霊と科学に関する考察
今日の夕食の当番は美咲であり、電話を終えて戻ってきた司にそれを指摘されてあわてて準備に取り掛かったせいで肝心な話ができないでいた。やがて凛も戻り、信司も帰宅する。夕食はカレーだったが、誰も文句は言わない。当番が何を作ろうが自由なのだ。ただ、前日のメニューと被らなければいい、それだけがルールになっていた。食卓テーブルに座り、夕食を囲む。そんな中、美咲がさっきの電話のことを話そうとした矢先、珍しく司からその話題を振ってきた。
「あのさ、明後日、パーティーに呼ばれた。美咲と凛も一緒にな。んでなんか知らんけど、明日の夜6時に服持って誰かが来るらしいから、家にいてくれ」
その言葉の意味が理解出来ず首を傾げる凛と信司。相変わらずの下手糞な説明にため息をついた美咲がスプーンを置くと説明を始めた。
「夕方に電話があって、キャサリン・ストライドからパーティーに誘われた、よね?」
その言葉に頷く司を見た凛はどこかで聞いた名前に記憶を探る。だが、その記憶を辿る前に美咲がさらなる言葉を付け加えた。
「気になってネットで検索したら・・・アメリカの富豪が娘連れて来日してる。その娘がキャサリン。明後日は政府関係者も含めたパーティーを予定してるみたいね」
「へぇ、それで美味い飯が食えるわけだ」
軽い会話をする兄妹だが、凛と信司は固まっていた。
「政府関係者って・・・」
「それ、パーティーってか晩餐会ってこと?」
全てがおかしいと思うが、そもそもそんな富豪の娘と司との接点が見えてこない。そこで凛がそれを聞けば、昨日のことを話す司。苦しんでいたキャサリンを助けたことを話すが、司が興味を持つようなことはないと思う。いくら美味しいものを食べられるといっても、そういったものに興味を示さないのが司のはずだ。だとすれば、キャサリンに何かを感じたとしか思えない。
「でも司君、よく行く気になったね?」
「美味い飯って言ってたからな。それに、あの子の体質っていうか、持ってる物が気になる」
はやりそうかと思う凛の目が光る。ストレートに聞くよりもさっきのように聞いた方が司が自然と口にするとふんでの問いかけだったのだ。付き合いはまだ短い方だが、司の性格を熟知している凛の言動に美咲は小さく微笑んでいた。
「持ってる物って?」
「霊圧の塊みたいなの・・・なんかこう、嫌な感じがするんだよね」
「それでそれを確かめたい?」
「飯も食えるし」
にんまりと笑う司を見て少しホッとする。どうやらややこしいことになるような感じがしなかったからだ。ただ、キャサリンの名前で思い出したのが昼に裕子が見せた本にあった名前。ジェイムズ・ストライドの名前だ。富豪という言葉と合致するだけに早々と夕食を終えた凛は携帯を使ってそれらを調べていく。キャサリンの父であるジェイムズは本に書いてあった通りの人間であり、やはり霊的な研究も行っているようだ。つまり、キャサリンが所持している物はその研究成果なのかもしれないと思う。どういった研究かは詳しく分からないが、とにかく司が研究対象になったわけではないことに安堵した。だが、司がそういう人間だと知れば動きを見せるかもしれない。そう考える凛は司を守るためにもパーティーに同行できることを幸運だと考えた。やがて夕食も終わり、そそくさと部屋に戻る司について行く凛。何をするでもなく同じ部屋にいながらも漫画を読む司に検索を続ける凛と、していることはバラバラで会話もない。そうしていると美咲も部屋にやってきた。
「お兄ちゃん、キャサリンって人、どう思う?」
イヤに真剣な口調に凛は小さな不安を胸に覚え、ベッドに寝転んでいた体を起こした。司はベッドにもたれたまま漫画を読んでおり、美咲の方を見ようともしない。
「霊媒体質ってとこだな。っても、生まれつきって感じじゃなかったけど」
「行かないほうがいいかもしんないよ?」
「いんや、行ったほうがいいと思う」
霊力が強く、危険を察知する能力にも優れている美咲の言葉を軽く受け流す司だったが、凛の不安がぐっと大きくなっていく。
「でもさ・・・」
「大丈夫だって」
不安がる美咲をよそに、司は漫画を読んだままでそう言った。
「でも彼女の父親、霊的なエネルギーの技術を開発した人らしいよ」
凛はそう言い、昼間読んだ記事のことを話して聞かせる。美咲は表情を曇らせたが、司は漫画を読んでいるためか口元に薄い笑みを浮かべている。その真意は測れないが、何か思うところがあるのだということは理解できた。
「ますます行きたくなったなぁ。どんな飯が出るのかも楽しみだし」
「・・・壊れてるっていうのが羨ましいと思ったのは初めてだよ」
呆れたようにそう言うと、美咲は部屋を出て行った。凛はそんな後ろ姿を苦笑しつつ見ていたが、その表情が引き締まる。そうしてのそのそとベッドから降りると司の横に座った。
「霊的なことって科学でどうこうできるの?」
その言葉にようやく漫画を脇に置いた司が不安そうな顔をした凛を見る。近い位置にいるせいか、少し顔が赤味を帯びるが表情に固さはない。
「さぁね・・・でも、そういったことが出来るのなら見てみたい気がする」
「もし出来ているのなら、人は霊とか完全に信じるのかな?」
「ないね。昔のらいちゃんみたいに何をしようが真っ向から否定するヤツは多いさ」
どんなに凄い能力を見せようが、信じない者は信じはしない。そう、だから司は壊れたのだ。それを知る凛は司の手に自分の手をそっと重ねてみせる。不安そうな顔をする凛を見た司はいつものようににんまり笑うとその手を握り返した。
「大丈夫、危険はないよ」
「でも美咲ちゃんが・・・」
「あいつは過剰に反応しすぎなだけ」
「でも・・・」
「大丈夫だって」
いつもと変わらぬ笑みでそう言われれば何も返せない。だが、司が自分を心配させないためにどんなに危険な時でも笑顔でいることを知っているだけに不安は常に付きまとっていた。普通に考えればそうそう大きな霊的なものが悪さをするなどありえない。だが、司と知り合ってわずか2年足らずで様々な大きな事件が起こっているだけに心配でならなかった。それこそ、前世で深い関係のあった司と自分、そして来武が出会ったことが関係しているのかもと思うが、事実は闇の中だ。言い知れない不安が大きくなるが、司の温もりを肌で感じることでそれが薄くなっていく。
「じゃぁ、凄く危険だったらすぐに言って」
「そりゃそうする」
「絶対だからね?」
近づく凛の顔を見て顔を赤くした司だが、そのまま優しくキスをする。そのまま抱きしめ合う2人だったが、それ以上どうなるものでもなく、ただお互いの体温を感じあって満足するのだった。
*
翌日は授業が終わるとさっさと学校を後にした司だったが、余計な付録が付いてきたことにため息をついた。
「しかし昨日の寒さはなんだっていうぐらい暖かいね」
「だな」
素っ気無い言い方も普段がそうなので、蓬莱未来は気にもしないで司の横に並んで歩いていた。幼馴染であり、自称司の弟子を名乗る未生来武の彼女でもある未来は推薦入試で早々と志望大学に合格を決めていた。しかも彼氏である来武と同じ大学であり、敷居の高いレベルの大学にも関わらず猛勉強して合格しただけに周囲は手放しで喜ぶほどだった。心理学を学びたいとするその目標も司や来武を見てカウンセリング能力を身に付けたいからであり、心を恐怖や霊的なものに侵食された人を救いたいとの想いもあってのことだ。
「ところでさ、クリスマス、どうすんの?」
またその手の話題かと鼻でため息をついてしまう。正直、クリスマスが特別なものに思えない司にしてみれば、周囲のカップルなどがわいわい騒ぐのが不思議でならない。キリスト教信仰も薄い日本人が騒ぎ立てる聖なる夜などといった風習がバカらしかった。
「一応、凛と飯食いに行く」
「へぇ、あんたがねぇ」
「ほとんど凛の希望だけどな」
「でしょうね」
凛に対してのみ愛を持つ司だが、だからといって世間一般のカップルの思考があるといえば答えはノーだ。凛を好きだ、愛しているという感情はあれど、だからこそああしたいこうしたいという思考は働かないのだ。基本的に面倒くさがりなだけに、食事に行く気になっただけでも進歩したと思える。
「お前は?」
「私らは豪華船上ディナー!」
「このクソ寒いのに船に乗るなんてバカだろ?」
心底呆れた口調にため息をつく未来はこの先の凛の苦労を思って憂鬱な気持ちになってしまった。この調子ではプロポーズも素っ気無いものになるのは間違いない。よくこんな男を想っていられるとも思うが、前世云々を除いても司に一途な凛を考えるともったいないとも思えた。凛ほどの美貌と気立ての良さを考えれば、お金持ちや高い地位を持つ男性を捕まえることなど造作もないだろう。何もこんな心の壊れた霊能者を好きにならなくてもと考えることもあり、未来にすればどこか複雑な気持ちになっていた。そのまま会話は終わり、先に未来の自宅が見えてくる。その自宅の前に見慣れた人影があることに気づいた未来は微笑み、司は露骨に嫌な顔になった。
「らいちゃん!どうしたの?」
「あ、おかえり。いや、たまたま時間的に帰ってくる頃かと思ってね」
「そっか」
心底嬉しそうにしている未来を横目に、司はさっさと自分の家に向かって歩いていく。
「神手、ちょっと相談があるんだが、いいか?」
「よくない」
振り返りもしない司に苦笑する来武とは違い、未来は怒ったような顔をするとそのまま勢い良く司の背中に飛び蹴りを炸裂させた。倒れそうになるのを堪えた司が振り返り、睨む目を未来に向ける。
「暴力女と仲良くなってから伝染したか?」
「なんでそう、らいちゃんを邪険にすんのさ?」
腕組みをして仁王立ちをする未来に不機嫌そうな司が近づく。それを見ている来武は苦笑しつつも黙ったままその様子を静観していた。
「なんかムカつくから」
「はぁ?ブン殴るよ?」
「悪影響受けやがって」
「関係ない!」
この夏、司も未来も他校の生徒と仲良くなっている。その中にやたら暴力的な女子がいるのだが、その女子と未来はかなり仲が良く、親友というレベルにまで至っているのだ。その影響か、司に対する未来の行動も少し過激になってきている。それにさっきの台詞はその親友の口癖のようなものだ。
「仕方がないさ・・・前世がああだったし、あの事件までの俺は神手を敵視してたからな」
「でも今は・・・」
来武のフォローにもどこか不満な未来だが、ぽんと置かれた来武の手の温もりを感じて黙り込んだ。それを横目で見ていた司はあからさまなため息をつくと2人に背中を向けた。
「無意識的に拒むんだよ、そいつを・・・前世のせいかもしんないけどさ・・・でも、どうにもイラつく」
どこか困ったような口調に未来の怒りも徐々に収まり、来武は苦笑を強くした。前世で裏切られた、その想いが生まれ変わった今でも色濃く出てしまっているのだろう。それも仕方がないと思う。
「で、相談って?」
吐き捨てるような感じで司がそう言うが、突き放すような口調ではない。来武は苦笑を消し、司の横に立った。
「親父のところに、ある人物から霊的なエネルギーの塊を制御する技術を開発して欲しいという依頼があったらしい・・・だが、その依頼というのが異常でな・・・」
そう言い、来武は説明を始めた。まず霊的なエネルギーの塊は既に依頼者の手にあるらしい。問題はそれを人が自在に制御出来る装置を考案して欲しいというのだ。高い能力を持った霊能者がそれを手にすれば制御も出来るが生命力が奪われるという。来武の父親はどうにも胡散臭い話だということと、そんなことは不可能だとして断ったのだが、来武はそれを聞いてあることが引っかかったのだと言う。
「その霊的なエネルギーの塊、お前の光天翼に似ていると思わないか?」
司が、実際にはその前世であるアマツが使用した高次元のエネルギーの集合体である光天翼は使用すればこの宇宙において絶対無敵の力を発揮できる。それこそ、宇宙そのものを消し去るほどのパワーを秘めたものだ。それを使用すれば使用者の全ての生命エネルギーを消費してしまうほどの高いエネルギーでもあった。現にこの1月、司はそれを使用して来武の前世であり、因縁の相手であるカグラの邪念体を消し去った際に1度死んでいる。その依頼者が何者かはわからないが、確かに光天翼に酷似したエネルギーであることは間違いなかった。
「俺が知る限り、光天翼に匹敵するエネルギーなど存在しないはずだ」
「もしあれば、気づくわなぁ」
司もそれに賛同する。実際、司ではなく凛が所持している光天翼だが、本来の持ち主である司を探しているために凛が司を思うと霊的な輝きを発揮している。霊力のある者であればその輝きは目に出来るほどのものだ。霊圧は感知出来ずとも目で見えるのであれば、そういったエネルギーが他にあれば何らかの情報が入ってきてもおかしくはない。
「気になるっちゃ気になるけど、そんなの科学の力でどうこう・・・・・できるな」
司はふと昨日凛から聞いた話を思い出す。キャサリンの父親の話。霊的なエネルギーを集約させる技術の開発という話を。
「明日、アメリカ人と飯を食う約束をしている。その人がそういう研究をしていたから、話を聞いてくる」
司はそう言い、難しい顔をしてみせた。どうにも嫌な予感がする。それは明日の晩餐会が、ではなく、別の何かが動いているという予感だ。光天翼と同じ高次元のエネルギーを有する者がその制御を科学の力で求めている。ならば、その力を悪しき方向に使えばこの世界に崩壊をもたらすことにもなろう。
「めんどくさ」
思わずそう呟くが、来武と未来にすれば意味がわからずにさらに司に詰め寄った。
「どういうこと?」
「そういう研究って?」
ますますややこしいことになったと深いため息をついた司が歩き出すが、もちろん未来と来武も付いてくるのだった。