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幽霊案内人 円屋壮太  作者: coconeko
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逢 愛 藍

「どうだった?」

 ひと段落着いて、灯子と一緒に縁側で伸びていれば、艶子が戻って来た。

 体を起こして、壮太は黒猫を迎え入れる。

「無事に終了したわ」

「それは良かった」

 すとん、と、膝の上に身軽に飛び移る艶子の頭を撫でてやる。

 ちゃんと三途の川まで、無事にお静の魂を送って行けたらしい。

「意外に艶子さん、恋愛に夢がおありで?」

「さて?何のことかしら」

 こちらを見もせずに、黒猫は壮太の膝の上で、箱を組んで丸くなる。

 紋二郎をこの茶室に呼んで、文吉と引き合わせたものの、文吉に取り憑いたお静の反応が無いので、一瞬失敗してしまったかと思った艶子だったのだが。

 結局、帰ろうとした文吉に、紋二郎が声をかけた事により、紋二郎の声に堪えきれなくなったお静が、文吉から離れて飛び出した。

 その時に、彼女の未練を死神の刀ですっぱり断ち切って、さっさと連れて行くことが出来たのに、艶子は二人に時間を与えた。軽くではあったものの、彼女の力で見えないはずのお静を、紋二郎にも見ることが出来るようにして。

 ふう、と、鼻から息を吹き出して、艶子はことん、と顎を壮太の膝の上に落とす。

「だって、お静が容姿のことで死んでしまっただなんて、そんな死に方で終わるのが嫌だったのよね」

 外見より中身とも言うが、ある程度、人の容姿に、その人の内面は影響する。それでも、生まれ持った容姿はどうしようもない。

 容姿を気にしていたからこそ、一生懸命自分を磨き、綺麗にして、顔に関係なく誰からも好かれたお静は、健気で可愛らしく、同姓の艶子から見ても性格も気立ても良い娘だった。できれば、生きているうちに彼女と出会いたかったと思えるほどに。

 そのお静が、そんなくだらない理由で命を絶ってしまったのが、艶子は悔しかった。

 なら、一生懸命に生きた彼女が、せめて自分で未練を断ち切ってしまえるように。

 好いた相手との短い逢瀬くらい、仕事に影響があるわけでなし。閻魔も許してくれるだろう。

「彼女は?」

 壮太が、今度は背中を撫で始める。

「大丈夫よ。あんたに、お礼を言ってくれって」

 壮太の暖かな手のひらが、自分の背を行き来するのが気持ち良くて、艶子は目を閉じながら答えた。

「俺何もしていないけどなぁ?」

「姿絵、嬉しかったらしいわよ」

「それは結構」

 壮太の声が、なんとなく嬉しそうなのは、気のせいではないだろう。 

 のんびりとした時間が過ぎて行く。

「紋二郎は?」

 あの、優しい娘が愛した青年は、彼女との再会を、どう捉えていくのだろうか。

「うん。ちょっと当てられて浮いちゃっていたから、灯子に頼んで戻してもらった」

「そう。灯子は狛犬だからねぇ。いつも面倒をかけるわね」

 素直でない艶子に、壮太はくすりと笑う。

「本人に言ってあげなよ」

「そこに居るもの」

 灯子も、気にしていないのか。壮太の隣で寝たふりを決め込んでいるらしい。ぴくりと耳が動いただけだった。

 お互いがお互いなだけに、素直になれない灯子と艶子に、壮太もそれ以上は触れない事にする。

 どうしたって、死神と狛犬は相容れない。

「彼、一人前の職人になるってさ」

 紋二郎が、帰り際に告げた言葉は、誓いに等しく。

 触れ合っただけで、お静の魂に触発されてしまったのは、彼の魂そのものが、お静と共にあろうとしたからだ。

 その彼が、お静の死を彼の中で昇華するのに、時間はかかるのかもしれないが。

「じゃあ、大事な取引先になるわね」

「父さんと次郎太に言っておかないとね」

 お静の生きた証を、紋二郎が受け止めていけるならそれで良い。お静に頼まれて描いた似姿は、誇らしく笑っているのだから。

「彼はきっと、素晴らしい職人になるよ」

「そうね」

 日差しが暖かく、ぽかぽかとして縁側は気持ちが良かった。


 お静の四十九日もとうに過ぎ。季節は盆を迎えた頃。

 壮太はなんとなくだったが、あの枝垂桜の元を訪れた。

 あの日、蕾だけだった枝垂桜は、彼女の四十九日には満開の花を咲かせ、それは見事だった。

 今はその花も無く、来年に向けて葉を赤く染め始めている。春にはまた、見事な花を咲かせるのだろう。

 ぼうっと、桜を見てみるが、春先のあの時のように、寂しそうに佇む女の姿は無く。

 代わりに、花を手向ける藍染めの着物の男が一人。

 その男に寄り添って、見事な藍のぼかしの着物を、粋に着こなした女性が、楽しそうに桜を見上げていたのを見たのは、壮太だけだった事だろう。



これにて円屋は終わりになります。

最後まで読んでいただいた方、本当に根気良くお付き合い下さりありがとうございます。

初めての和風モノで、作風も少し変えているので毎回緊張して書き進めてまいりました。ここまで来るのが本当に長かったように思います。

少しでも楽しんで読んでいただけていたら嬉しいです。

よろしければご感想をお聞かせ下さい。

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