23 遠足
遠足の日。
虎児郎は約束どおり遠足にやって来てくれて、彩音は胸を撫でおろした。
十時過ぎに金沢駅の出入口の広場で、夏服姿の生徒が整列。
向かって立つ如月先生が告げる。
「あとは自由行動だ。警察に捕まることだけはするな、以上」
「いやっほー」
「ひゃっはー」
柄の悪い男たちが奇声を上げる。
北○の拳のザコキャラのような奴らを野放しにする遠足がよく長年続いているものだ。
桃が虎児郎の右腕を抱えて胸で挟む。
「さ、虎児郎さま、ラブホに行って、イチャイチャしましょう。片町のあたりにいっぱいありますよ」
「いいねぇ、4P」
天使も左腕を抱える。
彩音は虎児郎たちの前に立ちはだかる。
「こらっ あなたたち、虎児郎はあたしのものってゆってるでしょ」
「遠足の日ぐらいいいだろ、同じ班なんだし」
天使が、普段と違って、虎児郎に甘えてもいいはずと訴えてくる。
こいつらを自由にさせたら計画を狂わされてしまう。
彩音は虎児郎の手を引っ張る。
「さ、金沢観光行くわよ」
「なんで彩音が仕切るんだよう」
天使は不満げだ。
「どうせ、あなたたちはどこに行くかなんて、全く考えてないんでしょ」
「ラブホなら、よーく調べてるって」
「却下ってゆってるでしょ」
「じゃあ、どこ行くんだよ。兼六園と近江町市場は何度も行ってるぞ」
中学校の遠足でも金沢に行くし、家族とも行く場所だろう。
「ふん、高校生にもなれば一味違うところに行くものよ。武家屋敷跡と、にし茶屋街」
彩音は自信たっぷりに答える。
「な、何だそれは?」
天使は初めて聞く場所のようだ。虎児郎も怪訝そうにしている。
「古都金沢らしく江戸時代の風情を感じられるところよ」
彩音はカス高生とは思えない、格調の高いことを言うので、みな唖然とした。
「彩音って、頭よかったっけ?」
「一体どうなっているの!?」
天使と桃が顔を見合わせている。
「あ、あたしは虎児郎との遠足が楽しくなるように調べたのっ べ、別に金沢観光のサイトを見て、いいなって思っただけなんだから」
彩音は顔を赤くして説明する。
「何か企んでいるんじゃ?」
「私たちを置き去りにして、虎児郎さまと二人きりになろうとしてるのよ。きっと迷路みたくなっているところだ」
天使と桃はひそひそする。行き先に罠があると疑っているようだ。
「そんなんじゃないから、ねえ、虎児郎、いいでしょ、あたしが調べた所に行くので」
「いいよ、せっかく良さげな所を調べてくれたんだし」
虎児郎が同意してくれて、彩音はニンマリする。
「じゃ、行きましょ。まずは武家屋敷跡。歩くと時間かかるから、タクシーね」
彩音は、桃と天使が抱き着いたままの虎児郎の右手を引いて行く。
タクシー乗り場はかなり行列ができていた。
待つことしばらく、タクシーの順番が来た。
後部ドアが開くと、彩音が真っ先に乗り込み、虎児郎を引きずり込む。
そこで天使と桃が虎児郎の隣に乗り込もうとして衝突した。
「あたしが虎児郎様の隣よ」
「お前は助手席に乗れっ」
些細なことで、つかみ合いの醜い争いが繰り広げられる。
虎児郎は頭を抱えている。
「あなたたち、交代で乗りなさいよ。後でまたタクシーに乗るから」
彩音が呆れて言い聞かせる。
力ずくで押し入りかけていた天使が虎児郎の隣に座ることになる。
「もー」
桃はしぶしぶ助手席のドアを開ける。
◆◇◆
タクシーが古めかしい塀の間を進む。
窓から見ているだけでも確かに江戸時代っぼい風情を感じられるエリアだ。
「この辺は加賀百万石の藩士の中でも中級の武士が住んでたんだって」
ガイド役をする彩音。
「彩音が難しいことをゆってる……」
天使が信じられないものを見る目を向けている。
普段の彩音は教室で、無意味な会話をしているだけだから仕方ない気はする。
「だからネットでちょっと調べただけって、ゆってるでしょ」
カス高はバカが集まるところ。
賢そうだと浮いてしまうから、彩音は大したことないと言い張る。
タクシーは瓦屋根の門の前に停車。彩音がお金を払った。
彩音が門の前で振り返る。
「数ある武家屋敷の中でも、最も有名な野村家よ」
ドヤ顔の彩音に対して、天使と桃は冷めた表情だ。
「社会科見学みたい」
「なにが楽しいんだろ」
彩音は口を結んで答えに窮する。
「ま、まあ、せっかく彩音が調べてくれたんだし、入ろうよ」
虎児郎は苦笑して門を潜る。
邸宅の中には外国人の姿がちらほら見える。
「ワンダフル」
「ビューティフル」
英語が聞き取れないけど、感嘆しているっぽい。
「ほらほら、おバカさんたちにはわからないでしょうけど、ここはすごいところなのよ」
彩音が入場料を人数分払う。
「悪いな、彩音」
「ありがとねー」
おごってもらう気まんまんの天使たちは、彩音をパシリ扱いだ。
おバカと呼ばれたのをやりかえしている感じ。
「ゆっとくけど、お金は立て替えとくだけで、後で払ってもらうからね。タクシー代も割り勘で」
彩音が含み笑いをする。
「なっ」
「お金払うんだったら、来ないよー」
桃が騙された怒りを露わにする。
「あっそ、だったら、どっか行けば」
彩音が桃と睨み合う。
「待って、待って」
虎児郎が二人の間に割って入る。
「今日は全部、僕のおごりでいいから、ケンカしないで」
「さすが虎児郎さまー」
桃が虎児郎の左腕に抱きついて、巨乳を押しつけている。
「こらっ 泥棒猫は離れなさい」
彩音が桃の首根っこをつかんで、ひっぺがした。
いちいち揉めずにはいかない。
先が思いやられるな。
昨日からたくさんのブクマ、ご評価をいただきました。
前回の投稿で、後書きに「展開に悩んだ」ことを書いたため、励まして下さったものと推察します。
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