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主人を乗せてどこまでも ~アルミと車輪の身体が語る、何気ない日常~

作者: 馬波良 匠狼

 総制作時間5時間半です。

 前回の短編が課題1、今回は課題2です。

 よろしくお願いいたします!

(陽が昇ったか?)

 今日も陽の暖かさで目が覚める。ただし、俺はカバーを掛けられているせいか、眩しいはずの光は届かない。

(昨日もだいぶ走ったしな。全く、主人の体力についていくのは大変だ)

 一人ごちても仕方ないが、まぁ仕事が仕事だけにしょうがない。

 紹介が遅れたが、俺はロードバイクだ。名前は一応あるが、それは伏せておこう。

 そして、主人の仕事は自転車であちこちに食品を届ける仕事をしている。

 必然的に俺の存在は確実に欠かせない。

 俺も別にロードとして生を受けているから、長く走ることやあちこち行くことに問題はないのだが……。

(主人遅いなぁ……。一体いつ来る気だ?)

 陽が昇ってもう幾分か過ぎ、カバー内の温度もだいぶ上がったが、主人が来る気配は全くない。

 どうせ今日も主人は昼過ぎてから動くことになるのだろう。いつも仕事を終えるのは深夜0時、帰宅するのは1時ぐらいとかなり遅いからな。

 部屋に戻った後のことは分からないが、色々と支度をしてから出てくるようだ。

 そんなだらしのない主人と出会ったのは、かれこれ1年も前のことだ。


 私を見つけた時、主人は乗っていたロードを盗まれていた。

 聞けばそいつは、白塗りにオレンジ色のアクセントが効いた俺よりちょっと小さいロードバイクで、ここまで片道旅をしてきた時の相棒だったが、主人はうっかり鍵を掛け忘れ、暫く放置してしまったために、いつの間にか盗まれていたようだ。

 困り果てた主人は自転車屋さんをはしごしたのち、私の緑のボディを気に入って買ってくれた。

 分割払いで何とか払いきり、今は完全に主人の物だ。

 因みに主人に関しては、俺を買った後の最初の半年ぐらいは深夜に動く仕事だったが、仕事を辞めて転職した今は昼間に動いている。

 そして私は、今の仕事の脚として、主人の重たい体をいつもこの身で支えているのだ。


――ガサッ

 そうこうしているうちにカバーが外され、主人が仕事着とバッグを持って俺の元へとやって来た。

(だいぶ陽が高いが、今日も一日頑張ろうかね)

 鍵を外し、ライトを取り付け、ブレーキの調子を確かめ、タイヤの空気をチェックし、道路へと出てから、主人は俺に乗る。

(くっ! 相変わらずちょっと重いのではないか……?)

 もう少し身体を絞って欲しい、と思っているが、この仕事は一日100km位を平気で走るから、絞ったとしてもお腹周りだけになるだろうな。足はパンパンにでかくなってるし……。

 そんなことを思いながら俺は主人と共に、仕事へと出かけるのであった。


 仕事開始から3時間が経過して、現在15時半。少し出遅れてスタートしたが、ここまでで8件を消化し、今は次の注文までの待機中だ。

 しかし、今日はやたらと長い距離の配達が多い気がする。平日のはずだけど、家にいる人が多いのかな?

 主人の方は俺から降りて、近くの壁に身体を預けて休んでいる。ずっとスマホをいじっているニヤニヤしてるけど、どうせ好きなゲームのキャラを見てるんだろうな……。たまにそのゲームの戦術を聞かされるし、キャラの可愛さとか聞くし。

 と、突然主人の顔が険しくなった。注文が来たようだ。

 暫く操作していると、主人の目が大きく見開かれる。

「げっ! 結構量がありそうだなぁ……」

 大変そうな配達を引いたらしい。俺も重くなるのは辛いので勘弁願いたいが、残念ながら無機質のこのボディでは文句の一つも言えない。

 ということでお店に向かって、配達の品を主人が持ってくる。その量は4人前にも及んでいた。主人の体重と相まって、90kgは超えていそうだ。

「入るけど……。入るけどこれ、どう分けようかねぇ……」

 色々と試行錯誤しながらバッグに入れ、そうして配達先を確認。

「うわっ! ××町かよ! 近くに店あんのに何で頼むかねぇ……」

 結構何も考えずに注文する人も多いみたいで、近くに店があっても遠くの店舗の方から読んでしまうこともある。どこまでいくか分からないけど、主人がぶつくさ文句を言うぐらいにはかなりの遠さなんだろう。

 ということで、ある程度ルートを確認してから俺にまたがり、しっかり左右を確認してから出発。

 今日は風も強くなく、雲一つない紺碧の空が広がっていた。

 こんな時に風を切って走ると凄く心地が良いし、主人は割と速く脚を回すからスピードも出て更に気持ちが良い。

 しかし俺は気持ちが良いけど、主人は結構別の事に気が取られることも多い。

「あぁ、あいつ信号無視して行きやがった」

「一時不停止とは偉そうなもんだなぁ」

「すげぇ、逆走してやがるよ……」

 専ら他の自転車に対する文句が多い。主人は確かに、このあたりの交通ルールを守る頑固者だ。

 こっちは聞いていてあまり良いものではないんだけど……。

(あの自転車たちもちょっとかわいそうとは思うなぁ……)

 万が一事故に遭ったら、自転車は結構被害を受けるし、俺たちが人を轢く道具となってしまう。そうはなって欲しくないけど、こればかりは俺たちにどうすることもできないので、乗り手次第だ。

 俺は仲間たちの無事を祈りつつ、主人の飛ばす速さを楽しんで配達先まで行くのであった。


 その後歌ったり、文句を言ったりしつつで、何事もなく配達場所に到着。

 俺から一旦降りた主人は俺を横に据えて歩いている。

 主人はスマホと景色をつぶさに見やって、目的の場所を探していた。と……。

「ん?」

 眉をひそめ、画面を凝視する。

「あっ! これ住所ずれてる!!」

(えぇ!!?)

 主人が痛恨のミスを犯した。どうやら町名までしか入っておらず、後はマップを使って調べないと分からない場所であったようだ。

 仕事を始めた頃はよくあったけど、まさかここに来てそのミスをするとは思わなかった……。

「やばいやばいやばい……。どのくらいの距離だ……?」

 急いで細かい住所を入れて確認している。こっちも、主人の慌てふためく様子に冷や冷やだ。

「えぇっと……、あっ! 了解、了解」

 あまり深刻そうな顔をしていないということは、そんなに離れていないようである。

「3分ぐらいで着けそうだな。とりあえず、お客様に連絡して……」

 スマホを操作し連絡を済ませたのだろう。主人がスマホをバッグに入れ、俺にもう一度またがる。

「細かいところまで入れてくれればいいのによぉ……」

 ぶつぶつとお客様に文句を言うが、こればかりは主人にも非があるとは思った。

 まぁ、気持ちは分からないでもないけどね。

 そうしてまた自転車を飛ばし、所々で地図を確認しながら進むと、ようやく本当の目的地に着く。そこはこじんまりとしたアパートだった。

 俺から再び降りて、主人は配達物を届けに向かう。一階の奥の方まで進み、インターフォンを鳴らして、ペコペコしながら大量の食品を渡した。

 そして戻ってきた主人の表情は、若干落ち込んでいた。

「はぁ……。もっと注意して確認しないとな……。料理も冷めちまったら美味しくなくなるし、お客様も待つだろうから……」

 この配達の猛省を行っている主人は、どこか哀愁を漂わせている。

(もう次に行きましょうぜ。仕方ないって)

 そうこっちは思っていても主人は、一度落ち込むととことんそのミスを深掘りしてしまうから、引きずりまくってしまう。

 それだけ考えて仕事してんのかなぁ、と俺は勝手に思っているけどね。

 それから主人は自分の行動を省みつつ、また俺を走らせ、次の配達へと向かうのであった。


 そして深夜0時半。

 ようやく今日も波乱づくしのお仕事が終わった。

 あの後休憩を挟みつつ、更に16件やったところで今日のところは帰って来た。

(きょ、今日もとんでもない所ばかり行かされたなぁ……)

 何でか知らないけど、2.5~3km位の配達ばかりが回ってきて、主人も俺もくたくた。主人の表情もだいぶ疲れの色が見えているようだ。

「はーっ、本当に疲れた。 まったく身体が持たねぇよ……」

 恨み節を利かせながらも、自転車に乗ることが好きな主人はこの仕事をとりあえず気に入っている模様だ。

 前職をあまり知らないけど、あの頃に比べれば表情は晴れやかだからね。

「さて、今日も一日お疲れ様。明日もよろしくな相棒!」

 ふん、生意気言ってくれてるなぁ。まぁでもこっちこそ、一日お疲れ様でした。

 いつもの場所に俺を置き、鍵を掛けて、カバーをかけてもらう。

(はぁ、落ち着くなぁ)

 安心感に身を任せ、俺は目を閉じて眠りにつく。

 と思ったが、フロントタイヤ辺りに違和感が。何だと思って確認すると……。

(って、主人! ライト忘れてる! ライトライト!!)

 脳も疲れ切っていたのか、主人がすっかり充電式のライトを忘れていったようだ。叫べどこの声が届くはずはない。明日の夜はどうするつもりなんだろうか……?

 まぁ仕方ない。主人も今日は散々だっただろうから。

 ゆっくり休んで、明日からまた頑張ろうな……。


 終わり

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