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6時間目 ユキの傷は、今でも傷のまま…

「………」

「………」

 ユキが消えていったドアの向こうを、ナギとトモはしばし複雑な表情で見つめる。

「……トモ、ユキと何かあったんだ?」

「そっちこそ、ユキと何かあったでしょ?」

「………」

「………」

 じっと互いを見つめ合う二人。

「………っ!」

 アイコンタクトだけで結託した二人は、何も言わずに手をがっしりと握り合った。

 そして放課後。

 

 

「はぁ⁉ ユキのことを好きだっていう女の子に会ってきたー⁉」

 

 

 海外に出かけていた用件を話すと、トモは目を真ん丸にして素っ頓狂な声をあげた。

「ちょ……待って! 何その急展開⁉ 何がどうなってそうなったの⁉ いつの間にそんな子と仲良くなってたの⁉」

 あまりにも驚いたのか、トモの声は終始裏返っている。

「いや、その……別に仲良くなったってわけじゃないんだけど…」

 机を挟んでいるのにぐいぐいと詰め寄ってくるトモに若干引きながら、ナギは困惑顔で話を続ける。

「初めてティアに会った時、すぐに俺がユキのこと好きだってバレちゃったんだよね。で、言われたんだ。好きだって伝えたら、ユキが壊れちゃうって…」

「‼」

 それを聞いたトモの表情から、一気に驚愕の色が引いていった。

「それで思ったんだ。多分ティアが、今までのユキのことを一番よく知ってるんだって。だからユキのことを知りたくて、何かできないかって思って…。それで俺が無理に会いに行ったんだ。でもね……」

 ナギはそこで目元を歪めた。

「なんか…分かんなくなっちゃった。」

 迷子になった心が苦しい。

 何をすればいいのか分からない。

 いつもはユキが頼もしく答えをくれた。

 時には怒られて、時にはそれでいいんだって認めてもらえた。

 ユキの言葉をもらえないと、こんなにも不安で仕方なくて。

「俺……ユキがいないと、何も分からないよ…」

 目の前が涙で滲む。

 そんな視界にトモの手が映ったのはその時。

「ナギ。」

 トモはナギの手にそっと触れた。

「おれの知らないところで何があったのか、聞いてもいい?」

「え…?」

 小首を傾げるナギに、トモは優しい口調で言葉を連ねる。

「きっと大事なことを知ったんだよね? それって、ナギやユキが今しんどそうにしてることと関係あるんだよね? だったら、おれも協力したい。」

 言葉に込めた力強さを示すように、ナギの手をぎゅっと強く握るトモ。

「ナギ。今みたいにユキに頼れない時でも、ナギは一人じゃないよ。ちゃんとおれがついてるから。今だったら、この言葉が嘘でも口からの出任せでもないって伝わるかな?」

「………っ」

 ナギは目を見開いた。

〝おれがついてるよ。〟

 それは記憶も曖昧な幼い頃から、度々トモの口から聞いていた言葉だった。

 似たような言葉を色んな人から社交辞令のように言われていたのもあって、トモのその言葉もさらっと聞き流してばかりいたけれど。

 この十数年、確かにトモはずっと自分の傍にいた。

 思えば、トモが他の人たちと同じように自分に何か利益を求めたことがあっただろうか。

『あのな。お前の場合、オレ以上に感謝すべき奴がいるだろうが。』

 時々呆れたようにユキがそう言っていた。

 自分で気づかないと意味がないからと、ユキは明確にその相手が誰かとは告げなかったけど。

 今なら分かる。

 トモの言葉の響きが他とは全然違うことを、今ならちゃんと感じられる。

「……トモぉぉ…」

 気がついたら、我慢の糸が切れてしまうのは一瞬だった。

 ぽろぽろと涙が零れてきて、つらくて寂しくてどうしようもなくなる。

 一人で悩むのは嫌だ。

 誰かに話を聞いてほしい。

 自分が本当はずっとそう思っていたんだと、ようやく自覚した。

「ありがとぉぉ…」

 ナギはトモの首に腕を回した。

「おお⁉ ナギ…待って……こ、この体勢はきついっ…」

 机越しに抱き寄せられたトモが苦しげな声をあげるが、ナギはそんなことお構いなしに力を込める。

「俺、こんな難しいこと分かんないよおぉ…っ」

「う、うん、そうね。ナギにはちょっとキャパオーバーだよね。」

「なんでぇ? 好きだったらそれでいいじゃん。何がだめなのぉ?」

「ま、まあ、惚れた相手が相手だよね。ユキって、わりと難攻不落なタイプだし。最後の一押しが難易度高すぎっていうか、なんていうか……」

「でも好きなんだもん。もうどうすればいいのさあぁぁぁっ!」

「うん! それを一緒に考えようね⁉ だから一回離してくれないかなぁ⁉ 関節が痛い……い、息が…っ‼」

「うあぁぁぁぁっ‼」

「くっ、苦し…」

 感情が訴えるまま、涙が流れるままに泣き叫ぶ。

 トモがしきりに苦しそうな声に呻いていたけれど、それでも彼は自分を引き剥がそうとはしなかった。

 そうか、これも一つの優しさなんだ。

 ふとそれに気づく。

 トモは傍にはいてくれるけど、ユキのように体当たりでぶつかってはくれない。

 ユキと比べてしまってそんな風に不満を持っていたけど、それはトモがこちらの機嫌を窺っていたからじゃないんだ。

「あーもう……こうなったら好きなだけ泣きなさい。よしよし。」

 ぽんぽんと優しく背中を叩いてくれるトモの手が暖かい。

 自らぶつかることはしない。

 でも一切否定せず、どんな自分も丸ごと受け止めてくれる。常に傍にいてくれて、自分が頼るのをじっと待っていてくれている。

 ユキのように力強く引っ張るんじゃなくて、いつも自分と同じ場所に立って、一緒に答えを導き出そうとしてくれる。

 それが、トモが優しさから選んだ道なんだ。

 相手が大事だから。

 そんな優しさ一つで、人間は無限の色に富んだ選択をする。

 自分が今まで生きてきたこの世界は、こんなにも複雑で苦しくて、それでもこんなに暖かくて眩しかったんだ。

 初めてそれを知った。

「トモ、ありがとう。今までごめんね。」

 ユキが言ったとおりだ。

 感謝を告げるべき相手は、こんなにも近くにいたんだ。

「ありがとう……大好き。」

 今までみたいに空っぽの心じゃなくて、本気で感謝を込めてトモにそう告げる。

 すると、背中を叩いていたトモの手がぴくりと震えた。

「………………どういたしまして。」

 ぐっと力を込めて肩を抱いてくれるトモ。

 そんな彼の声が、心なしか涙ぐんでいるように聞こえた。

 

 ★

 

「―――全部ぶっ壊してきた、か。なるほどね。」

 ナギの長い話を聞いたトモは、そんなことを言って腕を組んだ。

(トモは、俺よりもユキのこと分かってるんだな…)

 なるほどと口にしただけあって、トモはなんだか納得したような表情を浮かべていた。

 そういえば、ユキは自分の心に近寄られすぎるのが怖いんだと、トモはかれこれ半年以上前にはそれを見抜いていた。

 ならもしかして、トモはあのことにもずっと前から気づいていたのだろうか。

「トモ…。ユキってさ、誰かを好きになることが怖いのかな?」

 ナギは思い切ってユキの核心に繋がることを訊いてみる。

「どう思う?」

 最初、トモは答えを言わなかった。

「……そうなんだと思う。」

 正直、これを認めるのは少しつらいけど。

 ナギは小さく頷いた。

「だってね、ユキが俺を怖がること、前からいっぱいあったんだ。ティアたちと会ってからは、もっとそれが露骨になったって感じで…。」

 普段はできるだけいつもと変わらない態度を取るようにしてくれているユキだけど、こっちがちょっと踏み込めばすぐに鉄面皮が崩れてしまう。

 時間が過ぎ、自分がキスを迫る数が増えていくにつれて、ユキがどんどん追い詰められていく。

 最近は、さすがにそれを理解せざるを得ない。

 そのくらい、ユキの表情に表れる恐怖は巨大なものになっているのだ。

「そうだね。」

 トモは静かに目を閉じた。

「おれも、そうだと思うよ。」

 トモの答えを聞いて、絶望に近い感情を抱いてしまった自分がいた。

 本音は、彼に違うと否定してほしかった。

 でも、やはり都合よく現実はねじ曲がらないようで。

「やっぱり…そうなんだ……」

 眉を下げるナギ。

「…………ねえ。そういえばさ、去年のこの時期って……ちょうど、ユキがニックのやつに薬盛られて入院した時なんだよね。」

 唐突に、トモが不穏なことを語り始めた。

「あの時は、ほんとにびっくりしたよ。風呂入るまではピンピンしてたのにさ、洗面所から大きな音がしてすっ飛んで行った時には顔が真っ青なんだもん。声かけても何も答えてくれないし、どんどん体も冷たくなってくしさ。救急車を待ってる間、ほんとに気が気じゃなかったよね。」

 今でも当時の動揺を思い出せるのだろう。言葉を紡ぐトモの両手は微かに震えていた。

「もしも……もしもあの時、ユキがあのまま死んでたら―――」

「やめてよ!」

 たまらず言葉の続きを遮る。

 そんな最悪のもしも、ちらっとでも考えたくない。

 絶対にたえられない。

「でも、そうやってユキは親父さんを亡くしたんだよね。」

 至って冷静に。

 トモはその事実を告げた。

「おれはあの時、運よくユキの傍にいられた。だからユキが生きてるのを見てて、しんどかったけど、ユキは絶対に死なない、こいつはここで死ぬような人間じゃないって、希望を持つこともできたんだ。でもユキの場合、そんな希望を持つ暇もなく親父さんが死んじゃったわけでしょ? それも、今よりもずっとずっと子供の時に。そんなの、絶対につらいよ。受け止めきれなくても、仕方ないんじゃないかな…?」

「………」

 何も言えなかった。

 震えるトモと、血の気が引いていく自分の体。

 そうか。ユキは一度、この恐怖を経験しているのだ。

 もしもという想像だけで体がすくんでしまうのに、ユキはその恐怖が全てを支配する場を実際に目の当たりにしてきているのだ。

 それは一体、どれほどに凄惨な光景だっただろう。

「今想像しても、ちょっと怖いよね。もしあのままユキが死んでたら、こうやってある程度成長してるおれでも、ちゃんと受け止められたか分からないもん…。」

 震える両手を握り締め、トモはぽつり、ぽつりと、一言ずつ絞り出すように語った。

「全然起きないユキを見てて、ほんとに死ぬほど怖かったんだよ。初めはその内起きるって信じられた。でも何日も昏睡状態が続くとさ、だんだん信じるのもつらくなってくるんだ。まさか、本当にこのまま死んじゃうの? 言いたい文句が山ほどあるのに、何も言えないまま永遠にお別れってわけ? 何も知らないナギになんて言えばいいの? って…。何度か、ユキの傍で暴れてやったこともあった。」

 トモの表情が苦悩に染まる。

「だってもう、頭の中パニックでさ。なんか叫ばないと、おかしくなりそうだったんだよ。なんでよりによってユキなんだよ。おれとナギが認められるやつが、どんだけ貴重だと思ってんの? なんでわざわざ、そういう貴重なやつを奪おうとするかな? なんでおれがこんな怖い思いしなきゃなんないわけ? ユキがこんなに大切な友達じゃなかったら、おれはこんなひどい気持ちになんてならなかったのに。なんでおれにここまで大事に思わせたんだ、ユキの馬鹿野郎って。ユキが眠ってるのをいいことに、散々勝手なことを言いましたよ。結局その日は鎮静剤を打たれてユキから隔離。落ち着くまでに時間かかったなぁ…。」

 想像ができなかった。

 自分の傍にいる時のトモはいつもどこかお茶らけていて、想定外の事態に驚きはしても、すぐに気持ちを立て直して飄々と難関を乗り越えていく人だったと思う。

 そんなトモが、なりふり構わず感情的に怒鳴り散らす様なんて。

 でも、彼が語る気持ちは痛いほどに共感できた。

 きっと自分がトモの立場にいたら、もっとひどく取り乱していたと思う。

「で、落ち着いたところで気がついた。ユキが誰とも距離を置くのは、もしかしてこういうのが怖いからなんじゃないかって。」

「……こういうのって…?」

 おそるおそる訊ねる。

 するとトモは、どこか悲しげに微笑んだ。

「多分、ユキの傷は癒えたわけじゃないんだね。ユキの傷は、今でも傷のままなんだ。だからユキは、距離感を何よりも大事にする。下手に自分の中に特別な人を作って……また親父さんみたいに失って、傷を重ねたくないから。」

「お父さんみたいに…?」

「そう。ユキ、親父さんのこと大好きだったんでしょ? 大好きな親父さんが死んで、お袋さんもそれで体調を崩して入院したってなれば、トラウマには十分だと思うよ。好きな人を作らなければこんなつらい思いせずに済むって、どこかでそう思っちゃったんじゃないかな…?」

 トモはふと頭上を仰ぎ、深く息を吐いた。

「まったく、納得だよ。だからあんな慎重に、誰とも一線を引いて絶妙な距離感を保ってたんだ。すごいよね。みーんな、ユキの思い通りに動かされてるじゃん。」

「え…?」

「だって考えてもみなよ。」

 トモは過去を紐解く。

「みんなユキのことをすごいやつだって慕ってはいるけど、不思議なくらい必要以上にはユキのことを知ろうとはしないでしょ? プライベートでの付き合いがなくても、あんま不満そうじゃないじゃん?」

「あ……」

 確かに、言われてみればそうだ。

 プライベートのユキは、誰も外に出せないくらいの引きこもりだから。

 皆、そんな理由でユキには学校以外で触れようとしない。

「まあ、そもそもナギに懐かれる前のユキは、下手に慕われることからも器用に逃げてたけどね。それがナギと理事長のおかげで破綻して、みんなの興味が一気にユキに流れた時だって、切り替えの早さとみんなの気持ちを掌握するまでの手際のよさが光ってたよ。あの時は、みんなこぞってユキのこと知りたがってたくせに、ちょっとユキのお袋さんとかルキア君のことを知ったら、みんなわりと満足しちゃったじゃん。あのエヴィンですら、今じゃユキにちょろっとドS対応してもらえば大人しくなっちゃうしね。女子には端から連絡先すら教えてないみたいだし。男子はともかく、女子は結婚とかが絡んでくる手前、変に距離感を調整しようとしたら、そっちの方がめんどくさいって分かってるんでしょうなぁ。」

「うわぁ…」

 言われれば言われるほどに納得だ。

 この学校は、ユキが操る人形劇の世界なんじゃないか。

 そんなことを本気で思えてくる。

「差し支えのない範囲で情報を渡せばそれで満足する。誰とでもそういう距離感になるようにしてきたんだと思うよ、ユキは。で、周りに必要以上に自分のことを気にさせないために、ああやってきつめの態度としぶとさで、折れずに立ってやってるんだと思う。ユキが泣きそうなくらいつらそうだって言ったところで、みんな信じると思う?」

「…………ううん。」

 悲しいことに、首を横に振るしかなかった。

 だってルズたちと話すユキは、怯えた表情なんて一切見せない。

 好きという気持ちが怖いなんて嘘だと思いたくなるくらい、いつもどおりの態度でしかないのだ。

 あのユキが今さらそんなことで狼狽えるわけがない。

 皆口を揃えてそう言いそうだ。

「おれもそう思う。まあ、もうほとんど性格として馴染んじゃってるから、あれが自衛本能だとはユキも分かってなさそうだけど。ほんと……」

 トモの声が揺れる。

「ほんと、大馬鹿だよ。自分で自分のこと追い詰めちゃってるんだからさ…。好きな人を作らないなんて、ユキには無理でしょうに。」

 思うところはトモも同じらしい。

 誰もが言う。

 ユキは一度認めたら、相当なことがない限り見捨てはしないと。

 それはつまり、それだけユキが優しくて相手を大事にするタイプだということ。

 たとえ自分が傷つかないように距離を置いたとしても、きっとユキのことだから、誰かに何かがあれば心を痛めると思う。

 それはもう十分、相手のことを好きだということなんじゃないだろうか。

 それに気づかないように、ユキは自分の心とも距離を置いているの…?

 そこまでしなきゃいけないほど、ユキが胸に抱える傷は深いものなの……?

『自分の全部が変わっちゃうくらい、お父さんの死はユキにとってつらいことだったの‼』

 ティアの言葉が、言われた時とはまた違う響きで自分の心に沁みる。

「俺が踏み込んだら……ユキ、壊れちゃうかな?」

 尻込みした心が、そんなことを言わせた。

「ナギ…」

 トモの気遣わしげな声が泣きたくなる気持ちを刺激する。

「もう……分かんないんだもん…」

 ナギは思わず頭を抱えた。

「俺、このまま進まなかったら、ユキもみんなも本当に笑える日なんて来ないって、ティアにそう言ったの。あの時は本気でそう思ったけど……今はもう、自信ないんだ。」

 また涙が目の端に浮かんでくる。

「分かるんだ。俺が頑張ってユキに近づこうとしたら、ユキがどんどん逃げていっちゃうの。俺のこと、すごく怖がった目で見るの。」

「ナギ…」

「ねぇ、正論が正解じゃないって、どういうことなの?」

「………っ」

「俺、ユキがつらそうなの嫌だよ。好きなら好きって言えた方がいいじゃん。ユキもみんなも後悔してるなら、仲直りすればいいじゃん。一人じゃ無理なら、みんなで進めばいいじゃん。それじゃだめなの? 正しくてもそれが間違いなの? つらくても我慢するのが正解なの? ユキが笑うためには、俺が好きなのを諦めなきゃだめ? 俺もユキも二人で笑いたいって思うのは、俺の我が儘なの?」

「それは違う‼」

 突如として室内をつんざく大きな声。

 ナギはぱちくりと目をまたたく。

 トモがこんなに声を荒げるのなんて初めて見た。

 びっくりして涙が引っ込んでしまった。

「違うよ。それだけは違う。そんなわけない。」

 言葉を失うナギに、トモは机に両手をついてずいっと詰め寄った。

「ナギは間違ってなんかない。おれだって、ナギもユキも笑ってる未来が見たい。二人とも笑ってなきゃ、おれだって笑えないよ。だからこれでいいんだ。進もう。きっとユキだってそう思ってくれてる。もしそれでユキが壊れそうになるなら、その時は二人で支えてやればいいんだから。」

「支えれば…」

「そうだよ!」

 トモは強く断言する。

「ナギ。怖いかもしれないけど、もう少し頑張ってみよう! ユキがあれだけ怖がってるってことは、それだけユキがおれたちのことを特別に思い始めてくれてるってことなんだよ‼」

「‼」

「きっとあと一息なんだ。このまま、ユキにおれたちのことを受け入れさせてやろう。ユキの背中を二人で押してやろうよ!」

 二人で。

 言葉と態度で、トモはそう訴えてくれた。

 嬉しかった。

 人の心とどう向き合えばいいかなんて、自分にはあまりにも難しい問題。何でもできる天才と謳われる自分が、唯一満足に答えを出せない問題だ。

 一生懸命考えて、でも答えなんか全然分からなくて、一人じゃこれ以上先に進めそうにもなくて。

 トモの力強くて優しい言葉に、こんなにもほっとしている。

 一度引っ込んだ涙が、また堰を切って溢れ出してくるほどに。

「ふえぇ…」

 気持ちが一気に緩んでしまった。

 泣き出してしまった自分のことを、トモはやはり責めたり叱ったりはしなかった。

「いいよ、いいよ。好きなだけ泣きな。今まで一人で頑張ってきたんだもんね。」

 机を回り込んで隣に来てくれたトモが、ゆっくりと背中をさすってくれる。

 それに甘えて、今度は泣き疲れるまで涙を流し続けた。

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