終章
駅の前に立っている美女に、通りすがる男性たちが皆振り返る。肩にかかるかどうかの黒い髪が春風に揺られているのもまた彼女の清楚さをさらに浮き彫りにしていた。薄く赤いルージュが輝く唇が笑みを形作る。誰が見ても美人だと思うその笑顔を見つけて、改札の向こうにいる男性がにんまりと笑って手を挙げた。女性もまた小さく手を振る。つい3ヶ月ほど前、正月に会ったばかりだというのにもう懐かしい気がしていた。男性は改札を出ると嬉しそうに微笑む女性からのハグを受け、照れた笑みに変化させつつも女性を強く抱きしめた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
少し体を離して見つめあい、そう言った。体を離した男性、司は短くなった女性の髪にそっと触れる。その女性、凛ははにかんだ笑みを浮かべつつ司の背中に回していた手を離した。
「似合う?」
「ああ、似合ってる」
正月休みが明けてすぐにばっさりと髪を切っていた。司には知らせず、驚かすために黙っていたのだ。予想通り驚いた司を見て満足そうにした凛は前髪も襟足も短い司もまたぐっと大人っぽくなったとあらためて感じていた。離れていた2年の中で司が帰省したのは合計で7回だ。しかも連続で最大4日しか一緒にいられずに随分と寂しい思いもしたが、もうそれもない。2年間の修行を終えた司は神咲神社を継ぐべき資格を得て戻ってきたのだから。凛はそのまま駅のロータリーに駐車しているワンボックスカーに向かう。運転席に凛が座り、司が助手席に乗り込んだ。
「俺も免許取らないとなぁ」
「そうだね、近いうちに申し込むといいよ」
「そうする」
もっと家から近い駅で待っていても良かったのだが、早く会いたいために凛が免許を取ってからはここでお出迎えをしていた。ここから車で1時間ほど走れば自宅だ。今日は日差しもあって暖かい。3月始めとは思えないほどの陽気であり、車の中のエアコンを調節し、凛は軽快に車を走らせた。
「どうでした、2年間は?」
「別に・・・知ってることばっかだったし・・・めんどくさかった」
2年経っても司は司だ。凛は声を出して笑い、司も微笑んだ。
「友達もできたんでしょ?同じ宮司のさ」
「んー、まぁ、友達もできたけどな。けどまぁ、いろいろあってさ」
「いろいろって?」
赤信号になって車を止める。そのため顔を司の方へと向けられた。まだ免許を取って1年と少し、よそ見をしながらの運転は怖かった。こういった話は帰省中にはしていない。ただ凛が司に寄り添ってデートをしていただけだ。修行の内容も聞かず言わず、ただ他愛のない会話をしていたのだった。
「最後の研修で行ったところに化け物がいてさ・・・んで、まぁ、アレだ」
凛の表情が曇っていくのがわかった司は言葉を濁す。
「祓ったんだ?」
「調子に乗ったヤツがいてさ、ひっくい霊圧のくせにちょっかい出すから、仕方なく」
「じゃぁもう、全国的に有名人になったわけ?」
「そこまで大げさじゃない・・・関東東北のヤツらばっかだったしさ」
司はそう言い、窓の外の景色を見た。見た目は少し大人びたが中身は司のままだ。2年前と何ら変わらない。
「けど、信司さんが手ぐすね引いて待ってる。未生もね。山ほど仕事があるから、覚悟しておいて」
前を見たまま車を運転する凛のその言葉に心底うんざりしたような顔をした司はため息をついて前を見た。帰る度に除霊をさせられた2年間だったが、これからはまたそういうのが日常になるのだ。
「私もして欲しいこと、いっぱい用意してあるから、そっちもそのつもりで」
凛が神社の経営を学んでいることは知っている。帰る度にそういう話をしていたからだ。これからは信司に替わって神社の基幹に関わることもしなければいけないだけに、司は難しい顔をしていた。何をさせられるのか、それを考えるだけで頭痛がしてくる。
「そのつもりって、どんなのさ?」
司は前を見たままそう聞いた。凛は横目でチラッと司を見つつ、意味ありげにニヤニヤした顔をしている。こういった顔をする時はろくなことを言わないのを知っているだけに、司はあえて凛を見ないようにした。
「そうね、まず毎日キス、んでハグ。一緒にお風呂に一緒に寝る、それから・・・・初体験、かな?」
想像を絶するその提案に顔を引きつらせて凛を見た。凛は微笑を浮かべたままチラチラと司を見つつ運転を続けている状態だ。
「前途多難だ・・・」
ガックリしながらそう呟く司に凛は声を出して笑った。
*
神手司、その名の通り神の手を司る男。
最強にして最高の霊能者。
宮司となった彼が様々な奇怪な事件に巻き込まれ、それらを解決するのは、また、別の物語である。
神手司の物語、一旦はここまででです。
が、続編といいますか、まだ続きは書きます。
本当はここで終わるはずだったのですが、司のキャラクターを思いのほか気に入ってまして、アイデアはまだ湧いている状態です。
とはいえ、かなり不定期更新になりそうですが・・・
ここまで読んでいただきありがとうございました。




