余韻の中で
結局、覇王の言った通りの場所でジェイムズたちの遺体が見つかった。死因は心臓発作となっているものの、原因は不明だ。その事件は霊的な実験の失敗ということで処理されたものの、いまだに全米の話題の1つにはなっている。何より、世界規模で起こった異常現象のニュースで持ちきりなせいか、そのニュースの話題性は大きいものの取り上げ方は小さかった。日本では大規模停電の際に停止した原子力発電所の待遇を巡り、政府の対応のまずさが浮き彫りになっており、放射能漏れの事態もあってそのニュースで持ちきりだった。停電やオーロラ、異常気象の原因はお台場上空での巨大な磁場の乱れと説明され、巷では宇宙人の策略だの、宇宙磁気嵐の影響だの様々な憶測を呼んでいた。あの日お台場にいた人々が司や覇王のことをインターネットで暴露し、光る人間の映像などを公開するが全ては謎のままである。実際、司や覇王の写真などは残っていない。混乱と、何より時空の乱れでそういった機器が作動しなかったこともある。だが、知る人が見れば分かる、その程度の情報にはなっていた。現在、キャサリンは愛理の保護の下で国に帰り、父親の葬儀を終えて残務処理に追われている。ジェイムズの弟や親類の素早い対応もあって、キャサリンがどうこうすることはないが、今は悲しみに暮れているのだった。ただ、彼女が帰国に際して司に送った言葉は愛里を通して伝わっている。
「ありがとう。ツカサは神様みたいな人でした」
*
今日は風もなく、空は曇りがちながら雪や雨が振りそうな天気ではない。波も穏やかであり、港を出た船もまた揺れもなく順調な航海を続けていた。今日はクリスマスイブ。来武と未来はディナークルーズを楽しんでいた。あの覇王が起こした事件から約二週間。遮那と零、そして刃のことで一週間を費やしたこともあって、ようやくゆっくりした時間を過ごしているのだ。窓から見える東京の夜景を見つつ、豪華なディナーを楽しむ2人の話題は周囲の恋人たちのものとは一風変わっていた。
「結局、零って人は出雲で預かるみたいだ」
来武はシャンパンを手に取りながらそう言い、未来は景色から来武に顔を向けた。
「霊玉がなくなったから5つの家をまとめるって・・・簡単なことじゃないでしょうね」
「刃さんもいるし、彼女ならできると信じたいな」
霊玉が原因で5つの家はバラバラになった。その霊玉も今はなく、衰退の一途を辿る5つの家系をもう一度纏めたい、遮那はそう宣言したのだ。刃のバックアップもあるし、何より、今回の覇王の起こした動乱はどの家にとっても脅威だ。だからこそ連携し、新たなる覇王を出さないようにしようというのが遮那の考えだった。それに司の存在が知れ渡ったのが大きい。霊玉を制御した覇王を倒した司、伝説の祭司であるアマツの生まれ変わりであるその存在は脅威であり、歯止めであり、そして希望だ。宇宙すら手に入れる力を持ちながらそれを使用せず、1人の人間として生きているという事実。敵にはしたくないという意思もあって、5つの家系はまとまりを見せつつあった。完全に昔のようになるにはまだまだ時間は掛かるだろう。それでも大きな一歩を踏み出したと信じたい。
「でも2年ほどしたら刃さんと遮那さん、結婚でしょ?いいなぁって思う・・・刃さん、かっこいいし、包容力もあるし」
「俺にもある、と言いたいけど、まだまだ男を磨かないとなぁ」
「でもらいちゃんも十分包容力あるよ」
「そうかな?」
「前世のカグラも本当は優しい人だったって言うし、実際に今の現世前世合体らいちゃんはそんな感じだし」
「合体って・・・まぁ、親も驚くほどの人格変異だからな」
苦笑する来武に未来も微笑む。来武はネオンの輝く夜景を見つつ、シャンパンを口に含んだ。
「やっぱ前世って影響するのかな?」
未来はオレンジジュースのストローを指でくるくる回しながらそう呟く。カグラの良心であった前世を取り込んだ来武はそれまでの未生来武の尖った部分が消え失せ、優しい人格が前に出るようになった。未来や凛に言わせれば従来の来武らしさが消え、別の人格が出てきたと思ったほどだ。
「それはない、と思う。俺が特殊だっただけだよ。現に凛や神手は違う。少し似ている部分はあるけどね」
「でも凛さんって、ミコトさんにすごく似てるんじゃないの?話を聞く限りそんな感じだけど?」
「似ている部分もあるが、ミコトは常に一歩下がった位置にいた。カグラに対してもアマツに対しても。でも、凛は違う。上手く愛情を伝えられなかったミコトとは違い、まっすぐに、素直にそれを伝えている」
「前世の後悔が影響した、とか?」
「そうかもしれないし、違うかもしれない。神手なんて、アマツとは正反対というか、全然違う。アマツはめんどくさがりじゃないしな。彼はクソが付くほど真面目だった。まぁ、堅物で、偏屈だったが」
苦笑をし、そう言った来武は運ばれてきたメインディッシュを見て微笑に変える。未来もまた目を輝かせて目の前に置かれた皿を見つめていた。
「けど、1つだけ確かなのは・・・俺たちは前世の能力をそのまま持って生まれ変わった」
優雅な手つきでナイフとフォークを持つ来武を見やった未来もまた同じようにしている。
「俺の持つ霊を取り込んで浄化する力、高い霊圧を持って封神十七式を使い、光天翼すら運用する神手。それに、第三者の能力を増加させるミコトの能力を持った凛」
最後の言葉に疑問を感じた未来はステーキを切りながら来武の方を見やった。少なくとも凛には霊力も霊圧もない。生まれ変わる課程で得た光天翼を持っているものの、実際にそれを使うことも出来ない。ただ司を思うと発光して司がアマツだと知らせているだけだ。
「彼女が光天翼を持っているのは、多分、神手を守るため。あいつの力が及ばない相手に遭遇したとき、その力を開放させるのが凛の能力だと俺は思う」
「司を守るために?」
「ミコトの祈り、なのかもしれない。けど、それは神手を想う凛の気持ちでもある。結局、前世でも現世でも2人は愛し合った。その結果、だろうけどね」
穏やかな表情でそう言う来武に微笑み、未来は頷いた。2人は前世の因縁と関係なく出会い、想いあった。その結果、凛を守りたいと思う司と司を守りたいと思う凛の意思に高次元のエネルギーである波動存在が応えたのだろう。それが光天翼となり、覇王にはない強大なその力を行使できたのだろうと思う。
「愛の力だね」
ステーキを堪能しつつそう言う未来に笑みを返し、来武もまたその味を噛み締める。
「大学を出たら、親父の研究室を手伝いながら高次元のことや霊圧のことを研究したいと思っている」
来武はそう言い、シャンパンを飲んだ。未来はその言葉に驚きつつも頷いてみせる。
「基本的に神手の手助けをしながらになるんだろうけど・・・それが一番いい研究だとも思うから」
「そうだね。霊圧も高次元のも、司の傍にいれば理解できそうだしね」
「君に不自由はさせない程度に稼がないといけないし、まぁ、やりながら臨機応変に対応するよ」
その言葉にきょとんとしていた未来の顔が徐々に悪戯な笑みに変化していく。それを見つつ小首を傾げた来武は不思議そうにしながら肉を頬張った。
「まさかこんなに早くプロポーズされるなんて・・・・さすがはクリスマスイブだわ」
にっこり微笑んでそう言う未来に対し、そんなつもりで言ったのではないために激しくむせかえる来武は涙目になりながらあわててシャンパンを飲むのだった。
*
おしゃれ、という感じの店ではなかったもののアンティークな造りにはなっていた。フランス料理の店だが、それを感じさせない造りは凛の予想を裏切るほどの好感を得ていた。目の前に座る司はただ料理だけを堪能している。丸いテーブルに赤と白のクロス、明かりはろうそくといった感じがいかにもクリスマスらしさを持っていた。盛り付けもそれを意識した感じが出ており、ますます凛はこのお店を気に入ったのだった。予約を取ってくれた戸口明人と、笑顔で迎えてくれたその親戚に感謝をする。
「そういえばさ、来年にでも遮那さんが出雲に来てくれって言ってた」
凛はふとそれを思い出し、そう告げる。ただ、この春から司は遠くの宮司養成所に通うために年に数回しか帰省せず、そうなると遮那の要望には応える事はできない。
「あぁ、それな、凛と美咲だけだってさ」
「え?そうなの?」
「家系を纏めるために利用させて欲しいとか言ってた。時期がくれば連絡くるさ」
前菜を食べつつそう言う司だが、普段のようながっついた食べ方をしていないだけに一応はマナーを知っているらしい。スープも音を立てず飲むなど、凛としては少々驚いたほどだ。
「美咲ちゃんはともかく、なんで私?」
「光天翼じゃないの?」
素っ気無くそう言う司の言葉に怪訝な顔をする。そう言われても自分で使うこともなければ感じることもない。実際、この間も何故発動したかは謎なのだ。それに使用しても命の危険もなくなり、完全に制御した司からまた自分に戻ったことも腑に落ちない。元々この力はアマツのものであり、受け継ぐならその生まれ変わりである司のはずだ。納得できない顔をする凛を見つつ、わけのわからないことを深く考えない司は前菜を食べ終えてフォークを置いた。
「行ってくればいいじゃん。鈴木とかも連れてけば、ちっとはあの歪んだ性格も直るかもな」
にんまり笑ってそう言うが、裕子が聞けば怒るだろうと思う凛は苦笑し、ジュースを一口飲んだ。司はろうそくの炎をぼんやりと見つめている。そんな司を見て、この間の事件が収束し、偶然にも刃と遮那が話をしているの聞いていた凛はその話を司にしてみることにした。
「あのさ・・・キャサリンって・・・・本当は・・・・」
「死んでる。いや、死んだというか、んー・・・・・・・・・まぁ、そんな感じ」
絶対に途中でめんどくさくなったなと思う凛だが、やはりそうかと俯いた。刃と遮那もまたそういう話をしていたからだ。
「キャサリンと母親が事故にあったらしくてな、母親は即死だったんだと。で、キャサリンは頭を打って意識不明の重体。もう魂が抜けかけていた時に研究成果だったあの白い玉、ちっさな霊玉だな、それを受け皿にしてあいつの魂をそこに入れて無理矢理肉体にくっつけたんだよ・・・・多分」
ジェイムズはキャサリンを溺愛していた。だからこそ、病院に担ぎ込まれた瀕死のキャサリンを見て唯一の成功例であるあの白い玉、霊玉と同等の力をもったそれに魂を取り込ませ、キャサリンの肉体に循環させたのだ。
「あのネックレスがなくなったら、彼女は死ぬの?」
「さぁ・・・魂自体は体にある。ただ、一度抜けただけに抜けやすいわなぁ・・・」
「そうなんだ」
「だからこそ、その玉にすがろうとその辺の霊が彼女に寄って来るんだ。昔からそういった霊媒体質だったみたいだし、だから玉に入れた魂もすんなり取り込めたんだろうけどな」
「そうなんだ・・・なんか、難しいね」
母親を亡くし、自分もまたあやふやな人間になっている。その上、父親も亡くした彼女の失意は計り知れないでいた。けれど、彼女自身が自分の秘密を知らないということだけは希望になる。両親の形見のようになったネックレスを手放すこともないだろう。
「佐田さんが親身になってたし、大丈夫だよね?」
それがキャサリンを示すと悟り、司は小さく微笑んで凛を見つめた。
「彼女も20年ぐらい前に母親を亡くしている。憑かれて、取り殺されたみたいだ」
「え?」
「詳しくは知らないけどさ、彼女の母親が彼女を守ってた。特殊な霊圧はそのせいだ。んで、母親を取り殺したヤツは浄化されずに今でも遠くから彼女を狙ってる・・・土地に縛られてるのか、そこから出れないみたいだけど」
司はそう言い、新たに運ばれてきた料理を見て目を輝かせた。凛は少し暗い顔をしつつ、小さなため息を漏らす。いつかはその霊とも対峙する時が来るのだろうか。正直な話、もうそういう危険なことはして欲しくないと思うが、それができるのは司だけだ。覇王や疾風、零などでは及ばない霊圧を持つ司は日本で、いや世界でも最強の霊能者なのだから。
「いつかは、それとも戦うの?」
「依頼があれば、ね・・・無い限りは無視するし、依頼されても面倒だから何もする気ない」
そう、言葉通り依頼が来るまでは動かないだろう。つまり、そうなれば対応すると思う。それがどんなに危険でどんなに強大な相手でも。それが司なのだから。




