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かみさまみたいな人ですね  作者: 夏みかん
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パーティへの招待状

大学も12月になればもう年末年始モードになっていた。さっさと課題を終わらせていた凛にしてみれば必要最低限の授業さえ受けていればなんら問題ない状態である。そのせいか、やれ合コンだ、やれ飲み会だと誘われるものの、合コンは断り、飲み会は人数の多いものだけ参加していた。もちろん、美人の凛を狙っている男子は数多い。また、凛に彼氏がいることも数多くの生徒が知っている事実だ。だが、司の過去の噂を知る者も多く、それを理由に凛に迫る者も多かった。だが、凛は見向きもしない。彼女の心を埋めている司の存在の大きさに気づかない男子が玉砕する様はもうこの大学の風物詩に近かった。


「お待たせ」

「あれ?早かったね」


キャンパス内にあるカフェテラスの中で本を読んでいた凛が顔を挙げれば、晴れ渡った顔をした祐子の姿がそこにあった。どうやら今日提出した課題が合格したらしい。にんまりした笑顔を振りまく裕子に苦笑し、凛は立ち上がった。


「さっきさ、万理子からもうお店に着いたってライン来たよ」

「うん。待ってろって返事しといたから」


遅れた原因のくせに偉そうだと思う凛が苦笑を濃くするが、裕子はお構い無しに正門へと向かって歩く。裕子は社交的で人気があり、それなりに告白もされているようなのだがどれにも応えてはいなかった。その理由を、凛は憶測ながら理解している。


「神手とは仲良くやってんでしょ?」

「まぁね」


凛の言葉に微笑む裕子だが、おそらく裕子も司のことを好きでいる。親友だからこそわかる心情だが、裕子は決してそういった素振りを見せなかった。どんなに酔っ払っても、どんなに喧嘩をしても、絶対におくびにも出さないのだ。


「クリスマスは?」

「一応ディナー、の予定」

「へぇ、あの神手が行く気になったか」


嬉しそうにそう言う裕子の真意を測れず、凛は愛想笑い的な笑みを浮かべるしかなかった。


「そうね。まぁ、最近は少しこう、愛情表現も出来るようになってきたし」

「進歩したねぇ」


そう言ってケラケラ笑う裕子に自然な笑みを浮かべた凛はコートの襟元を閉めた。今日はここ最近では一番の寒さである。2人はそのまま他愛のない会話をしつつ駅前にあるパスタの店に入った。そして先に来ていた田原万里子を見つけるとそこに向かい、席に付いた。


「遅いんだけど」

「ってかあんたが早いんじゃない?」

「約束の時間を5分過ぎてるし」


どこか憮然とした顔をする万理子をなだめつつオーダーを取る凛をよそに、裕子は万理子の不機嫌の原因を知っていてなおそこに踏み込んだ。


「クリスマスを前に別れたからって・・・そんな顔しないの」


地雷を自ら踏みに行った裕子にため息しかでない凛は様子を伺うように万理子を見た。意外というか、万理子は機嫌が悪そうにしたままだが反論せずに水を飲んでいる。


「関係ないし」

「へぇ、そう」

「そ!」


あくまで時間に遅れたことに対する不機嫌さだと主張している万理子を見て、裕子と凛は顔を見合わせて苦笑した。夏を前に付き合った1つ年上の彼氏だが、つい先日あっけなくその関係は終わった。彼氏から他に好きな人が出来たとフラれたのだ。なかなかのイケメンで何度か会ったことがある2人はそのラブラブ具合にあてられたこともあって、別れたと聞かされた時には心底驚いたものだった。凛としてもそこそこイケメンで、性格もいい感じの優しい男だった印象だ。万理子の全てが好きだと言っていたのに呆気ないものだと裕子がぼやいたのを凛ははっきりと覚えている。とにかく、今日は裕子の呼び出しで集合したため、その理由を聞くことで場の雰囲気を変えることにした。


「で、裕子、なんなの?」

「あー、そうそう・・・・これ、なんだよね」


そう言いながらごそごそとバッグをあさると、あまり見たことのない雑誌を取り出した。


「1つは、これ」


手早くページをめくれば、そこには白人の中年男性の立ち姿の写真と何やら難しそうな論文が載っている。論文は英語だが、和訳が下の方に書かれていた。


「一昨日、図書室でたまたま見つけたんだよ」

「『霊的なエネルギーを測定に成功』・・・・なにこれ?」

「ジェイムズ・ストライド?確かイギリスかアメリカの資産家、だよね?」


外国の経営術などを学んでいる万理子はそう言い、記事に見入った。ジェイムズ・ストライドは祖父が興した企業を大きく発展させ、自然エネルギーなどに莫大な投資をしている資産家だ。会社をいくつも持ち、アメリカ、イギリス、ドイツなどで特殊なエネルギー工学を基礎とした会社も立ち上げた有能な経営者でもある。


「霊的なエネルギーを集約させる技術による死後の解明、ね・・・神手君向きだね」

「でもあんなの、科学で集約とかできるのかな?」

「魔封剣ってのがコレに近いよね」


確かに言われてみればそうだと思う。霊的な力を剣に込めて放つ魔封剣は霊的なエネルギーを具現化した物質の1つだといえよう。凛は本を食い入るように見てみたが企業秘密なのだろう、詳しいことは何一つ書かれていなかった。ただ、特殊な機材を使用して幽霊が出るという有名なお屋敷の霊的エネルギーを吸い取ることが出来たなど、どこか胡散臭い記事ばかりが目に付いた。


「こんなの集めてどうするんだろ?」

「死後の世界がどうのって言ってるけど・・・会社だけに金儲けでしょうね」


万理子の言葉に頷く凛だが、常人には目に見えない力を具現化するだけで価値はあるだろう。もっとも、そんなものをしょっちゅう見せられている凛にしてみればあまり珍しくもない。興味は惹かれるがそれだけのことだ。そんな反応を見せる凛を見つつ、裕子はさらにもう1冊の本を取り出し、テーブルの上に置いた。


「もう1つが、これ」


開いたページにあるのはイメージイラストらしき絵だ。洞窟のような場所に置かれた小さな祭壇、そこに奉られた光る玉。そしてその真上には天井から生えたように存在する赤い鳥居。


「出雲の奥地に眠る幻の逆さ鳥居?」

「キモいね」


何故、天井に鳥居を作る必要があるのか、不気味な感じに凛は1つ身震いをした。本能的にこれが危険だと知らせているような気もする。見た記憶はないが、ただ漠然と触れてはいけないといった意識だけが強くなっていた。イメージイラストだけでこんな気持ちになるのは初めてのことだ。


「大昔に霊能者が作り上げた宝玉を奉る逆さ鳥居、か」

「ほら、あんたの前世の話と関係ありそうじゃん?」

「でも未生からこんなのは聞いてないし、司君も知らないと思う」


前世の記憶を全て持っている未生来武みしょうらいむから、また、この夏に知り合った銀色の髪の女性、神地王遮那から自分と司、そして来武による因縁の前世の話は聞いている。その中にもこれは含まれていなかった。


「でも気になるでしょ?そこで、春休みにでも行ってみない?」

「簡単に行ける場所じゃないっしょ?記事にもそんなことが書いてあるし」


万理子言う通り、記事を書いた者も伝承を元にした都市伝説的な事柄として載せていた。地元の者も知らず、知っていても口をつぐむ存在。何より、裏出雲といわれる謎の秘密結社のような存在も示唆されており、近づく者に災いを呼ぶとも書かれていた。


「神手を連れてけばいいじゃん。超安心、超安全」

「安全じゃないし」


軽い口調の裕子に対し、憮然とした口調の凛に万理子は苦笑した。凛の言う安全ではないというのは、自分たちは安全でも司が安全でないという意味だからだ。霊的な攻撃を受けた場合、それを一手に引き受け、守るのが司であり、そうなった場合は自分の命すら顧みないだろう。それを知っているからこそ、凛はそう言ったのだ。


「ちょっとした旅行みたいなもん!本気では探さないし」

「司君が本気になる!だから却下!」

「つまんねーの」


本気かどうかわからないが裕子はそう言い、運ばれてきたパスタをつつき出す。凛は疲れた顔を裕子に向けつつも本を閉じて自分もパスタに手を伸ばした。


「そういえば、春から遠距離だよね?」

「ん?んー、そうだね」


歯切れの悪い返事に裕子が万理子を肘でつつく。今の凛にはタブーな話題だが、ここ最近会っていなかった万理子にすればそれは知らないことでしかない。


「あ、でも、神手君なら大丈夫だし、さ」

「そうね」


凛は表情もなくパスタを口に運ぶ。来年の春、高校を卒業した司は宮司の養成所へ通うことになっている。父である信司の推薦状があれば入ることができ、そこで2年間、宮司の仕事を学ぶのだ。日本に数少ない養成所はここから遠く離れた場所にある。2年間で許された帰省は年末年始、ゴールデンウィーク、お盆の年に3回しかないため、凛とは完全に遠距離恋愛になってしまうのだ。凛はかなり寂しいが、司はそうでもないらしい。全く会えないわけでもなく、電話もメールも出来るからと楽観的なのだ。強がりなのかもしれないが、相手が司だけにそれが本心なのだろうと思う。それが余計に寂しさを倍増させていた。


「クリスマス、いい思い出作りなよ?」

「そうだね」


裕子の言葉に笑顔を見せた凛だったが、その笑顔はどこか壊れそうな脆さを見せていたのだった。



今日も寒い中、家に飛び込み、そのまま2階へ上がった司はいつものようにカバンを置いてコートをベッドに投げ、部屋着を持ってリビングに向かった。凛はいないようだが妹の美咲がいるおかげで暖房が入っており、快適な空間になっていた。そそくさと着替えを済ませ、温かいコタツに入ろうとした時だった。廊下に置いている電話が鳴り響き、美咲と司は顔を見合わせた。そのまま無言で片手を突き出す。美咲は拳を握り、司はピースサインをしてみせた。それを見た美咲がにんまりと微笑み、司は舌打ちをして寒い廊下に出た。うっとおしそうに受話器を取り、冷える足元を気にしつつ耳に当てた。


「はい、もしもし?」

『ツカサ?カミデ、ツカサ?』

「あんた誰?」

『キャサリンだよ!覚えてる?』


そう言われた司は昨日のことを思い出した。


「お前、俺の家の番号、よくわかったな?」

『わけないよ!』


そう言って笑うキャサリンにつられて司も小さく笑った。声色を聞く限り元気そうで安心した司が霊力を集中させるが、伝わってくるキャサリンの霊圧に異常はなかった。


「で、なんだ?」

『明後日のサタデーナイト、予定ある?』

「ないね」


一瞬の逡巡もなくそう返事をした司にクスクスと笑ったキャサリンは司という人間にますます興味を得ていた。霊的な力を持った司に興味を抱いた昨日よりも大きな興味。今まで会った事のないタイプの人間だけにそういった興味を示したのだ。いろんな国のいろんな男と出会ったが、こうまで変わった男は初めてだった。


『明後日パーティーするの、来る?』

「美味い飯が食えるならね」

『美味しいよ!絶対に気に入ると思う』

「へぇ、そりゃ是非よろしく」

『他に連れて来たい人がいるなら一緒にどうぞ』

「妹と居候の女が1人いる」

『カノジョ?』

「まぁ、な」


さっきまでにはない照れた口調にキャサリンの胸が痛んだが、それが意味するところが理解できず、キャサリンは一瞬だまりこんだ。


「で、どこで?」

『迎えを寄こすよ。あと明日、服も用意する』

「明日?」

『夜、家にいてくれればいい』

「あいよ」

『じゃぁ、楽しみに待ってるね』


それだけ言うと一方的に電話を切ったキャサリンだが、司はそれを憮然ともせず受話器を置く。とにかく明後日に美味いご飯が食べられるということしか頭に残っていない。寒さに震えつつリビングに戻るとそそくさとコタツにもぐりこんだ。


「何?お姉ちゃん?」

「いんや。昨日助けたキャサリンって外人の子。明後日パーティやるから来いって」

「へぇ」

「お前と凛も一緒にな」

「何それ?」

「3人で行く」


説明が下手にもほどがあるが、美咲は頭の中で今の言葉を整理した。キャサリンという外人の子が明後日にパーティをするから招待してきた。何故か自分と凛も一緒にだ。


「他になにか言ってた?」

「あー、明日、服を用意するとかなんとか」


それを聞いた美咲は何かにピンと来たのか、脇に置いていたスマホを手に取ると検索を始める。キャサリン、来日、そして明後日の日付を入れて検索をしたその結果に驚きの表情を浮かべた矢先、廊下の電話が鳴り響いた。


「またあいつかぁ?」


やれやれといった感じで立ち上がる司を見る美咲だったが、どう声をかけていいかわからずにそのまま見送ることにした。リビングを出た司からスマホの画面へと目を戻し、ゆっくりと息を吐きながら表示されたその画面に見入った。


「ホント・・・美味しいものが食べられそうだけど・・・怖い」


その呟きは廊下に出た司には聞こえない。司は無造作に受話器を上げ、そのまま耳に当てた。


「もしもし?」

『神手司君、ですかな?』


キャサリンではない男の低い声が受話器を通して耳に届く。


「そうだけど、あんたは?」


相手がどういった人間かも考慮しないその物言いに電話の向こうの男が苦笑した。それでも司は平然とした様子で受話器を耳に当てていた。


『外務大臣補佐官の佐田という者です』

「その偉い人が何の用?」

『キャサリン・ストライド様より、明日、あなたの家に伺うよう指示を受けました』

「へぇ、あの子、そんなに偉かったんだ」


その言葉に小さく笑う佐田だが、キャサリンが何故この司をパーティに誘いたいのかを理解した。


『明日、秘書である私の娘をそちらに向かわせます。夕方6時にご在宅願います』

「あいよ、了解」

『では、よろしくお願いします』

「あいあい」


相手が何者であろうとも自分のペースを崩さない司に苦笑しつつ、佐田は受話器を置く。後ろに控えていた秘書で娘の愛理が近づいてくるのを見つつ、佐田は黒革のソファに身を埋めた。


「明日、頼む」

「いいのですか?」

「いいも悪いもないよ」

「・・・私はそういったものを信じてはいません」

「イヤでも信じることになるさ」


何かを暗示したようなその言いっぷりが好きではなかった。本質を決して語らない父が好きではない。自分が外交官としてのキャリアを捨ててまで父に請われて秘書になったのには理由がある。その理由を、父は知らない。だが父は優秀な官僚であり、仕事ぶりだけは尊敬できていた。その父がどこの誰とも知らない一般人、しかもうさんくさい霊能者を世界的VIPであるキャサリンに会わせるなどありえない。いくらキャサリンの希望でも、その父であるジェイムズがそれを許そうともそれを止めるのが父の役目のはずだ。


「では、明日18時に神手家に伺います」

「頼むよ」

「失礼します」


憮然として部屋を出て行く娘を見つつ苦笑する佐田は20年前のことを思い出しつつ、これから起こるであろう大きな事件を予見して険しい表情を浮かべるのだった。

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