拾った携帯電話から聞こえた声は俺の予想を遥かに超える可愛い笑顔の持ち主でした
『♪~』
どこからか懐かしい曲が流れている。
すごく小さい音なのに俺には間違いなく聞こえた。
音の元へ行くとベンチの上で携帯電話が鳴っていた。
誰かの忘れ物だろう。
忘れた本人がかけているのかと思い俺は電話に出た。
「はい」
「えっ、男の人? えっ待ってよ。この携帯は。えっ」
電話の相手は若い女性のようだ。
すごく焦っているようだった。
「ちょっと落ち着いてもらえるかな?」
「あっすみません」
「この携帯の持ち主の方ですか?」
「えっと、私の友達の携帯です」
「ベンチに忘れているってその友達に伝えてもらってもいいですか?」
「あっ、はい。伝えます」
「私はここで本人が来るのを待っていますので」
「はい。すぐ取りに行くように伝えますね」
「それではまた後ほど」
「はい」
そして電話は切れた。
俺は今日、三十歳になった。
そんな日に懐かしい曲に誘われて携帯電話を拾った。
どんな子が来るのか。
俺が知っている曲なのだから俺と歳が近いのかもしれない。
少し待つと女子高生がベンチに座っている俺の前で立ち止まった。
「それ、私の携帯電話です」
「えっ、君の?」
「はい」
女子高生?
あの懐かしい曲を知っているのが女子高生?
「てっきり俺と同じくらいの女性が来ると思っていたよ」
「あっ、もしかして電話の着信音ですか?」
「そう」
「私の友達が好きで勝手に設定されたんです」
「君の友達に感謝しないといけないね」
「どうしてですか?」
「その懐かしい曲の着信音で俺は気付いたんだよ」
「そうなんですか? その友達はさっき話した子ですよ」
「その子とは曲の趣味が合いそうだね」
「彼女の電話番号教えましょうか?」
「えっ、それは彼女にちゃんと承諾を得てからにしないとね」
「彼女はあなたがどんな人なのか気になっていましたよ。だから教えても大丈夫です」
「でも、女子高生と電話して大丈夫かな?」
「えっ、女子高生と電話したらダメなんて法律はないですよね?」
「そうだけどね。俺みたいなおじさんが女子高生と仲良くしたらロリコンなんて言われそうで」
「おじさんじゃないですよ? 少し年上のお兄さんにしか見えませんよ」
「君はお世辞が上手だね」
「本当ですよ。今度、私の友達にも聞いて下さい。絶対おじさんには見えないですから」
それから電話で話した彼女の電話番号を聞いた。
俺はすぐには電話はできなかった。
だって女子高生だから。
三十歳の普通のサラリーマンの俺が女子高生と電話なんてできなかった。
休みの日になんとなく携帯の電話帳を開いていたら“懐メロ彼女”の文字に目がいった。
あの電話で話した女子高生の登録名だ。
名前も知らない彼女だからそう登録した。
なんとなく電話をかけてみようと思った。
何度か呼び出し音が鳴って彼女は出た。
「もしもし」
「あっ、あの。俺は、その」
「落ち着いて話して下さい」
彼女の優しい声が聞こえた。
「この前、電話で話した者ですが」
「はい」
「覚えていますか?」
「それが覚えていなくて」
「えっ」
「嘘ですよ。ちゃんと覚えていますよ。ただ、連絡待っていたんですけど全然来なくて待ちくたびれました」
「あっ、すみません」
「冗談ですよ」
「あっ、すみません」
「そんなに謝らなくてもいいですよ」
「はい。俺の自己紹介をしたほうがいいですよね?」
「しなくていいですよ」
「どうして?」
「あなたと会った時に楽しみがなくなります」
「楽しみ?」
「あなたの声だけであなたはどんな人なのか想像して会った時に答え合わせをしたいんです」
「答え合わせ?」
「私があなたの声だけでどれだけあなたの中身を分かるのか試してみたいんです」
「君って本当に女子高生?」
「女子高生ですよ」
「君って面白い子だね」
「友達には変って言われます」
「俺は好きだよ」
「えっ」
「あっ、違うんだよ。ん? 違う訳じゃなくて」
「もう、落ち着いて下さい」
「ごめん」
「また謝りましたね」
「あっ」
「でも、あなたは謝ることを恥ずかしく思わない人なんですね」
「えっ」
「大人って謝る人が少ない気がします。プライドがあるんですかね?」
「君って本当に女子高生?」
「またですか?」
「だって君は俺が思っていたことを言ったから」
「どういうことですか?」
「昨日、上司がミスをしたんだけどそのフォローを俺がしたら上司が言ったんだ」
「何て言ったんですか?」
「君は上司のミスをフォローするのは当たり前だってね」
「何それ。ムカつく。子供でもありがとうとかごめんなさいを言えるのに」
彼女は俺の代わりに怒っている。
何故か嬉しくなった。
「ありがとう」
「えっ」
「俺の代わりに怒ってくれてありがとう。俺はその時、苦笑いしかできなかったから」
「言えないですよね。上司には」
「君は俺の気持ちが分かるの?」
「働いたことはないですけど、言えない時は私もあります」
「女子高生も大変だね」
「サラリーマンも大変ですね」
そして俺達は笑った。
彼女は俺の心を癒してくれた。
今まで彼女みたいな人に出会ったことはなかった。
俺の心を軽くしてくれる人なんていなかった。
彼女と電話をするのが楽しみになった。
また明日と言って電話を切った。
彼女と話した時間。
十五分だった。
次の日も彼女と話した。
今日は彼女の愚痴を聞いた。
女子高生の愚痴は俺には少し理解不能だったが彼女が怒っていたから俺は彼女に言った。
「怒るってことは君はその子に本当は言いたいんだよね?」
「えっ」
「怒るのはイライラしてそれがいっぱいになってるからだよ。言えばそのイライラはなくなるのに」
「言えないですよ。嫌われたら嫌です」
「そんなことで君を嫌う友達なの?」
「それは……」
「大人になったら友達なんてできないよ」
「何でですか?」
「俺はいつも家と会社の往復しかしてないから友達を作ることなんてできない。会社の人達は同僚であって友達じゃないんだ。だから君は今の友達を大切にしないといけないよ」
「その友達は男友達なんですけど」
「男? それは俺からしたらちょっと複雑だよ」
「どうしてですか?」
「大人の事情があるんだよ」
「大人の事情? 何か答えたくなくて逃げました?」
「君は知らなくていいこと」
「私を子供扱いしました?」
「だって君は女子高生だからね」
「もう、大人はずるい」
彼女は拗ねたように言った。
彼女が可愛いくてたまらない。
もっと彼女をからかいたくなる。
そしてまた明日と言って電話を切った。
彼女と話したのは二十分だった。
毎日、彼女と電話で話した。
毎日が楽しくてこのまま続けばいいのにと思った。
しかし、この関係が続けられなくなる事件が起きた。
それは俺の携帯が壊れたのだ。
データも全てなくなった。
彼女の電話番号も分からない。
俺はどうにかならないかと試行錯誤をしたがどうにもならなかった。
「ごめん」
俺は届くはずのない彼女へ謝った。
もし、彼女が聞いていたら“また謝った”なんて言って笑うんだろうな。
本当にごめん。
俺は前の生活に戻った。
いつものように会社と家の往復。
いつものように上司に謝られることもなく、当たり前と言われながら働く。
いつもと同じ。
いつもと同じなんだ。
いつもと同じな訳がない。
彼女の声が聞こえない。
彼女の笑い声が聞こえない。
彼女の拗ねた声が聞こえない。
俺のいつもは彼女の声が必要になっていた。
もう、前のいつもの生活には戻れなくなっていた。
彼女の声が聞きたい。
彼女の笑う声が聞きたい。
彼女の拗ねる声が聞きたい。
彼女に会いたい。
そう、俺は彼女に会いたいんだ。
俺は彼女と話したあの日を思い出した。
あのベンチに行こう。
あのベンチに彼女が来てくれるかもしれない。
彼女が俺に会いたいと思ってくれているなら彼女が来るのかもしれない。
俺はベンチへ向かった。
ベンチには誰もいない。
俺はベンチに座った。
このベンチで待とう。
◇◇
どのくらい待ったのか分からない。
もう、真っ暗だ。
冬の空は寒い。
寒くても俺はこの場所を離れたくない。
彼女に会いたいから。
すると、ベンチが少しずつ濡れていく。
雪が降ってきた。
少しずつ洋服が濡れていく。
このままだと凍え死ぬかもしれない。
そう思った。
すると下を向いていた俺の目の前に足が見えた。
その相手は俺の前に立っているみたいだ。
雪が俺に当たっていないのが分かる。
傘を俺が濡れないようにさしてくれている。
濡れている俺に通行人が心配になってしてくれているのだろう。
そして通行人は言った。
「風邪ひきますよ」
俺の聞きたかった声が俺の頭の上から降ってきた。
俺はすぐ、上を見上げる。
彼女はすごく心配している顔で俺を見ている。
初めて見る彼女の顔は笑顔なんかじゃなかった。
俺のせいだよな?
彼女の笑顔が見たい。
「ごめん」
「謝るのはやめて下さい」
「それなら、どうすれば君は笑顔を俺に見せてくれるの?」
「私をあなたの恋人にして下さい」
「えっ」
「あなたと話せなくてすごく寂しかったです。もう、あなたと話せないのは嫌です。だから私を恋人にして毎日、いろんな話を私に聞かせて下さい」
「俺が何でここにいるのか分かってる?」
「私に会うためですか?」
「うん。そして君を恋人にするため」
「嬉しい」
彼女は目に涙を溜めて俺を見ている。
笑顔じゃないけどこの顔も可愛い。
彼女を抱き締めたかったけど俺はびしょ濡れだ。
「俺の家に来る?」
「えっ」
「あっ、何もしないよ。ただもっと話したくて」
「いいですよ」
俺の家に女子高生がいる。
何か俺はとんでもないことをしているのではないのか?
「嫌なら帰っていいから」
「どうしてそんなこと言うんですか?」
「だって君は女子高生だから」
「あなたはそんなに私の年齢が気になりますか? 私が子供だからですか?」
「俺をいくつだと思ってんの?」
「三十歳でしょう?」
「何で知ってんの?」
「友達が教えてくれました」
「携帯電話の持ち主の子か」
「私はあなたの年齢を聞いても何も思いませんでしたよ」
「君はまだ未成年だからだよ」
「それは私が子供だからって言ってるのと同じです」
「そうだよ。君は何も知らないまだ子供」
「どうしてそんなひどいこと言うの?」
「この先、俺達には色んな壁が出てくる。それを俺達は壊していけると思う?」
「二人なら大丈夫」
「俺は君が傷付くのが嫌なんだよ」
「私は傷付かないよ。あなたが隣にいれば大丈夫だよ」
「俺も君も色んなものを我慢しないといけないよ。人前で手を繋ぐこともできないし、デートもできない」
「そこまで隠れて付き合わないといけないの?」
「さっきも言ったけど君は未成年なんだよ」
「いいよ。一緒にいられるなら私は我慢できるよ」
「そっか」
「えっ」
「君が無理って言っても俺は君を手離す気はなかったよ」
「え?」
「俺はあの電話から聞こえた君の声に恋をしていたから」
「私も」
「君も?」
そして彼女は俺に内緒話をするように俺の耳元で言う。
「あなたと電話した後に友達に私の電話番号を伝えてって言ったの」
彼女はそう言って笑った。
彼女の笑顔は俺の予想を遥かに超える可愛い笑顔だった。
読んで頂きありがとうございます。
読んで頂いた方の心に残るストーリーだと幸いです。