その出会いが事の始まり
12月に入ったこともあり、テレビのCMや雑誌はクリスマスムードとなっていた。リビングに絨毯を敷き、こたつを置いてその中に入れば外の寒さが嘘のようだ。寝転がって下半身をこたつの中に入れてせんべいを食べる桜園凛はぽかぽかしたその心地よさの中、雑誌をめくりつつ時々テレビへと目をやる。恋人と甘いクリスマスを過ごしたいと思うものの、その彼氏が神社の宮司の息子ではそれもどうかと思う部分があった。今の世の中、そんなものは関係ない。凛はそれを言い訳にしている自分を知り、勢い良くせんべいをかじった。プレゼントを交換し、自宅でチキンとケーキを食べる。それでは去年と変わりがない。かといって世間一般の恋人同士のような夜を過ごせるかといえば、それは無理な話だ。神社うんぬんではなく、彼氏の方に問題が多すぎる。ため息をつき、せんべいをかじった。もうこの堂々巡りの思考に飽き飽きしつつ、それでもまたそれを考えている自分に再度ため息をついた。
*
制服の上からコートを羽織り、さらにマフラーをしていても猫背になって歩いている。暑いのも嫌いだが、寒いのはもっと嫌いだ。この時期、高校3年生である自分たちは登校することに意味を持てないでいる者が多い。秋の大学推薦入試に合格した者や専門学校に入学を決めた者など、進路が決まっている者たちにすれば出席日数とテストのためだけに学校に通う日々が続いている、そういう認識なのだ。
「さっびー」
出る言葉はさっきからこればっかりだ。彼女が作ってくれた手編みの赤いマフラーが木枯らしに揺れる。ぶるっと身を震わせた神手司は自宅の手前にある神社の鳥居を目にして足を速めた。が、すぐにその足がゆっくりになる。司は片眉を上げながら神社の入り口に向かうと、その横の石垣に片手をついてうずくまっている少女に近づいた。赤いのベレー帽に白いコート、そしてその帽子からのぞくのは金色の長い髪。染めたものではない、天然の金髪はなんともいえない綺麗な輝きを放っていた。その少女を取り囲むように2人の屈強な男たちがスーツ姿で立っている。チラッと横を見れば、道路脇に黒いベンツも見えるために外人のお嬢様であることがうかがい知れた。
「珍しいっていうか・・・」
こんなところに外人のVIPがいることが珍しいのか、それとも違う意味か、司はそう呟くと少女に近づいた。途端にガードするように男たちが立ちふさがるがそれをするりとかわして少女の脇に片膝をついた。
「辛いね・・・すぐ治す・・・けど・・・」
歯切れの悪い言い方をしつつ、司は男たちに英語で何かを言われつつ左腕を掴まれるが、その相手の腕に右手を当てた途端、男はあわてて腕を離した。触れられた場所が熱く、そして鋭い痛みを感じたからだ。司は驚く男ににんまりと笑うと、左手を少女の胸に置いてやや強めに押した。少女は抵抗もせず、苦しげな顔を司に向けるだけだ。司は笑みをそのままに右手を少女の背に置いてぐっと押し込んだ。その瞬間、少女は嘔吐するような声を出し、両手を地面につける。それを見た男は英語で怒鳴りつつ無理矢理司を立たせると腕を取って背中に回し、そのまま石垣に体を押し付けた。
「ちょっと痛いって・・・・え、と、痛いってのは英語でなんて言うんだっけ?」
苦痛に顔を歪めつつもこういうことが言えるのが実に司らしい。
「放しなさい」
きつめの英語が飛んだ瞬間、司は解放されていた。口元に笑みを浮かべつつ、ほどけたマフラーを直す司は立ち上がった少女を見てさらにその笑みを濃くした。金髪の少女はさっきまでの苦痛の表情を消して司の前に立った。さっきまでの真っ青な顔色は失せ、血色のいい、頬をピンクに染めている。
「ありがとう」
「いんや、気にしない」
にんまり笑う司に小さく微笑んだ少女だったが、さっきのお礼の言葉が流暢な日本語であったことを思い出した司は少女をまじまじと見つめた。整った顔はまだ幼い。なにより、さっき触れた胸はまだ膨らみかけのようだった。
「わたしはキャサリン。助けてくれてありがとう」
「お礼はさっき聞いたからもういいよ。俺は神手司」
キャサリンの差し出した手に自分の手を重ねて握手をする。そのまま彼女の胸元で揺れている白い玉の埋められたネックレスに目をやった。車で移動中に気分を悪くしたようで、キャサリンは薄着だ。白いブラウスの上から薄いピンクのカーディガンを羽織っているだけの状態である。
「君は霊力がそこそこな上に憑かれやすい体質みたい。だから、これ、やるよ」
そう言い、司は左手首にはめている銀色の数珠を外して差し出した。
「予備がこの間届いたし、あげるよ。これは霊的な防御をしてくれる。はめてなくても持ってて、さっきみたいになったらつけるといい」
数珠を受け取ったキャサリンはまじまじとそれを見て、それから不思議そうに司を見やった。司はずっと笑みを絶やさない。
「俺、霊能者だからさ」
「私も霊感あるから、わかるよ。こういうのしょっちゅうだから、だから、ありがとう」
微笑むキャサリンに笑みを濃くした司は時々ネックレスへと視線をやる。それに気づきつつも何も言わないキャサリンだが、男に耳元で何かを囁かれて頷いた。
「もう行かなきゃ」
「うん、じゃ」
「また会いましょう」
「機会があれば」
「あるよ」
「へぇ」
それがどういう意味か全く聞かずに笑う司にキャサリンも微笑んだ。そのまま車に乗り込むと軽く手を振り、そのまま車は行ってしまった。司は車を見送り、それから歩き出す。
「霊感があるのはあのネックレスのせい、か?」
司はそう呟くと冷たい風に吹かれてぶるっと身を震わせ、早足で家へと向かう。流暢な日本語を話し、屈強な男たちを従えたキャサリンがお嬢様であることは分かったものの、それだけで司の中でキャサリンの存在は薄くなった。元々他人に興味を持たない性格だけにあっさりしたのものだ。さっさと自宅に上がると自室へ向かう。だが暖房が入っていないために部屋の中は寒く、コートとマフラーを取って着替えを手に取るとそのままリビングへと向かった。扉を開ければ、そこにいるのはこたつに入った凛だ。
「おかえりなさい」
「ただいま」
暖房が入り、こたつもあるこの部屋は天国のようだ。司はここで服を着替え始めた。下着だけになろうが気にしない。凛も慣れているのかせんべいを食べつつテレビを見ている。司は部屋の隅に制服を押しやるとこたつの中に入ってきた。
「あー、極楽だよ」
「おじいさんみたいね」
「なんでもいいよ」
横になってテレビを見る司の足に自分の足を絡めていく凛。司は足から逃れようと身をよじるが、凛はそのままこたつに潜り、司の横に顔を出した。狭い場所に2人で密着するようにしてみせる。司は少し体を固くしたが、凛はお構い無しに司に体を押し付けた。豊かな胸が司の背中に当たるが、当てている凛が平然とし、当てられている司は顔を赤くしつつ体の硬直を強めた。
「あのさ・・・」
凛は手を司の胸に回しつつ耳元に唇を寄せてそう言った。司はゆっくりと深呼吸をしつつ、体の硬直を少しだけ緩めた。親友に言われて深呼吸をして力を抜くようにしてからは、こういった凛の行動に対応できつつある。さすが秀才で彼女持ちの親友の助言だけに効果はてき面だった。かつてのトラウマから愛情とか恋愛感情を失い、同時に羞恥や嫉妬などの感情も失くしている司だが、その唯一の例外がこの凛である。前世からの因縁で恋に落ちたわけではないが、司の中に無かった愛が再び生まれたただ1人の女性だ。そのせいか、こういうスキンシップも恥ずかしくてままならない状態だったが、夏以降は徐々に解消されつつある。それでもこうしてそっと抱き合うことしか出来ず、自分からキスをすることも、ましてや正面きって抱き合うことなど出来るはずもなく中学生以下の恋愛をしている状態だった。それでも凛にしてみれば自然と手を繋いでデートが出来るようになっただけでも大きな進歩だ。付き合ってもうすぐ1年になるが、こういった司の小さな進歩が大きな未来に繋がっていると信じられた。だから焦りもない。この行動が自分にしかないのが愛情であり、キスや体の関係だけではない充実さをくれているのだから。かといって、やはり身も心もつながりたいと思う自分もいる。特にこういったシーズンはそれが強く出てしまい、今もこうした行動に出てしまったわけだが。
「あのさ・・・クリスマス、どうする?」
密着しながらそう聞く凛の言葉に司は少し考え込むような仕草をみせた。去年はまだ付き合っていた状態ではなく、町内会の忘年会で不在の父親の信司、友達とパーティに出かけた妹の美咲のせいで図らずも2人きりになったが、チキンを買って家で食べただけだ。お互いに内緒でプレゼントを買っていたが、それは日ごろのお礼を込めたものにすぎない。だが、今年は付き合って初めてのクリスマスなのだ。凛としては何かしらの思い出が欲しいと思っての言葉でもあった。来年の春から司は宮司の養成所に通うためにここを離れる。2年間とはいえ、遠距離恋愛になってしまうのだ。連休などには帰ってくるとはいえ、やはり寂しい。だからこそ、思い出と心の繋がりが欲しいのだ。
「普通はいいところで飯食うとか、そんなのだろ?」
これも女性を人間という一くくりでしか見れないため、司にとってはどうでもいいことだった。何故クリスマスだからといって恋人同士が特別な夜を過ごすのか理解不能なのだ。それは凛を好きになった今でも変わらない。特別に何かをする意味がわからないのだから。
「別にそういうんじゃなくてもいい。でも・・・」
特別な日にはしたい、凛はその言葉を声に出せなかった。理解できない司にそれを言えば、ただのわがままにしかならない。離れてしまう未来があるからこその想いだが、司はそうまで考えていないからだ。会えないのは寂しい。だが全く会えないわけではないのだから。
「まぁ、そうだな。いいもん食ってみっか」
司はそう言った。かといって今から予約しようにも人気のお店は既に埋まっているだろう。
「何かリクエストとかある?」
「んー・・・美味しいもの」
めんどくさがりの司が自分で考えることを止めて自分に聞いてきたのが分かるだけにそう返したのだ。渋い顔をした司は小さくため息をつくとのそのそとこたつから這い出た。そのまま制服のズボンをまさぐるとスマホを取り出してどこかへラインだかメールを始める。そんな様子を見つつ、凛は微笑みながらせんべいに手を伸ばすのだった。
*
「恩に着るよ」
『お前、本気で言ってないだろ?』
「本気も本気、感謝感謝!」
『その言い方が信用ならん』
「あ?そう?おっかしいなぁ」
『おかしくはない』
「あっはっは。何にせよ助かった。ありがとう」
『凛さんのためだ』
「そっか」
『じゃぁな』
「おう。サンキューな」
電話を終えた司はベッドの上でニヤニヤしている凛へと顔を向けた。少しため息じみた息を吐き、椅子から立ち上がってそのまま凛の横に向かった。
「予約してもらった」
「戸口君の知り合いのお店?」
「そう。親戚がやってるレストラン。フレンチだってさ」
「やった!私からもお礼言っておくね」
この夏に知り合った戸口明人はただ1人、司が親友と呼べる存在である。違う高校に通う同い年だが、司が子供なら明人は大人である。その明人は幼馴染である彼女、志保美苺と付き合っており、その苺は凛と仲がいい。今回は明人に今からでも予約が取れそうな美味しい店をラインで聞き、その返事が今の電話だったのだ。無理を言って親戚に頼んでくれたようでそこは司も深く感謝をしていた。
「これで一安心」
「でも戸口君たちはいいのかな?」
「別の店を予約してるとか言ってたし、いいんじゃない?」
「そっか」
司の心が壊れ、そして自分に対してのみ再生されている愛情。それは今も変わらない。最近は少しずつだが変化も見られ、抱きついたりしてもそう硬直しないようにはなってきている。それでもまだその反応は過剰でしかない。凛にしてみれば普通の愛情表現も司にとっては恥ずかしく、照れる行動でしかないのだ。それを熟知している凛はそっと司の頬に右手を沿え、それから目を閉じる。司からキスをしてくるというのはまずありえないため、こうして凛が予備動作的なことをして初めて司は行動に移せるのだ。これだけでも大した進歩だと思える。今回も凛のその合図を見て、司は緊張気味に凛の唇に自分の唇を重ねるために頭をずらし始めた。と、その瞬間にタイミング悪く凛のスマホが大きな着信音を立てて騒ぎ始める。驚きで顔を離した司がベッドの脇を見てみる。その顔はどこかホッとしているようにも見え、凛は不機嫌そうにスマホを手に取るとそこに表示された名前を見てさらに唇を尖らせた。
「もしもし」
明らかにご機嫌斜めといった口調に背筋を凍らせた司はそそくさと部屋を出てトイレに向かう。そんな司を睨んだ凛は咄嗟にその手を握ると強引にベッドに座らせた。
『ありゃ・・・もしかしてお邪魔なタイミングだったかな?』
「で、なに?」
『あっはっは!ゴメンねぇ・・・もしかして・・・初体験の真っ最中、だったり?』
「で、なに?」
2度目の台詞には1度目には無い気迫が込められる。そのため、電話の相手である鈴木裕子はしばらくの間黙り込んでしまった。
『あ、うん・・・久々にランチでもどうかなって、さ』
明らかにテンションの変わった裕子に苦笑しつつ、凛はそれを承諾した。その後は他愛の無い話に花を咲かせ始めたので、今度こそ司は部屋を出た。
「やれやれ、だな」
そう呟いた顔が跳ね上がるようにして右側を向いた。方向的には西を指す。
「なんだろ、この・・・変な・・・不愉快な感じ・・・」
目を細めるが、大まかにしかその雰囲気というか気配は感じない。だが、ザラリとした感じというか、不快を示す空気がそこから感じられた。
「なんだろう・・・」
それ以上何も感じられず、司は首をひねりながらもトイレに入るのだった。