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8 ブラック企業の呪縛を断ち切ってやる

「こ、虎児郎君、そんなことまでする必要はないよ。というかクリスタルみたいな大企業を相手にできることなんかあるはずがないから」

 穂香ちゃんが僕に対して、ものすごく引いている。


 ヴォルフが強欲と言っていたのはあなたなのに、負け犬根性が染みついているね。


「クリスタルに仕返しなんて、とんでもないですよ。クリスタルグループは従業員25万人の超巨大企業、年間自動車生産台数は5百万台」

 お父さんも蒼白になっている。


 親子共々、クリスタルに骨の髄まで支配されているとしか思えない。

 ならばこそ、クリスタルの呪縛を断ち切ってやる必要がある。そこまでやってようやく僕的には根本解決だ。


「やだ。ヴォルフを締め上げてやりたいんです。何か知らないですか、クリスタルの弱点を?」

 駄々をこねつつ、お父さんに悪事をそそのかすようにささやきかける。


 正直なところ、クリスタルにダメージを与えられることがあるようには思えないんだけど、振り上げた拳の下ろし場所がないとすっきりしない。


「ねえねえ恨みがたまっているでしょう」

 おねだりするようにお父さんに食い下がる。


 お父さんは腕組みして考え込んでいたが、穂香ちゃんとひそひそ話を始める。

 クリスタルの弱点は何か話し合っているみたいだ。そして、僕に教えて大丈夫なのかも相談しているっぽい。


 数分待っても、話し合いは終わりそうにない。

 暇な僕は、部屋の中を見渡す。


 本棚に『ヴォルフ社長名言録』という薄い本があったので、手を伸ばして引っ張り出した。

 表紙には、毛深いヴォルフの顔写真。


 睨んでいるような目つきだ。ケンカを売られているようでムカムカしてくる。

 ひっくり返して、裏表紙を見ると定価2000円とある。


 高! 薄っぺらいのに。

 パラパラとめくると……


”社長の一番の仕事は、変革である“


 言葉が、大きい字で一行書かれているだけ。

 それで1ページ。余白ばっかりの本だ。


 これが名言とは鼻で笑ってしまう。

 下請けを搾取するだけの会社に変えたってことだろうが。


”徹底的なコスト削減なくして、グローバル競争には勝ち抜けない“


 だったら貴様の給料を削れよ。


”コスト削減で得た金は全て将来への投資に使う“


 貴様の給料は将来への投資じゃないだろ。この世で一番無駄な金だ。

 アホな僕でもツッコミがいくらでもできてしまう。


”ピンチはチャンスだ。なぜなら全員が最大の力を発揮するからだ“


 はいはい、お父さんが死ぬほど働かされるわけね。それでも足りなくて、穂香ちゃんまでデリヘルで働かされるはめになる。

 いかにも、社員を死ぬほど働かせるブラック企業が言いそうなことだ。


 お父さんの話を聞いてからだと、ヴォルフの言うことの全てが下らない。

 でも、テレビでヴォルフをよく見かける。こんな奴から学ぼうという意識高い系が日本にはいっぱいいることに呆れてしまう。


 駄文の羅列は、クリスタル自動車の話題を離れて、人生について上から目線で語るものに移っていった。


”貧乏な家に生まれてくるのは君のせいではない。だが、貧乏なまま死ぬなら、死ぬ気で頑張らなかった君のせいだ“


 なに……

 貧乏という言葉に目が止まった。


 ヴォルフは僕みたいにド貧乏の家の子だったのか。

 でも頑張って、社長になったのか。

 もし、そうなら、偉そうなことを言うのも多少は許してやってもいいかもしれない。


 穂香ちゃんはお父さんとひそひそ話し中だが気になったので割り込む。

「ヴォルフって貧乏だったの?」


 穂香ちゃんは一瞬きょとんとしたが、すぐに答えてくれた。

「違うと思うよ、ドイツの裕福な家庭に生まれて、アメリカに留学してるし」


 ぷつっ


 僕の頭の中が、切れた。


「ふざけるなあああああああああっ」

 本を真っ二つに引き裂いた。


 貧乏人に同情すると見せかけて、見下してやがる

 貴様が偉そうに言える立場なのは、有利な条件でスタートしただけだっ


 はあはあはあはあ

 息を荒くする僕を、穂香ちゃんがびっくりして見ている。


「ごめん、あまりにムカついたから……本のお金は払うよ」

 本の残骸を見つめて、僕は突然興奮してしまったことを謝った。


「あはは、いいよ……ヴォルフ社長の本は、お父さんの会社で百冊も買わされたんだ。配る先がないからって、私にも渡されたの」

 穂香ちゃんは苦笑する。


 自分から買うわけないよな、穂香ちゃんたちを虐げているヴォルフの本を。

 2000円もする本を百冊も買わされたら、結構な金額になるんじゃないか。頭の悪い僕は暗算できないけど。


 穂香ちゃんは、ため息をして付け加える。

「アマゾンマーケットプレイスで売れないかなと思ったんだけど1円でね。捨てようと思ってたんだ」


 ゴミ本という評価がなされているので、ちょっとだけホッとした。


 きっと、お父さんの会社みたいに本を押し付けられた下請けがいっぱいいるんだろう。

 みんなが売ろうとしているせいで、1円になってしまったんだ。


 本棚には他にもヴォルフの本がたくさん並んでいる。

 ヴォルフはお父さんの会社の部品を買い叩くだけじゃなくて、ゴミ本をいっぱい買わせている。


 中には、迷言をありがたがるアホもいるんだろう。信者を洗脳できて一石二鳥だ。

 本当に最悪のブラック企業だな。

 ヴォルフを懲らしめることができたら、日本をちょっとはホワイトにできるんじゃないか。


 そう考えていると、お父さんが緊張した顔を向ける。

 仕返しする気になったらしい。


「クリスタルの関係者には有名なことですが……」

 お父さんは語り始めた。


 車を作るのにはピストンリングという部品が欠かせない。

 リングという名前のとおり、見た目はただの金属の薄い輪だ。


 だがエンジンの中のすさまじい高温高圧に耐える頑丈さ、バネのようなしなやかさという相反する性質が求められ、作るのがとても難しい。


 にもかかわらず、ヴォルフは部品会社の苦労を踏みにじるように安く買い叩いたので、クリスタルのピストンリングを作る会社は2つだけに減ってしまった。

 何千とあるクリスタルの下請けの中で、代わりが利かないのはこの2社と言われている。


 そして肝心なのは、その2社とも会社の株券が株式市場で自由に売り買いされていることだ。どっちの会社も百億円くらいだという。


「ふーん、会社って買えるもんなんですね……2社でたった2百億円か」

 1兆円持っているから、買えちゃうなあと思ってしまう。


 この2社を奪っちゃえば、クリスタルは車を作れなくなる。死ぬな。


 お父さんの話を聞いていて、ふと思い出すことがある。

 僕に遺産を渡しに来た弁護士の上杉さんは企業買収のスペシャリストだと言っていなかったっけ。


 意味がよくわからなかったけど、会社を買うってことだよね。

 小学生みたいな人に必殺技のようなことができるとは信じられないけど、本当にできるか聞いてみよう。


「もしもし、上杉さん……」


次回から、ツインテール美少女と一緒に超巨大ブラック企業に無双していきます。

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