ヴォルフは話題を切り替える。
下請けごときのことを考える時間はこれで十分なのだ。
糸目でメタボ腹の男、五味田が揉み手で歩み出る。五味田は53歳でバブル世代だ。脂ぎった顔はテカテカとしている。
「その件は、総務副部長の私、五味田が担当しております。お嬢様のご要望通り、サンスーシ宮殿を貸し切って結婚式を開催できるよう手配できました」
サンスーシはドイツの王様が作らせた壮麗な建物、広大な庭のある宮殿である。
「当然、会社の金だろうなァ」
「はい、表向きはヨーロッパの要人を招いてのクリスタルの宣伝活動です。十億円の費用全てを経費とします」
「いいゾ。では妻との離婚裁判の件はどうなったんだァ?」
「そちらも裁判費用を会社の経費とする方向で進めています。社長の離婚はクリスタルの事業と関係がありませんので、こじつけるのが大変ですが、私が必ず何とかいたします」
五味田は、「私が」の部分を強調した。
「さっさと進めろ。ブサイクな愚妻と早く分かれて、19歳の美しい女を新しい妻にしたいんだァ」
「離婚裁判では最高の弁護士を用意する金を確保しております」
「ほぉ、君はのろまの西郷とは大違いだなァ」
ヴォルフが褒めて、五味田が顔を綻ばせる。
「恐縮です。西郷部長は公私混同が過ぎると言って渋っていたのですが、ヴォルフ社長あっての我が社です。ヴォルフ社長のコンディションを良くすることは当然会社の経費になると思います」
上司へのゴマすりが五味田の得意スキルだ。
バブル世代は使えないと言われる中、上司が喜ぶことを必ず成し遂げることで出世を勝ち抜いてきた自負がある。
「五味田君は本当によくわかっているなァ。あと、私の報酬を百億円増やす件も頼むゾ。税務署に知られないように、私のプライベートバンクに振り込むのだア」
「心得ております」
「ねえ、社長、いつまでお仕事のお話?」
右の女が割り込んでくる。
「フハハハハハ、もう終わりだゾ」
ヴォルフは女の胸をまさぐり始める。
「やだぁ、社長ったら会社だけじゃなくて、女の扱いも上手なんだからー」
女たちの嬌声が部屋に響く。
重役のおっさん達は薄笑いしながら退室していった。
◆◇◆
上杉さんが敵対的買収を発表して、1週間。
これまでのところクリスタルから魔法のような反撃はない。
「他のクリスタルの下請けに離反の動きがあるよー」
上杉さんが電話で楽しそうに話す。
「本当ですか!?」
興奮してしまう。上杉さんの工作が上手くいくとは正直驚きだ。
「ヴォルフの辞任を求める声が出てくるのも時間の問題だなー」
「いい感じですね」
「でもね……」
上杉さんの声のトーンが少し下がる。
「ん、何です」
「クリスタルの西郷さんていう部長が、下請けを訪問して、抑え込みに当たっている」
「知っている人ですか?」
「ちょっとね。西郷さんはクリスタルの中で唯一、下請けに慕われている人なんだなー」
「へぇ」
意外である。
クリスタルは下請けに冷たい会社で、社員は全員ヴォルフみたいなクズばかりだと思っていた。
「西郷さんはクリスタルの名車といわれる車をいくつも下請けの人と力を合わせて作ってきた人だからね」
「じゃあ離反工作は上手くいかないかもしれないんですか?」
「でもまあ大丈夫ー。西郷さんが動いてくるのは想定内だよー」
また上杉さんのテンションが元に戻る。空元気でないといいのだけど。
「あと3週間……」
僕はタイガーチャイルドファンドが部品会社の株を買い集める残りの期間を呟く。
このまま順調に株を買い占められたら勝ちだが。
「そろそろ相手も本気出してくるよ」
上杉さんが電話の向こうで不敵に笑っている気がした。
悪役にムカつくかもしれませんが、後でボコった時の爽快感が増すということで、ご容赦いただきますと幸いです。
今後もお読みいただきますとありがたく存じます。