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7 会社に逆らうのってそんなに悪いことなんだ

 穂香ちゃんを借金地獄から救い出した後の土曜日。

 朝から穂香ちゃんのアパートに再び招かれる。穂香ちゃんのお父さんが実家からやって来るという。

 僕としても穂香ちゃんのお父さんには言いたいことがあったので望むところだ。


 穂香ちゃんに和室に通されると、頭を擦りつけて土下座をする男性がいた。穂香ちゃんのお父さんだ。

「この度はなんと御礼を申し上げてよいやら、当社の借金まで帳消しにしていただき、感謝の言葉が見つかりません」

 隣で穂香ちゃんも土下座する。


「あの……穂香ちゃんのお父さんに、穂香ちゃん、頭を上げて下さい」

「いえ、ずっとこの姿勢でいさせて下さい」

 ずっと土下座をされていると、こっちの方が気疲れしてしまう。

「ですから頭を上げてくださいって」

 大きな声でお願いした。

 

 ようやく顔を上げたお父さんは大量の涙を流している。

「涙が止まらんくって、顔を上げられなかったのですよ」


 お父さんは涙を袖で拭いながら話す。

 顔は皺だらけで、苦労を重ねてきたことが見て取れる。


「借金で娘を身売りさせて、私は最悪の父親だと思って……もう自殺をして保険金で借金を返すしかないと思いつめておりました。最初の客が緒方さんとはなんという偶然」

 恥ずかしいからデリヘルで呼んだ女性が穂香ちゃんだったとは言わないで欲しかったけど、穂香ちゃんは起きたことを正確に報告したらしい。


「……僕は棚ぼたで手に入ったお金を使っただけで……僕が稼いだお金じゃないんで、気にしないで下さい」

 頭を掻きながら、早く話題をデリヘルから変えたい。


「他の男に娘を汚される前に、穂香を救い出して下さるとは」

 だからその話題はもういいって。


「なんとおっしゃられようとも緒方さんのお金に変わりありません。この御恩をお返しする方法は思いつきませんが、せめて娘を一生お傍でお仕えさせますので、どうか使ってやって下さい」


 ん……さりげなく穂香ちゃんを僕の嫁にしようとしていない?

 穂香ちゃんは顔を真っ赤にしているし。


 コホン、僕は咳払いをした。

「御礼なんていいですよ。3億くらい端した金なんで」


 穂香ちゃん親子に負い目に思ってほしくなくて、あえてぞんざいな言い方をする。本音ではすげー大金だと思っているけどね。ド貧乏の金銭感覚からすぐに変わるはずはない。


「僕が気になっているのは借金を返したら問題は全部解決なのかなってことです」

 そう言うとお父さんは驚いた顔をする。

 これこそ僕がお父さんに言いたかったことだ。


「……と、おっしゃいますのは一体……借金がなければ会社は持ち直しますが」

「本当なんですか」

 まじめな顔で問い詰める。


「僕はバカだけど、ちょっと考えればわかります。穂香ちゃんが体を売らないといけなくなるほど借金が積み上がるのは、そもそも会社が上手く行ってないからじゃないですか。会社の問題を解決しないとまた借金することになるんじゃないでしょうかね」


 僕の核心を突く指摘に穂香ちゃんが唖然としている。

 どうだい穂香ちゃん、見直したでしょう。次の通信簿で現代社会には加点しておいてね。


 あ、でも……ちょっと考えれば誰でもわかることと言ったけど、もしかすると僕は頭がよくなっているのかもしれない。

 今まで金がなくて何もできないから考えないようにしていたけど、金があると考えるようになるのだ。


「そ、それは……大丈夫です。会社には色々問題がありますが、生まれ変わったつもりで頑張りますので」

 精神論にしか聞こえない。


「気合で頑張るんじゃ、いつまでも持たない気がするんですよね」

「私はまだ六十です。あと二十年はいけますよ」

 お父さんの虚勢をスルーする。


「ついでなんで……根本的に解決しちゃいましょうよ、会社の問題を詳しく話してもらえませんか」

 僕が呟くと、お父さんは息を飲む。


 お父さんはしばらく思案をした後、穂香ちゃんと顔を見合わせた。

「どうしようか、穂香」


「虎児郎君に全てお話して」

 穂香ちゃんが頷いた。


 お父さんは自分の能力不足を恥ずかしく思っているのか、うつむき気味にぽつりぽつりと話し始めた。

「……会社の一番の問題はクリスタル自動車の下請けから抜け出せないことです」


「クリスタルって、ヴォルフとかいう外人が社長をやってるとこ?」

 ヴォルフ社長はテレビで見たことがあるから知っている。


 顎鬚(あごひげ)頬髯(ほおひげ)がすごくて、狼を思わせる威圧的な風貌。

 クリスタルを立て直した名社長としてカッコよく紹介されていた。


「そうです。昔からうちはクリスタルの下請けではあるのですが、ヴォルフさんが社長になってからは部品の買い叩きがとにかくひどくて」


「外人だから日本人に容赦ないんですかね。あいつはどこの国の人なんですか?」

「ドイツです。クリスタルはかつて業績不振になった時に、ドイツの自動車メーカーに助けてもらったんです。それでヴォルフさんが社長としてクリスタルに乗り込んでくることになりました」


「クリスタルは立ち直ったのに、お父さんの会社は苦しくなったってことですか」

「はい……全然利益が出ないどころか、赤字になることもよくあります」


「え……なんで儲からない仕事を?」

 素朴な疑問だ。


「従業員の給料や借金を払うためには損をしてでも部品をクリスタルに売って、現金を手にいれないといけないんです。自転車操業ってやつです。こぎ続けてないと倒れてしまう自転車のよう……この状態にはまってしまうともう抜け出せない。クリスタルは足元を見て、ますます値引きを要求してきます」

 そんなことが起きていたとは驚きである。


 ヴォルフはテレビでは、ためになるお話を偉そうに話して、いい人っぽく振る舞っていた。


 しかし、実態はクリスタルが立ち直ったのは下請けからクリスタルに搾り上げているだけに過ぎないじゃないか。

 ヴォルフがもてはやされている裏には穂香ちゃんのお父さんのように犠牲になっている人が無数にいるのかもしれない。


「社員には給料を下げて、残業代もなしで働いてもらってますよ。自動車の部品を作っているというのに、社員の給料じゃあ自動車を買えません。まあ金があってもクリスタルの車だけは絶対に買わないと言うでしょうけどね」


「クリスタルなんか相手にしなくて、別の会社に部品を売ることはできないんですか」

「それは……目先のクリスタルへの納品に追われて、他に目を向ける余裕がございません。クリスタルは納期にも厳しいんです」

 お父さんはがくりと頭を垂れた。


「虎児郎君、前にお父さんが言ってたんだけど、クリスタルは最悪のブラック企業だって。父さんは社長だけど名ばかりで、クリスタルの奴隷なんだ」

 穂香ちゃんが付け加える。


「聞いている感じだと、確かにそう思えるなぁ」

 僕は腕組みしてうなずく。


「父さんの社長の報酬なんて、うちの会社の社員さんより少ないのに、ヴォルフの報酬は百億円以上だって。父さんの方が何十倍も身を削って働いているのに……ヴォルフが強欲すぎるんだ」


「そんなことを言うもんじゃない。クリスタルグループ全体を経営をするのは大変だよ。ヴォルフさんのようによっぽど頭のいい人じゃないと務まらん」

 お父さんがたしなめる。


 そうかなあ、穂香ちゃんの感覚の方がまともだよ。


「クリスタルなんかと縁を切って、他の会社に鞍替えしたらいいんじゃないですか。他の会社にアテはないんですかね」

「うちはトミダ自動車にも少しですが部品を納めています。トミダさんはうちの技術を評価してくれていて、別の部品をたくさん作ってくれないかと依頼されています」


「お、いいじゃないですか、そうしたら」

 ちゃんと金払ってくれそうなところと付き合おう。


「でもお断りするつもりです」

「え、なんで?」


「資金がないからです。トミダさんの部品を作るには新しい機械を入れる必要がありますが、うちにはそんな金はありません。クリスタルはうちが他社に寝返らないためにも、生かさず殺さず……どちらかと言うとゆっくりと殺してきたんです」


「なーんだ」

 やっぱり話は拍子抜けするくらい単純だ。


 要は金。

 世の中の問題のほとんどは金で解決する。


「いくらです。その機械の値段は。僕が資金を出しましょう」

「え、えええ、いくらなんでもそこまでは」

 お父さんは恐縮するふりをして見せるが、こういう話の流れになると思っていただろう。


「いまさら遠慮しないでくださいよ。ははは」

 僕は満面の笑顔をしてみせた。


 お父さんは機械は3千万くらいだという。

 早速、木下支店長に電話を掛ける。


 土曜日だというのに支店長は仕事をしていた。

 僕は余裕を見て5千万円を振り込む手続きを指示した。


「緒方さんにはもうお返しのしようがありません。穂香には身も心も全て捧げるように言っておきますし、元より本人もそのつもりでしょうから、お好みでどんな行為でもなさって下さい」

 お父さんはずっと頭を擦りつけて感謝の言葉を繰り返すばかりだ。


 穂香ちゃんはモジモジしている。デリヘルを利用したことで変態に思われている気がする。

「僕は穂香ちゃんとお父さんが苦労しなくなればいいなって、それだけなんです。下心とかないですから」


「今、穂香のお父さんと呼ばれましたね。緒方さんにお父さんって呼んでいただけるなんて光栄です」

 どんどん深みにはまっていきそうだ。


 咳払いして次の課題に移る。


「あと、クリスタルに仕返ししたいですね。さんざんひどい目に遭わされてきたんだから。単に縁を切るだけじゃ、怒りが収まらないでしょう」


 そう言うと部屋がシーンとなった。

社畜にとって会社に逆らうなんて、とんでもないことですよね。まして相手は日本トップクラスの超大企業という設定にしております。下請けが発注元に逆らうのも同様なのではないかと思います。


お読みいただきありがとうございました。

なお小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係がありません。

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