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8時間目 魔王攻略の手立て

 改めてよく分かった。

 自分たちの最大の敵は、ユキの心をガードするあの鉄壁の理性だ。

 ユキはいつも、感情よりも理性を優先するタイプ。

 ニックに殺されかけた時でさえ、自分の怒りよりも学校の体面を優先したくらいだ。

 きっとユキは、これまでに何度も理性で感情を切り捨ててきたはず。それで自分がもやもやとしたことも少なくはない。

 そんなユキでも、友情や愛情には正直になれるんじゃないか。

 ルキアと触れ合う時のユキを見て、微かな期待を抱いていたけれど。

 結局、ここでも立ち塞がるのはそれなのか。

(ほんとに、攻略難易度高すぎよ……)

 いつもの習慣でパソコンを操作しながら、トモはほう、と疲れた息を吐く。

 これがゲームなら、とっくのとうにコントローラーを投げ捨てている。

 でも仕方ない。

 ここまで高い壁を感じながら、それでもユキのことを見捨てられないのだから。

(だって、あとちょっとなんだもんなぁ…)

 ユキはきっと、自分やナギのことを特別に思い始めてくれている。

 あれはナギを慰めるために言ったわけじゃなくて、ユキと共に過ごしてきた高校生活の中で自分が確実に得ている手応えだった。

 ユキはよく周りを見ている。その能力のほとんどは無難な距離感を保つために使われているわけだが、それは決して彼が周囲の気持ちを拒絶しているわけではないことを自分は知っている。

 ユキは周囲の自身に対する気持ちをちゃんと受け止め、その上で相手を不快にさせない距離の取り方をするのだ。

 だからその分、ユキの態度はこちらの気持ちの純粋さを如実に表している。

 利益目的に近づいてくる大多数にはそれなりにあっさりとした対応をするし、同じ境遇でもありユキを強く慕うルズたちには親しみを込めた笑顔を向ける。思い出したように出現するエヴィンに戯れ程度のドS対応をするのだって、ユキがそれだけ彼の気持ちを受け止めて、なんだかんだと彼を可愛がっている証拠だ。

 そんなユキが、自分やナギに許してくれている特別がどれだけあるだろうか。

 基本的には誰ともつるまないユキが、自分やナギには自ら声をかけてくれる。そのほとんどは何かのついでだったりするが、あのユキが特に用もないのに他人に話しかけることなど、去年は見られる光景じゃなかった。

 今じゃなんとなくというくだらない理由で部屋に押しかけても、ちょっと鬱陶しそうな顔をするくらいで、自分たちを部屋の中に入れることを拒みはしなくなった。

 いくらナギを創立祭のイベントに参加させるためだからといって、ユキが自分の休日を餌にしたと聞いた時には天地がひっくり返る気分だった。高額なバイト代を約束されていたし背に腹は変えられないとユキは言っていたが、そう語る彼はそこまで嫌そうな顔をしていなかったのである。

 どんな理由があったにしろ、大切な自分一人の時間を割いてやれるほど、ナギに気を許しているということじゃないか。

 それが少し羨ましくて、今度は自分とも遊びに行ってくれとせがんでみたら、あっさりと「受験が終わったらな。」と頷いてくれた。あれがどんなに嬉しかったか、ユキにはきっと分からないだろう。

 そんな風に近づくことを許してくれるくらい、ユキは無意識で自分とナギを特別扱いしてくれているのだ。

 最近になって自分たちを露骨に恐れるようになったのは、自分たちがユキに向ける思いの強さを感じ取ったこと以上に、ユキ自身が自分たちのことを特別に思い始めているんだと、そんな自身の気持ちに気づいたからなんじゃないだろうか。

 そうじゃなきゃきっと、あんな顔はしない。

 こちらに怯えながら、そんな自分を嫌悪して罪悪感を抱いているような、あんな顔など……

 あとちょっとなのだ。

 あと一歩だけ。

 自分たちは、きっとそこまで来ている。

 ここで諦めたら、一生ものの後悔になるだろう。

 それは言うまでもなく分かっているのだが…

(さて、どうしたもんかな。押してだめってなると…おれも手詰まりなんだよね。)

 ちょっと押してユキに逃げられたばかりだ。これ以上ユキを警戒させて壁を作らせないためにも、どうにか押す以外の手でアプローチをかけたいところ。

 ユキはこちらが引いてくれることを望んでいるのだろうが、それは互いのためにならないと思うから却下。かといって現状維持が厳しくなりつつあるのは見てのとおりだし、ユキから歩み寄ってもらえるように誘い出すというもの難しいだろう。頭脳戦に持ち込んだ瞬間、ユキの独壇場になってしまうのが関の山だ。

 そうなると、自分は何をするのが一番いいのだろう…?

 それがよく分からない。

(大概おれも、ナギ以外の奴なんてテキトーにしか相手にしてこなかったしなぁ……)

 ここで痛感する己の経験不足。

 コミュニケーション能力について多方面からお墨付きをもらっている自分だが、正直なところ別に周囲と仲良くなりたくてこんなキャラをしているわけじゃない。

 自分が興味あるのは、あくまでも相手が持つ情報だ。その人個人のことなど、本当は興味なんてこれっぽっちもないのだ。

 だから色んな人に色んな相談はされるものの、差し障りのない一般論でそれとなく流して終わらせるのが常。誰にどんなことを相談されたのかも、下手すれば翌日には忘れている。

 自分には、大事に思えるものがあまりにも少ない。だからなのか、その数少ない大事な相手にはついのめり込んでしまう。

 多分自分が大事にしたいと思える相手の貴重さを分かってる手前、これだと思った相手は何がなんでも手離したくないんだと思う。

 ナギの望みを無条件に聞いてやりたいのも、何があってもユキを見捨てたくないのも、彼らを想う以上に自分が彼らを必要としているからだ。そういう依存じみてねちっこいところは、わりとナギと似ているかもしれない。

(こうなるんだったら……こんな馬鹿猿たちの会話でも、少しは頭に入れとくんだったなぁ。)

 パソコンの画面を流れていく掲示板のチャット画面を眺めて、どこか冷めた気分でそう思う自分がいた。

 自分もナギも、他人への興味がゼロか百かの二極化しているのが痛い。こんな時に参考にできる見聞があればよかったのだが、自分は興味のない相手から聞いたくだらない話など、ものの見事に記憶から抹消している。ナギに至っては、そもそも相手の話を聞いてすらいないだろう。

 ただでさえ経験も情報も少ないのに、相手がユキの屈強な理性となるともう……

「まったく……手間のかかる真面目君だよねぇ。」

 思わず声に出してぼやく。

 そしてその瞬間、意外とこの状況を楽しんでいる自分がいることに気がついた。

「……ははは。おれもおれで病気よね。」

 自嘲してみるも、それに自己嫌悪を抱く自分はいなかった。

 だって、気に入っちゃったもんは仕方ないじゃん?

 心はとっくにそう開き直っている。

 ここまでのめり込んでしまったのだ。今さら引くこともできないし、こうなったらとことんやってやろうじゃないか。

 微笑んだトモは、ディスプレイ上に大量に開いたブラウザのタブ間を忙しなく行き来する。

 世の中の人々は、交遊関係の悩みをどう切り抜けているのか。普段は気にも留めないくだらない会話というやつを、今回ばかりは少し真面目に眺めた。

 特においしくもない実のない会話。それを脳内に入れることに吐き気すら覚えることもあったが、これもナギやユキとの関係をよくするためだ。多少はこの気持ち悪さも飲み込もう。

 ナギやユキのためなら、自分はどんなことでもやってやる。

 そうして史上最大に無駄とも思えるような時間を過ごすことしばらく。

「―――うん?」

 ディスプレイの文字を追っていたトモの目がきらりと光った。

 

 ★

 

「お、お酒ーっ⁉」

 翌日、トモの言葉を聞いたナギは両目を丸くして驚きの声をあげた。

「だってあの理性大魔神だよ? 絶対に素面じゃ勝てっこないじゃん。あの理性をどうにかぶっ飛ばせないかなーって色々調べてたら、お酒で失敗してるって話が結構多くてさー。そういえば親父も深酒には気をつけなきゃって常々言ってるし、だったらユキにも十分適用可能なんじゃないかと思ったわけですよ。」

 トモはずばりと人差し指を立てる。

「ここは一つ、お酒でユキが理性を飛ばしてる間に、色々と本音を吐き出させるっていうのはどうでしょ? どんな形であれ手遅れになった後なら、さすがのユキも観念するんじゃないかな。」

「で、でも…それっていけないことだよね。」

「ナギ。」

 消極的なナギの肩に手を置くトモ。

「よく思い出して。おれたち、もっとやばいこと色々やっちまってるでしょうよ。」

「あ…」

 ナギの表情が固まった。

 去年、ナギに手を貸して何人の奴らを本気で泣かしただろう。ユキにこっそりと酒を飲ませるなんて、あれに比べたらなんと可愛いことか。

「まあ素面に戻ったユキに大目玉食らうのは確実だけど、ユキの本心を知るにはこのくらいの手に出なきゃいけないと思うんだよね。ちょっとずるい方法かもだけど、真正面から馬鹿正直にぶつかったって逃げられるだけなのはよく分かったし、いくら考えても、ユキ相手には押して押しきるくらいくらいしか通用する手がなさそうなんだよね。とりあえず手はずはこっちで整えるから、ナギも口裏合わせてよ。」

「う、うん…」

 ナギはぎこちなく頷くだけ。

「…………やっぱ、怖い?」

 乗り気ではないナギにそっと訊ねる。

 とても褒められたことではないのだが、自分もナギも物事の善悪に頓着しないタイプだ。故に、ナギがそういう理由からこちらに同調できないわけじゃないのは分かっている。

 踏ん切りがつかない理由があるとすれば、それはユキの本心を知ることが怖いからだろう。

「うん。ちょっとだけ…」

 ナギは素直にトモの指摘を認めた。

「うーん…どうする? 無理そうなら、おれ一人で特攻してくるけど。」

 ナギにはちょっと悪いと思うが、ナギに受け入れてもらえたという確信が得られた今は、ユキを逃がさないことが第一。もう押して押しきると決めたので、行動は早く起こしてしまいたい。

 考えうる限り、確実にユキの油断を誘えるタイミングは一回しかない。あの機会を逃さないようにしなければならないのだ。

 トモに問われたナギは、少しだけ悩んだ様子だったが。

「いや、俺もやる。」

 首を左右に振って言いきると、ナギは真っ直ぐにトモと目を合わせた。

「怖いけど、ちゃんと知りたい。いいことも、悪いことも全部。」

 そこにあったのは、知りたいと思ったことをとことん知りたがる、いつもの幼なじみの姿だった。

「さっすが、ナギ! そうこなくっちゃ!」

 トモはナギの背を強く叩き、強い決意を込めて手を握った。

「さあ、魔王攻略に挑みますか! 決戦は、ユキの特待生試験が終わった後よー‼」


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