いざ、晩餐会へ
帰宅した凛の説明を受け、ジェイムズ・ストライドという人物の研究内容などに納得した未来たちがリビングでくつろぐ中、司は部屋にこもり、ベッドに寝転びながら天井を見つめていた。予感めいた嫌な感じは大きくなる一方だ。もちろんそれは明日の晩餐会のことではない。ただ、得体の知れない大きな不安だけが募っている。今まで感じたとこのないその不安は近い将来、必ず実現されるといった予感もあった。そうしているとインターホンが鳴った。部屋を閉め切っていても聞こえるのは2階にいてもわかるようにと階段を上がったところに設置されたもう1つのインターホンのせいだ。チラッと時計を見た司は午後6時だということを確認し、ため息をついてからリビングへと向かう。部屋を出る前に一瞬だけ窓の上に置かれている魔封剣を見やるが、すぐに部屋を後にした。玄関先で凛が丁寧に対応している姿を見た司が階段を下りると、凛に負けず劣らずの美女がそこにいた。美女は司を見ると丁寧に頭を下げ、そして名刺を差し出す。
「外務大臣補佐官秘書の佐田愛理です。どうぞよろしくお願いします」
小さくも大きくもない声だが、はっきりと聞こえる声で自己紹介をした愛理のその目つきはどこか鋭い。
「キャサリンって、そんなに凄い子だったのか」
全然凄そうな感じではない言い方でそう言う司に凛が横目で睨むが、愛理は涼しい顔で説明を始めた。
「彼女のお父様はアメリカでも5本の指に入る大企業の社長、そして叔父上様は上院議員をしておりますので」
「それで外務大臣、ね」
小馬鹿にしたような笑みにここで愛理の表情が一瞬曇る。だが、それを見つつも司は笑みを浮かべたままだった。凛が大きな咳払いをしてから司を肘で突いてけん制をする。
「どうぞお上がり下さい」
「失礼します」
そう言い、丁寧な仕草で家に上がった愛理はそのままリビングへと通された。未来と来武は既にキッチンへと移動しており、そこにいるのは美咲だけだ。美咲にも名刺を渡して挨拶をした愛理は連れの男性を呼んで服の採寸を開始する。やはり晩餐会とあって正装、ドレスなどを着る必要があるのだ。
「ドレスも数多く揃えておりますが、一応こちらで用意させていただきます」
美咲の採寸を手早く終えた男性が今度は凛の採寸を始める。
「キャサリンとは親しいの?」
採寸の様子を見つつ、司がそう言った。愛理は少し鋭い目で司を見つつ、答えを口にする。
「いえ。一度お世話をしたことがありますが・・・」
「そっか」
微笑む司に片眉が上がる。何をもってそう聞いたのかが気になったのだ。
「何か?」
「いやぁ、素朴な疑問ってとこ」
にんまりと笑う司に嫌悪感を覚える。資料で見た限り、この男は完全に人格破綻者だ。そして実際会ってみてそれを痛感する。壊れているというか、変人だ。そうしていると凛の採寸も終わる。次に司の採寸を始めるために司はセーターを脱いだ。両手に光る金と銀の数珠。資料にあった霊能者という文字を思い出し、愛理は非科学的なものの象徴だと嫌悪感を強くしつつもそれを顔にも雰囲気にも出さなかった。霊など存在しない。存在するのなら、死んだ母親を身近に感じるはずだ。そう思う愛理をじっと見つめていた司と目が合う。司はにんまり笑うと男に促されて前を向いた。
「明日は16時に迎えに参ります。ホテルでの晩餐会ですので、まずは別室でお着替えをしますので」
「りょーかい」
「あと、そういったアクセサリーの類は外して頂きます」
そう言って両手の数珠を指差した。
「あーそう。ポケットに入れとくのもダメなわけ?」
「ボディチェックが入りますので、無理かと」
「あっそ」
軽くそう言う姿勢が気に入らない。仮にも霊能者を名乗るのであればこだわればいいと思ったからだ。
「あの・・・これもですか?」
そう言って凛が左手を出せば、そこには金のブレスレットが光っていた。
「女性のそういったアクセサリーはドレスに合う限り許容されます。ボディチェックで問題にされなければ大丈夫でしょう」
「数珠でなくてよかったな」
皮肉ではなく事実を言ったのだが、愛理には嫌味に聞こえた。どうせその数珠が霊的なものから身を守っているとか言い出すのだろうと思い、ならばと嫌味を返すことにする。
「数珠がなければ困ったことにでもなるのですか?」
この後、よくいるペテン師の言い訳を聞かせてくると思い、思わずにやりとしてしまう。だが司は涼しい顔をして採寸を終えた手を頭の後ろに持っていった。
「いんや。むしろ好都合、かもね」
「好都合?」
「そう」
それ以上何も言わず微笑む司に怪訝な顔をした愛理は採寸を終えた男性が立ち上がったためにそれに習って立ち上がった。
「ではドレスはこちらでご用意します。明日16時に、お願いします」
「よろしくお願いします」
凛が丁寧に頭を下げ、玄関まで見送りに行く。司も凛に引っ張られて玄関に立ち、その場で2人を見送った。ドアが閉められ、凛はふうと小さく息を吐いた。
「司君、絶対あの佐田さんに嫌われた」
「だな」
さすがの司も自覚があったかと思うが、もう何も言う気はなかった。司はさっさとリビングへと戻ると、同じように戻ってきた未来たちから事情を聞かれた。かいつまんで昨日のことを説明し、ついでに気になっていることを口にした。
「らいちゃんの親父に来た依頼な、あれ、鍵を握るのはキャサリンの親父かもしれない」
「どういうことだ?」
「多分、霊圧を圧縮したものをキャサリンが持ってる。ま、明日確かめてくるけどさ」
司はそれだけ言うとさっさと自分の部屋に戻っていった。肝心な部分をぼかすというか、口下手説明下手というか、そう思う未来が深いため息をつき、その心理を悟ったかのように美咲と来武が苦笑しあう。だが、凛は違った。今のはあえてぼかした、そんな気がしたからだ。いつもと少し様子が違う。司を好きだから、誰よりも理解しているが故の直感だったが、それを司に問う気持ちはないのだった。
*
こういう場合、黒い高級車で迎えに来るものだと思っていたが、実際に来たのは白い高級車だった。助手席に司が座り、後部座席には凛と美咲が座る。どこもゆったりとしていて快適だ。運転手は男であり、後ろから似た車が付いてきていた。それには愛理と他に2人の男性が乗車している。高速道路に入ったところで後ろの車が追い抜いて先導を始めた。そうして約40分ほど走れば都心に程近い場所にある大きなホテルに到着した。有名人が数多く挙式をしたり、国賓をもてなす晩餐会などがよく開かれる有名なホテルである。愛理に先導されて中に入ると広い豪華なエントランスに度肝を抜かれる。司だけが平然としていたが、凛と美咲の緊張は既にマックスであった。そのままエレベーターに乗せられて20階にある衣装だらけの部屋に案内された。司はタキシード、凛は肌を露出した赤いドレス、美咲は露出は少なめながらフリルの多い水色のドレスを着せられた。髪もきちんとセットされ、記念にと美咲が写真を撮りまくっていた。そのまま控え室に通されるが、そこもやたら広い。一般人は3人だけなのか、その広い控え室には誰もいなかった。
「飲み物も用意しています。開始は18時15分からですので、あと40分ほどですか・・・あまりうろつかないようにお願いします。トイレは出てすぐ右側ですので」
愛理はそう言うと部屋を後にした。普段はほとんど手入れもしない髪型もばっちり決め、タキシードを着た司が部屋をうろうろする。そんな司を見た凛は驚きを隠せないでいた。普段は目にかかっている前髪に長い襟足。平日も休日もほとんど変えない髪形もあって、こうまできっちり決めた司はかなりのイケメンだ。2年近くも一緒にいて今更ながらにそれに気づかされたことが情けなく思い、そんな司に見惚れた自分もどうかと思う。そんないつもと違う外見をしつつも冷蔵庫をあさり、炭酸飲料水を取り出してにんまり笑うその姿はいつもの司だ。だが、何故か赤面してしまう。凛はスマホを取り出してそんな司を写真に収めた。美咲に頼んでツーショット写真も撮ってもらう。司にしてみればドレスで着飾った凛も美人に磨きをかけていたが、普段から凛に対して美人だという認識を持っているためか、着飾った姿も凛でしかない。あまり変わらないそのリアクションに寂しさを感じつつも、今はそれよりも司の姿に夢中だった。やたら写真を撮る凛に閉口しつつ、部屋の物色に飽きた司は部屋を出て行こうとした。
「トイレ」
そうとだけ言い、部屋を出た司が1部屋分の壁を隔てたトイレのドアに手をかけた時だった。
「あれ?神手君?」
聞いたことのある声にそっちを見れば、こちらも黒いドレスに身を包んだ安藤レオナの姿があった。笑みを浮かべて近づくレオナを見た司の口元にもいつもの笑みが浮かぶ。
「なんだ、あんたも呼ばれてたのか?」
「あんたもって、君がここにいることの方が驚きだけどね」
「ま、そりゃそうだ」
さらに笑みを濃くした司にレオナは苦笑する。相変わらずな調子であることからどこか安心してもいた。
「で、どうしてここに?」
「キャサリンを助けたら招待された。凛と妹もいっしょに」
その言葉を聞いてなんとも言えない表情になる。アイドルグループであったサークルの解散後もレオナは地道な活動を続けており、そんな努力が実を結んで今では歌にドラマにと大忙しだった。そんな中で当然ながら恋愛じみた記事も出ているが実際にそういった感情をもったことはない。かつて自分をプロデュースしてくれた裏川との関係が呪いによる死という普通ではありえない状況で終わったことがトラウマになっていることと、今、目の前にいる司に小さな恋心を持ち続けていることが原因でもあった。
「キャサリンさんをって・・・まさか、あっち系で?」
「ん。ま、軽いもんだったけどな」
へらへら笑う司に再度苦笑する。相変わらずだと思うレオナはトイレの前にある茶色い革のソファに腰掛けた。司もその横に座り、2人の距離がグッと近づいていく。こちらもいつもと違ってイケメンの雰囲気を持つ司に内心ドキドキしているレオナに対し、司にはそれがない。レオナもバッチリと着飾っており、美人度に磨きが掛かっている。現に通りすがる男性の視線は必ずレオナを捉えるほどに。だが司はいつもどおりだ。それはそれで複雑ながら、端から見れば友人のように見えるのだろうといった安心感もあり、レオナの心情は複雑だ。記事にされそうな状態でも、これではそれもないと思う。
「で、あんたは?」
「懇意にしてもらってるテレビ局のプロデューサーの方がある議員の方の従兄弟でね、んで、1人じゃアレだからって、私を招待してくれたの」
「ふーん。要するに、あんたを気に入ってるってことか?」
「まぁ、そうね」
実際に何度も口説かれている。気に入っているというか、既婚者であるそのプロデューサーが自分を愛人にしたいのだと思っていた。こういった場所に連れてくること自体、それを事実化したいのだろうと思う。だが、レオナはあえてそれに乗ったのだ。理由はこれを利用して芸能界で地位を得るため、ではなく、それを真っ向から否定するためだ。彼に付きまとわれて迷惑をしていると従兄弟や他の財界人に言えば自尊心を傷つけられたその男が自分から離れていくだろうとの目論見だ。もっとも、そうなると仕事は激減するだろうが別に構わない。浦川の死後、レオナはたとえどんな仕事でも全力で挑んできた。それはこのプロデューサー以外の人にも評価を受けている。どんな圧力を受けようが決して屈しない自信もあっての参加だった。それに、偶然といえ司がいるのは心強い。霊的に何かをしてもらうのではなく、好きな人が傍にいるだけで強くなれる気がしたからだ。龍神を失った井戸である自分を浄化してくれた存在。その司の存在は想いを寄せる人であり、尊敬できる人物であり、そして目標であった。どんな相手でも自分を崩さず、目の前にある難題でも真っ向から挑む姿勢。相手がなんであれ決して揺るがない信念をもって佇む姿勢は今のレオナの原動力になっているのだ。
「ところで、今日は変なことは起きないでしょうね?」
レオナはそう言うと人差し指を司の鼻先に突き出した。初めて会った時のこと、そして再会した去年のクリスマスの頃、司と会えば必ず霊的な何かが起こっているだけにそう言ったのだ。
「今日は何もないよ。美味い飯を食いにきただけだから」
そう言ってにんまりと笑う司を見たレオナだが、目を細めて疑いの目で見つめる。
「本当でしょうね?」
「ああ」
その言葉を信用して頷き、レオナは立ち上がった。司も立ち上がり、再度にんまりと笑った。
「遅いと思ったら意外な人と一緒か」
その声にレオナがなんとも言えない視線を向ければ、赤いドレスを身に纏った凛がそこにいた。現役の芸能人である自分よりも美人でスタイルがいい元芸能人である凛を見たレオナが苦笑する。引退して2年が経つが、今でも変わらぬその美貌は嫉妬が湧きあがるほどだ。今日も専用のメイクさんの腕もあって、より一層の美貌を光らせていた。そんな凛を見た司は罰が悪そうな顔をしつつそそくさとトイレに入っていった。
「相変わらずのようね、彼」
「まぁね・・・お久しぶり」
「うん、久しぶり」
「活躍、拝見してます」
年上ながら芸暦はレオナが上とあって敬語で話す凛だったが、レオナにしてみれば恋敵でもあるためにそれを止めさせる真似はしなかった。小さなプライドでもある。
「彼と付き合ってるみたいね・・・噂で聞いたよ」
凛は元マネージャーの古賀麻美による情報だなと思いつつも頷くだけで済ます。
「まぁ、そんな感じはしてたけど・・・彼の心、治ったの?」
「ううん・・・治ったっていうか、私にだけそういう気持ちが生まれただけ」
「そうなんだ・・・羨ましい」
思わず本音が出たが、そこはポーカーフェイスでやり過ごす。そのためか、凛は軽く流すことが出来ていた。レオナが司を好いていたのは知っている。だが、それが今でも続いていると思っていないせいもあっての反応だが、レオナにとっては好都合だった。そのまま近況を話しているとトイレから司が戻ってくる。その司が2人の傍に立った時、黒服を着た係りの者と思しき男性がフロアにいる全員に26階へ上がるように告げた。どうやら集合時間らしい。控え室にいた美咲も合流して3基あるエレベーターに分乗する。そうして到着した26階はエントランスからしてかなりの大きさを誇っていた。立食パーティーらしく、大きな扉の向こうにあるホールは物凄く大きかった。円卓も数多くあり、いくつかの椅子も用意されている。多くの係りの人や高級そうなドレスに身を包んだ人たちを見た凛と美咲はかなりの緊張に襲われたが、司はそこから見える料理を確認しているほど普段と変わりがない。こういう時、司のようになりたいと思う凛は横に立ったレオナにそっと耳打ちをした。
「変に挨拶とか、そんなのいらないよね?」
「知り合いもいないなら、声掛けられた時にストライド氏の招待を受けた、キャサリンお嬢様の計らいだとでも言っておけばいいよ」
「だよね」
緊張を全面に出した凛に苦笑しつつ、レオナも若干の緊張を感じていた。美咲に至っては挙動不審なほどだ。やがてホールに人が入り始め、司たちもそれに続く。レオナの意見で後方の端を陣取った3人はそのまま後で合流するからと言って去るレオナの後ろ姿を眺めるしかなかった。明らかに場違いな場所に来た気がする凛と美咲だったが、司は並んでいる料理に集中していた。そうして待つこと15分、晩餐会が開始された。何やらどこぞの議員の言葉や、財界の大物のスピーチを経てジェイムズが登場した。拍手の中、マイクの前に立ったジェイムズは流暢な日本語で挨拶をし、娘であるキャサリンを紹介する。ピンクのドレスに身を包んだキャサリンはこの間会った時とは別人のようにしか見えない。それでも司はにんまりと笑い、そのキャサリンを見つめている。キャサリンはジェイムズの横に立ちながらも司を確認すると小さく微笑む。その胸元では白い輝きを放つネックレスが揺らめいていた。




