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3時間目 過去を知りに

 待ち合わせ場所は大通りに面したカフェ。この国じゃポピュラーな店だ。

 逸る気持ちをどうにか落ち着かせながら、カフェを目指して大通りを駆け抜ける。

 彼女は、席数が少なく目立ちやすいテラス席で待ってくれていた。

「驚いた。まさか本当にここまで来るなんて。」

 息を弾ませて傍に立ったナギの姿に、ティアは心底驚いているようだった。

「初めて電話で話してから二日くらい、ね。よくこんな短時間でここまで来たものね。飛行機はどうしたの?」

「ちょっと無茶言って、研究室の自家用ジェット飛ばしてもらった。」

「それはほんとに無茶ね。」

 刺々しい物言い。

 自分がユキのことを好きだと知っているのだから、そりゃ一概に歓迎できるわけがないか。散々ヤキモチを焼いてきた今なら、ティアの複雑な心境が察せられる気がする。

(きっと、まだユキのこと好きなんだな…)

 ティアの態度と表情から、それは簡単に察せられた。

「……いつまでそこに突っ立ってるの? 座ったら?」

「あ……うん。」

 戸惑うナギがティアの向かいに座ると、彼女はベルを鳴らして店員を呼んだ。

「それで、話を聞きたいっていうのはどういうこと?」

 ナギが注文した紅茶を運んできた店員がテラスから出ていくまで待ち、ティアは単刀直入に本題へと入ってきた。

 こちらを威圧するような口調と表情。

 彼女と電話で話した時から覚悟はしていたが、そう簡単に協力してくれそうにない。

 それでも、先に進まなくては。

 ティアに気圧されていたナギは、表情を引き締めて彼女と向かい合った。

「俺は、ユキのことが好きだよ。」

 一番にその気持ちを告げると、ティアが余計に目つきをきつくするのが分かった。

 敵意を煽ってしまえば、この後の話が上手くいくはずもない。それは理解していた。

 でも、この気持ちを言わないままティアと話をするのはよくないと思った。

 エヴィンの時には後ろ向きになって逃げてしまったけど、今度はちゃんと堂々として向き合いたい。

 同じ人に向ける〝好き〟という気持ちをぶつけるだけぶつけて、そしてそれと同じだけ受け止めなくてはいけないんだ。

 そう思うから、今度は真っ直ぐに見つめられる。

 ナギは、ティアの不愉快そうな顔から目を逸らさなかった。

「ユキのことが好き。だから、ユキのためにできることを探したい。そのために、少しでもユキのことを知りたいんだ。」

「今さら何を…っ」

「うん。それも分かってる。俺も散々悩んだ。本当は、今もまだ悩んでる。」

 ナギは机の上に置いていた両手を握る。

 清々しい気持ちでここにいるわけじゃない。

 強い覚悟があるわけでもない。

 本当にこれがユキのため?

 自分はまた、何かを間違っていない?

 心はそんな不安でいっぱいだ。

 いつも不安を受け止めてくれるユキには頼れない。

 思わずユキに助けを求めかけてはその現実を痛感し、その度に自分がひどく彼に依存して立っていることを思い知らされる。

 自分はきっと、ユキという存在がいないとまともに生活もできないんだと思う。ユキが傍にいない自分は、自分の意思を持たないまま、空っぽな笑顔で皆の要望を機械的に満たすことしかできないだろう。

 でもこんな自分だからこそ、ユキのことならいくらでも動ける。

 皆が動きを止めてしまっているこの今でも、ユキのことを想う気持ちをバネに進めるんだ。

 失敗したとしても構うものか。

 失敗したのなら、単純にやり直せばいい。

 失敗に気づくことが大きな成功だって。

 ユキはそう言ってくれたのだから。

 ナギは拳に込めた力をより一層強くし、自分の思いを音に乗せた。

「でも、ユキのためを想って進まないのは違うと思う。これが俺の出した答えなんだ。」

「ふざけないで!」

 間髪入れずに響いた怒号。

 立ち上がったティアの膝がテーブルに当たり、衝撃を受けたカップから飲み物がこぼれた。

 目立つテラス席だ。突然の騒ぎに周囲の人々の視線が漏れなくこちらに集中し、彼らの間でひそひそと憶測が飛び交い始める。

「あなたは、何も知らないから…っ」

 かすれそうなティアの声が耳朶を叩く。

 その瞳に宿るのは大きな怒りと、それを凌ぐ悲しみと苦しさだ。

「口先ではなんとでも言えるのよ。何も知らなければ、なんでもできるのよ。でも、ユキのあんな顔見たら……」

 ああ、やっぱりそうなんだ。

 ティアの言葉を聞いて納得する。

 ティアと初めて会ったあの日、彼女が自分のユキへの好意を見抜いたのは、ユキのあの表情を見たからだ。

 大きな恐怖で今にも押し潰されてしまいそうなユキの姿を、彼女も見たことがあったからなのだ。

「……そうだね。分かるよ。」

 ナギは静かにティアの言葉を認める。

「多分俺もね、ティアが見たっていうユキの顔を見たことがあるよ。だって俺……もうずっと前から、ユキに好きだって言っちゃってるもん。」

 それを言うと、ティアが息を飲んで顔を青くした。

「……やっぱり、そうだったの…」

 初めから何か思い当たる節があったのか、彼女はぽつりとそう言うだけ。さっきまであった激情を伴った興奮も、一気に冷めてしまったようだった。

 ナギはこくりと一つ頷く。

「うん。だからね、進むのが怖くなる気持ちは分かるよ。俺も初めてユキのあんな顔見た時はびっくりしたし、ユキが見なかったことにしてくれって言うから、思わず言うとおりにしちゃったもん。触れない方がいいんだって、あの時はそう思った。でもユキやティアたちを見て、それはだめだって思い直した。」

 真っ直ぐにティアと対峙する。

 ほら。

 その顔にあるのは、決して怒りや悲しみだけではないじゃないか。

「だって、ユキもティアも、コネリーたちみんなも、本当はこれでいいなんて思ってないでしょ? 距離を置いちゃったこと、本当は後悔してるんでしょ⁉」

「………っ‼」

 ティアの顔がさらなる苦悶に歪む。

 ナギは精一杯訴えた。

「後悔してるならやり直そうよ! 今度こそみんなで乗り越えようよ! このままじゃ、ユキもみんなも、本気で笑える日なんて来ないよ‼」

 ユキはティアたちを拒絶し、ティアたちはユキを壊さないためにそれを受け入れた。

 それは優しさからの選択だったはずなのに、その選択を誰もが肯定できずに苦しんでいる。

 こんなにも悲しい関係があるだろうか。

 互いを思いやりながら、素直な気持ちで歩み寄ることもできないなんて。

「俺はユキのことが好きだよ。好きだって伝えたらユキが壊れちゃうって分かってても、きっとこの気持ちは止められない。ユキも俺のことを好きになってくれたらいいのにって思う。でもそれよりも、俺はユキに笑っててほしいんだ。ユキが大事に想ってるティアたちにも、笑っててほしいんだよ。」

 自分はいつからこんなに貪欲になってしまったのだろう。

 ユキに自分と同じ〝好き〟を返してもらいたい。

 この気持ちは変わらないままなのに。

 今のユキに無理矢理「好き。」と言わせるのは嫌だ、なんて。

 そんなことを思っている。

 ユキにもティアたちにも笑っていてほしい。過去のしがらみから互いに抜け出して、アルバムの一ページのように、明るく笑い合う彼らの姿が見たい。

 ユキのこともティアたちのことも、自分が守ってあげられたら。

 そんな大袈裟で傲慢なことを本気で思う自分がいるのだ。

 そのためにできることはなんでもしたい。

 そして、心の底から笑えるようになったユキに、無理のない純粋な気持ちで好きだと言ってもらいたい。

 自分だけが幸せじゃ嫌だ。

 想いを通わせるなら、ユキも幸せだと思えないと。

「………」

 ティアはしばらく何も言わなかった。

 ナギは根気強く彼女の返答を待つ。

 彼女の目には迷いが揺れている。

 確実に自分の言葉は届いている。

 だから、これ以上は何も言わずに待つのだ。

 きっとティアは協力してくれる。

 根拠はないけどそう思えた。

「……ひとまず、一度場所を変えましょう。」

 長い沈黙の末、ティアはそう言ってナギに背を向けた。


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