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恐るべきリケジョたちⅡ  作者: 響月 光
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世にも不愉快な物語

世にも不愉快な物語

恐ろしきリケジョたちⅡ


 そしていよいよ最終組の手術が行われ、無事終了。二人は無菌室で五日間養生したあと、首まである分厚いガウンを着せられてホールに戻され、呆然とした。出迎えた連中は全員ふんどし姿。しかも顔から爪先まで緑と肌色のチェック模様になっている。特に顔は、両目の周りがひし形のブチになっていて、まさにピエロ状態。

「なんだよお前ら、みっとも悪い恰好して」

 タコは思わずふき出したが、連中はひどく憂鬱そうな目つきでタコを見返し、なにもしゃべらなかった。モナが二人の着ているガウンを次々に剥ぐと、二人とも同じ模様になっていたのにはさらにビックリだ。ミドリとマコがニコニコしながらやってきた。

マコは二人の体をくまなく見ながら、「光合成皮膚は完璧に定着しましたね」とつぶやいた。

「先生、チェック模様はないだろ。チェスでもするつもりかよ」とタコが怒っていうと、マコは平気な顔で「いずれは新しい皮膚が育って、いっぽうの色に統一されますわ」と答える。

「どっちの色だよ」とモツ。

「もちろん緑色ですわ。緑は葉緑素の色です。だって、葉緑素がなければ光合成はできませんもの」

 ミドリがいった。

「まいったな。緑色になっちまったぜ!」

 タコは吐き捨てるようにいって、「もとの体に戻してくれよ」と食ってかかる。

「それは困りますわ。だって、契約なさったんですし、契約書にも書かれています。まさか、契約書を読んでらっしゃらない?」

「あんな長ったらしいもの、読めるかよ!」

 すると、二人を除く仲間たち全員がゲラゲラとわらい出した。

「あきらめろよ。俺たちゃ契約書にサインしちまったんだからな」とトラ。

「そうさ、俺たちとおんなじ文句を繰り返してもむださ。俺たちも最初は食ってかかったが、いまじゃもうあきらめが付いたんだ。まさかあんた、これから就職活動しようってわけじゃないだろ。世の中の人間が気味悪がったって、アウトサイダーには関係のない話さ。全身にタトゥーを入れたと思えばいい。自分さえ気にならなきゃそれでいいんだ。それによ、光合成が始まりゃ残飯を漁りに出かける面倒も解消さ」

 トメはそういって、タコの肩をポンポンと軽く叩いた。タコは一人暮らしが長すぎて、体を触られるのが嫌いだった。カアッと頭に血が上り、肩でトメの手を払いのけた。血が上ると普段はユデタコ状態になるはずの顔だが、なぜか旧皮膚部分は緑に染まり、移植部分は黒緑になった。

「もう、ひもじい思いをすることはありませんわ」

医者のマコは動じることなく、すました顔して説得する。それがますますタコの癇にさわった。

「とにかくこんなみっともないのはいやなんだ。おいモツ、お前も同じだろ?」

「うん、まあ、基本的にはいやだけどな。しかし……」とモツは言葉を濁す。

「なんだよ、こんなんが好きなのかよ」

「そりゃ、こんな色で外へ出るのはいやさ。ダンボールの中でずっといるわけにもいかねえしな。光合成ってえのは、日向ぼっこしなきゃだめなんだろ?」

「陽に当たることは必要ですね」とミドリ。

「陽に当たれば当たるほど、満腹感が得られます」とマコ。

「でも、あの河原に戻る必要はありませんわ」

 そういって、ミドリは優しい眼差しをタコに向けた。

「じゃあ、どこに行きゃいいんだよ」

 タコは睨みつけるような視線でミドリに応戦した。

「ずっとここにいていいんです。ここに根を生やしてください。枯れるまでここにいていいんですよ。ここで思う存分枝を広げて暮らしてください」

「そりゃどういうことだい。ここは養老院かよ」

「いいえ、研究所です。だから、あなたたちを観察する必要があるんです。あなたたちは新人類を創造するための貴重な資料です。ずっといてくれなくては困るんです。それも契約書には書いてありますけど――」

「契約書なんか読んでないっちゅうの! しかし、なんだ。死ぬまでメシも食えるし、酒も飲めるってわけだな?」

「ええ、それはお約束します。食べたければいつでも食べられるし、飲みたければいつでも飲めますわ。でも光合成が始まれば、空腹になることもありませんけどね」

「おいら、やっぱりこのままでいいぜ。ダンボールの家よか、ここのがよっぽど快適だからな。体が緑になったって、ここにいりゃ困ることもねえさ」とモツ。


 頭に上っていた血が徐々に落ちてくるにつけタコは落ち着きを取り戻し、その脳裏には凍てつく冬の寒さとうだるような夏の暑さが浮かんできた。寒い明け方に目を覚まして、残飯を漁りに街まで出ていく光景を思い出した。あれは生き地獄だ。古新聞をクチャクチャに丸めてボロ着の中に詰め込み、まるで宇宙遊泳をしているような膨れた恰好でフラフラと歩いていく。磨り減った靴底では凍った道路は滑りやすく、ツルリとすべって尻をしたたか打ち、袖口から新聞玉が二、三個転がり出る。そいつをまるでオムスビのように大事に拾って元の場所に詰め込み、湯煙のようなため息をつきながら立ち上がって再び歩きはじめる。「嗚呼俺は、なんでこんなんなっちまったんだ」と毒づきながら、そいつを怒りに変えてグリコーゲンをふりしぼり、一歩一歩足を進めていく。いつのまにか、タコの目から大粒の涙が流れ出てきた。ワンワンと泣き出したからほかの実験台はみんな驚いたが、先生二人はきわめて冷静だった。

「安心してください。私たちはずっと一緒ですわ」とミドリ。

「もうずっと、ひもじい思いをすることはありませんわ」とマコ。

「本当だな。ウソじゃないんだな。俺たちは家族なんだな」

 タコは「家族」という言葉を口に出したのがひどく恥ずかしくなって、より一層顔を黒くさせた。

「私たちはみんな家族ですわ。一○人のオジサマたちと五人の娘たちの大所帯です」

 ミドリはそういってタコに近づきハグした。若草の匂いがタコの鼻の穴に入ってきて、後頭部を痺れさせた。嗚呼、葉緑素の爽やかな香りだ。人に体を触られるのが嫌いなタコも、このままずっとハグしていたいような気になって、ふんどしをわずかばかし盛り上がらせた。



 しかし本当の地獄は、まだ始まっていない。地獄は、緑のお肌がいやだなんだといったムーディーな話じゃないのだ。そのまま一カ月ほどは煉獄的な中途半端な状態だが、これは天国といっても間違いはなかった。目立ったイベントもなく、悠々自適の生活を送ることができたのだ。しかし、いよいよ第二クールが明日に迫ってきた。試験台のチェック模様は、すでに深緑の領域が大幅に増加して古い肌を蹴散らし、そいつは鹿の子模様のように、かわいらしく点々と残るのみになった。前の晩は飲めや歌えの大宴会となったが、必要以上に飲まないと不安を紛らわすことはできなかったので、みんなかなり酔っ払ってしまった。最後にミドリが締めくくる。

「さあ、明日から実験本番ですが、気楽になさってください。難しいことはなにもありませんし、痛いことをするわけじゃありません。いよいよみなさんの肌が光合成を開始します。明日からは自給自足人間です。ほんの少しばかりじっとしていただきますが、快適ですからすぐに慣れてしまいます。第二クールはデータの収集が主な目的です。最後に、実験の成功を願って一本締めで終わらせましょう」


 ミドリの音頭で全員がポンと手を打ち、明日に向けての決断式が締めくくられた。ところが、小便に行ったゾウが「大変だ大変だ!」と叫びながら、ふんどしを外して飛び出してきたので、女性陣は思わず目を背けた。

「見ろよ、オケケから一○本ぐらい草が生えてるぜ!」

 男たちはゾウの周りに集まって、口々に「本当だ!」と叫び驚きながら、自分のふんどしを緩めて確認し、口々に「おいらにも生えてるぜ!」、「俺もだ!」と叫びながら、全員がふんどしを取っ払って、先生方の診察を待った。二人の先生は、額に皺を寄せて、白と黒と緑の三色が入り乱れるそれらを散漫に観察した、というかほとんど目の焦点を合わせていなかった。そのうちに、誰かが隣のやつの頭にも少しばかり若芽が群生していることを発見して大騒ぎになった。

「みなさん、お静かに。これは想定内ですので落ち着いてください。病気ではありません。体毛が変形したものです。たとえばサイの角を思い出してください。あれは複数の体毛が集まって変形したものなのです」

 ミドリはゆっくりはっきりと、愚かな子供たちにいい聞かせるように説明した。年寄りとはいえ、パニック状態になったら女たちの手では制御が難しい。

「いいかよ、髪の毛まで草になっちまったらたまんねえぜ」とロク。

「顔が緑で頭が草なんて、まるでジャングルのゲリラ部隊じゃねえか」とタン。

「そう怒らずに落ち着いて聞いてください。まず、椅子に座りましょう。納得のいくようにご説明しますから」

 男たちはブツブツいいながら、それぞれ近くの椅子に座る。女たちもニコニコしながら腰掛けたが、不安を隠す作りわらいにも、悪意のある薄わらいにも見えた。

「みなさんに移植した皮膚ですが、そこには選択された植物の遺伝子が組み込まれています。その遺伝子は葉緑素を生産し、光合成を行わせる遺伝子です。でも、この選択には高度な技術が必要で、一定の割合でほかの遺伝子が混入する場合があります。芽が出たのでしたら、きっと発芽遺伝子です。みなさんの皮膚にはほんの少しばかり、発芽遺伝子が混入したんです」

「じゃあ、失敗ってことじゃねえか」

 タコはいって、ミドリをにらみつけた。

「失敗というわけではありません。技術的に改良の余地があるということです。きっと五年後には完璧な選別が可能でしょうが、いまの時点では必要悪ということになります。抗癌剤の副作用のようなものです」

 ミドリはすまし顔で答えた。

「じゃあ、こいつが伸びてきたらどうすりゃいいんだよ!」とタコは食い下がる。

「伸びる前に摘み取りましょう。みなさん。芽は食欲が旺盛で、体内の栄養分を吸い取って育ちます。せっかく光合成して体に栄養を溜め込んだのに、たまったもんじゃないわね。だから、気が付いたらむしってください」

「なるでダニだな」

「そうそう、マダニのようなものだと思ってください」とミドリ。

「でも、マダニと違うところは簡単に取れるし、食べられることです。自給自足人間は自分の毛も食べちゃうんです」

 マコが付け加えた。

「食べれるのかよ」

「食べられますよ」とミドリ。

「自分の頭のハエを追えないやつらが、頭の芽をどうやって摘み取るのさ」

「そこですわ。一石二鳥のいい提案があるんです」とミドリはグッドアイデアが思い浮かんだとでもいうように、右の拳固で左の掌をポンと叩いた。

「私たち家族宣言したのに、みなさんなにか他人行儀のような感じがします。これから永いんですから、互いにもっと接近する必要がありますわ。スキンシップです。それが大事。お互いでグルーミングしてください」

「なんだいそいつは?」とトメ。

「サル山のおサルさんを見てください。みんな仲良く毛づくろいし合っていますわ。だから、お互いお相手の頭から芽を抜いて、食べてください。捨ててはいけません。芽は栄養価が高い野菜ですからね。もちろん下腹部の芽はご自分で抜いてお食べください」

「汚ねえなあ――」

ずっと汚ない暮らしをしてきたモツが顔をしかめた。


「さあ、これからみなさんで毛づくろいを始めましょう」とモナが音頭を取り、女たちは一○脚の椅子を円形に並べた。男たちは大人しく座って、自分の前に座った男のグルーミングをはじめる。まるでゲーム大会みたいになってきた。こいつはミドリが発明した新しいゲームだが、罰ゲームにも匹敵する苛酷な内容が含まれている。毛の薄い連中は簡単に探すことができたから、まだマシだ。しかし、相手は抜かれるたびにキャッと悲鳴を上げた。若芽とはいっても根はあるから、丈夫な毛を抜く程度には痛いのだ。ボサボサ頭に当たったやつは抜くほうも大変だ。自分の頭の痛みに戦々恐々としながら、前の男の毛をかき分けながら五センチほどの小さな芽を探し出す。サルだって、手馴れるまでには数年かかるだろう。抜いた部分は穴になり、血がにじみ出る。しかし、血の色は緑色をしているのだ。トラの頭の芽を抜いていたタコは、思わず口に入れてからペッと吐き出し、声を上げた。

「おいおい青汁が出てきたぜ。先生、これはいったいなんなんだよ」

「毛細血管を傷つけたことによる出血です」

 マコが医者らしく学問的に答える。

「ぜんぜん赤くないぜ」

「血が赤いのは含まれるヘモグロビンの色です。そこに葉緑素が加われば、当然のことダーク・グリーンになりますわ」

 タコは理由も分からず変に納得して、大人しく毛づくろいを再開した。トラは不精な男で、施設の風呂で髪の毛を洗うところを見たこともなかった。髪の毛をかき分けると悪臭が鼻の穴を駆け上がったが、タコのほうもこの臭いには慣れている。指に付いた汚れもしかり、緑色でも血だと分かれば、ためらうことなく口に入れた。味わうには小さすぎたが、新鮮な感じでけっこういける。しかし、このぐらいで抜いておかないと、育てば育つほど根も伸びて、傷口も大きくなるにちがいない……、といって茎で切っても草はすぐに伸びてくる、……ということは、ほぼ毎日毛づくろいする必要があるということだった。


「ちくしょう、こんなこと毎日すんのかよ!」

 タコは切れて、椅子を横に倒して勢いよく立ち上がった。男たちの手は止まり、女たちは目を丸くしてタコを見つめた。

「抜かないで丸刈りにする手もありますわ」とマコが冷ややかな顔つきで弁解した。

「バカな。狂ってるぜ。もとの体に戻してくれ。俺は降りるよ。家に帰りたいんだ。ダンボールだろうが家は家さ。ワラの家よりゃよっぽどマシだ。まさか、剥ぎ取った皮は取ってあんだろうな」

「ご安心ください。ちゃんと冷凍保存してありますわ。分かりました。明日手術をして、もとに戻してさし上げます。みなさんの中で、タコさんと同じに帰りたい人がいましたら、手を上げてください」とミドリ。驚いたことに、全員が手を上げたのだ。

ミドリは大きなため息をついても微笑みは絶やさず、「分かりました。多少時間はかかりますけど、みなさんをもとの体にお戻しいたします」と気を取り直したようにハキハキ声でいった。

「ごめんな。悪気があるわけじゃないんだ。俺たち、面倒くさいことがだめなんだ。毎日毛づくろいなんて、俺たちの性分には合わないんだよ」

 タコは申し訳なさそうにいった。

「いいんです。ほかの賛同者を募りますわ。多少研究は遅れるでしょうけど、人類の未来のために止めるわけにはいきません。さあ、一次会はチャラにして二次会といきましょう。私たちも飲みます。グデングデンに酔っ払らっちゃいます」

 二次会はお別れ会となって、一次会よりもさらに楽しいものになった。男たちは一抹の不安から解消された。女たちは制服をかなぐり捨て、下着姿で蝶のように舞った。男たちは美しい蝶を捕まえようとするが、からかうようにひらひらと逃げる獲物を我が物にすることはできなかった。次第に男たちはへとへとになり、そのうち酔いが回って次々に倒れ、クウクウと眠り込んでいった。


(つづく)


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