神と悪魔
強烈な霊圧、そして言い知れない圧倒的な気配。それが高次元のエネルギーそのものであるため、それに耐え切れずに倒れこむ人が続出している。最早お台場は地獄と化していた。高い霊圧を持つ者でなければ自意識を保てないのだから。美咲の霊力を霊圧に変換しつつバリアを張る来武の額に汗が滲む。このままではそう長くは持ちそうにない。そうなればここにいるほぼ全員が気絶するか、最悪は死に至る。
「天蓋霊幕」
声が響いた途端、来武の負担は軽くなり、疲労感が出ていた美咲の顔色も良くなった。あらゆる霊的なものを一切寄せ付けない絶対的霊的防御術、それは遮那の扱う術だと知っている来武は心配そうな顔を遮那に向けた。
「俺も手助けしたいが・・・低い霊圧じゃ・・・」
「でも遮那さんだって・・・」
確かに、来武と美咲、そして遮那の霊圧は似たり寄ったりながら低い方だ。対する零の霊圧は疾風や覇王同様増減できる。それは遮那にも十分分かっていたが、一つだけ疑問に思うところがあった。それは裏出雲への襲撃の際、刃には疾風も零も手も足も出なかったことだ。それがこの数日の間に出来ているという謎。おそらくは覇王の入れ知恵なのだろうが、だからといってそう簡単に出来るものなのだろうか。遮那はその特殊な霊圧を利用し、両目を開いていた。周囲の属性に霊圧を重ねる零の技はこうした方が対処しやすい。現に防戦一方ながら遮那はその攻撃を全て事前にかわしているのだから。しかしかわすだけでは勝てはしない。遮那の霊圧では絶対に零に勝つことはできないのだ。だが、遮那には勝算があった。それは果たして勝算と言えるのかは疑問だったが。とにかく、一撃必殺のためにその時を待つしかないのだ。特殊な霊圧の効果か、天蓋霊幕を張っていても自分自身の霊圧に変化はない。遮那は先読みしつつ零の攻撃をかわすが、この小さな体では疲労の蓄積が早すぎた。思わずよろめく遮那に渦を巻いて迫る水柱。海水を利用した零の攻撃をもろに受けた遮那はそのまま渦に飲まれつつ空中を舞い上がる。20メートルほど上がったところで水は拡散し、遮那だけが空中に放り出されるようになってしまった。
「遮那さん!」
凛が叫ぶが遮那は意識を失っているのか脱力したままだった。そのまま落下する遮那に追い討ちをかけようとした零の腕が止まる。光り輝く七色の幕が凛の周囲を覆っていた。
「まさか・・・光天翼?」
その一瞬の隙が明暗を分ける結果となった。落下していた遮那は綺麗な着地を決めると一瞬で零に詰め寄り、その下腹部に右手を添えた。驚く零が霊圧を込めるのと遮那がつぶやくのはほぼ同時だった。
「断」
ビクンと体を揺らし、片膝をつける零。そのまま遮那は両手を零にかざした。
「霊光共振」
螺旋状に立ち上るのは零の霊圧だ。その霊圧は零の体に強烈な痛み、苦痛を与えつつ上昇して消えた。零は意識があるものの、全ての霊圧を失って倒れこんだ。
「あなたの霊圧を操りました。2、3日は霊圧が回復しないでしょう」
「どう・・・して?」
「殺さないのか?」
その言葉にかすかに頷く零に遮那は小さく微笑んだ。
「気まぐれ、って言いたいけど、やはり人を殺したくないのよね」
薄く微笑むその顔を見つつ、零は覇王に迫る司の方を見やった。
「・・・・・・きっと後悔するから、あんたら、みんな・・・・」
「かもね。でも、きっとしないわ・・・特に彼は、ね」
遮那は疲れた顔をしつつ司の方を見て、零をそのままに近づいてくる刃の方に向かった。血だらけの右手を挙げる刃に目を閉じたまま微笑み、そのまま来武たちの方に向かうと覇王と対峙する司の方を見るのだった。
*
もはや霊圧ではないものを持つ覇王を前に、司は悩むことなく対峙している。高次元のエネルギーに霊圧が通用しないことはカグラとの戦いで既に学んでいる。対抗できるのは光天翼だけだが、その発動のさせ方がわからないのだ。かといって使えないものを当てにはしない。
「ところでさ、霊玉っての、どこにあんの?」
風が渦巻き、海が荒れ狂う、そんな状況下でこんな言葉が出せるものなのだろうか。その元凶となる覇王は浮かべた笑みをそのままに、自分の胸を指差した。
「俺だ、俺自身が霊玉だ。分かるか?この俺はもう人間じゃない、神になったんだよ」
「へぇ」
完全に疑っているようなその物言いに初めて覇王が怒りの目を向けた。
「ならば、見せてやろう。名前の通り、宇宙の覇王になった俺の力を!」
その瞬間、まるで悪魔のそれのような形状をした光り輝く翼が出現する。覇王は髪を逆立てると司を見てニヤリと微笑んだ。全身もまた光を帯び、隠されていた右目もまた金色に輝いていた。
「なるほど、右目だけがずっと霊視眼だったのか」
あえて髪で隠し、その存在をぼかしていたのだろう。覇王はそのまま宙に浮き、お台場にあるテレビ局の独創的な球状の物体の上に舞い降りた。そうして海に向かって右手をかざす。
「見ろ!霊圧では不可能なこの技を!」
光る右手から閃光が海に走る。沖合いを行く船にそれが直撃して炎上、さらに巨大な水柱が天に向かって伸びていった。よくあるアニメで見る攻撃に似ていたそれを見た司は感心したような顔をしつつ燃え盛る船を見つめた。来武や遮那たちはただ驚愕の表情を浮かべることしか出来ない。異質なエネルギーである高次元の波動はこの世界にはない物なのだ。それ故、こんなことも可能にしている。
「凄いな・・・正直、ちょっとやってみたい」
司はそうつぶやき、覇王へと顔を向ける。覇王はそんな司を見て満足そうに笑うとさらに上昇を始めた。
「さぁ、ショーの始まりだ!」
覇王がそう叫ぶと、その全身の光が七色に明滅する。するとその真上にオーロラが出現したではないか。いや、それだけではない。あらゆる電気が止まり、緩い地震が発生する。雲がありえない速度で流れ、海が渦を巻いて上昇し、風は突風となって大地を凪いだ。世界各国でも同様の異常現象が巻き起こる。原発やその他の発電所も緊急停止して対応に追われる作業員。突風がビルのガラスを割り、逃げ惑うサラリーマン。海が沿岸の船を巻き上げつつ空中に持ち上げたりもしていた。
「止めるんだろ?止めてみろよ!出来るのであればなぁ!」
高らかにそう言って大笑いをする覇王が指先を司に向けた。そこが光ったと同時に司が駆けた。足元に穿たれる穴。当たれば確実に身体を貫通し、致命傷になるであろう攻撃だ。一瞬だけ感じる霊圧を頼りに避け続けるが、その全てが当たる寸前だった。広範囲への攻撃を行わないことから遊んでいるのだろう。大きく飛びのいたそこには気を失った疾風がいたが、覇王は容赦なく疾風にその攻撃を浴びせた。当たった瞬間、疾風はまるで消し炭のようにして消滅する。もう覇王にとって味方などいないのだ。自分はもう生命の枠を超えた存在であり、死すら意味のない神なのだから。そんな覇王がニヤリと笑い、身体を起こしていた零に指先を向ける。
「覇王様!?」
「零・・・お前はよくやってくれたよ。まぁ、霊玉を制御できない場合はお前らから霊圧を奪う気だったし、もう消えていいよ」
頭に直接響く覇王の言葉が信じられない。ガクガクと体を震わせ、零は何度も首を横に振った。
「嘘ですよね?覇王様は、私の希望・・・・・・・私の・・・・・愛していたのに・・・」
「愛?希望?バカかよ・・・お前みたいな汚れた女、誰が好きになるか。道具だよ、道具!」
高笑いする覇王の声はもう零の耳には届いていなかった。勝手に流れてくる涙。希望は絶望に変わった。どんな時でも優しい言葉をかけてくれた覇王は偽者だった。最初から狙いは自分の霊圧だったのだ。だからこそ、周囲の霊圧を取り込む術を授け、その霊圧を上げることを主としていた。がくりと頭を下げ、溢れる涙を止められなかった。本気で愛していた。愛されていると思っていた。他の男とは違い、自分には一切手を出さなかったからこそ信頼もしていたのに。もう生きていく気力もない。殺して欲しいと願う。その思考はダイレクトに覇王に伝わった。
「望みどおり殺してやるよ。じゃぁな」
指先が光る寸前、司が零の前に立った。怒りの目を覇王に向け、零をかばうように。
「司君っ!」
絶望に彩られた凛の叫びは閃光にかき消された。司と零がいた部分が爆発する。誰もが絶句する中、遮那と美咲だけが震える唇をどうにか動かし、声を絞り出した。
「好き好きオーラの光だ・・・」
「七色の光・・・・美しい・・・」
爆発で舞い上がった塵が消えていけば、そこにあるのは七色の輝きを持った4つの翼が存在していた。十字を描くように司の前に現れたそれは間違いなく光り輝く天使の翼、光天翼だった。
「やっとこさ許可も下りたし、こっからがマジだぜ」
微笑む司はそう言うと零を見やった。覇王は驚愕の表情を浮かべつつ、徐々にそれを笑みに変化させる。ようやく見られた光天翼に興味が沸いたのだ。今、この世界で自分と対等の位置にあるのは目の前にいる司だけなのだから。高笑いをする覇王を見つつ、司は片膝をついて零の肩に手を置いた。
「遮那たちのところへ行け。少しは安全だろう」
「もう、死にたいの・・・・・私は・・・・」
「助けて欲しいときはそう言え。助けて欲しいなら自分の声で助けてと、そう言え。そしたら、あんたの願いは叶えてやるからさ・・・死にたいって願いも」
その言葉に、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた零は司の服を掴んでいた。
「私・・・・どうしたらいいの?」
「生きて、それから考えりゃいいじゃん。世の中広いんだから」
司はにんまり笑ってそう言うと、優しく零の手を取って立ち上がった。そのまま覇王を見つつ小さく息を吐いた。異常現象はさらに拡大しているようだ。
「あの野郎、やりたい放題だな」
そう言い、司はよろめく零を支えつつ遮那の張った天蓋霊幕の中に零を入れる。来武に支えられ、崩れるように座り込む零を見てから凛の方を見た。
「行って来るわ」
「死なないで・・・・絶対に、死んだら許さない!」
睨む目に宿るのは心配と、怒りと、そして信頼。司の死はこの世界の終わりを意味する、だからではない。愛する人を目の前で失いたくないだけ、ただそれだけだった。
「絶対に死なないって。今度ばかりは自信をもってそう言える」
司はにんまり微笑み、両手の数珠を凛に投げた。
「持っててくれ。今は邪魔だから」
「形見にさせないで」
「あたりまえだよ、死なないからさ」
司はそう言うとふわりと浮き上がった。どうやったらそんなことが出来るのかと思うが、司の背中には4枚の光る翼が存在している。そのまま一瞬で覇王の前に飛んだ司はにんまりとした笑みを覇王に向けた。
「人は殺したくなかったんだけど、あんたはもう人でないなら気にならないや・・・さぁ、やろうか?」
「くくく・・・命を削るその力じゃ、短期決戦に持ち込まないと、死ぬぜ?」
「かもな」
「神に逆らう愚か者め」
「あんたが神なら、俺は悪魔になる」
怒りの目を向ける司、余裕の笑みを浮かべる覇王。邪悪な形状の翼をはためかせ、覇王は司を見下ろす位置まで上昇した。雷鳴が轟く中、光を放つ2人が空中で対峙した。この勝敗が宇宙の未来を決める。勝つのは悪魔の翼を持つ神か、それとも天使の翼を持つ悪魔か。
*
うなだれていた零が顔を上げる。いまだに呆然自失のキャサリンを気遣いつつも来武と未来も不安そうな顔を向けていた。上着を利用して止血を施した右手をゆすりながらも刃は難しい顔をしてみせる。遮那の張った天蓋霊幕のおかげか、どうにかその中は安全なようで地震だけが感じられる程度だった。風も遮っているのは風の属性に霊圧を重ねているせいか。凛は不安に押しつぶされそうになりながらも胸の前で拳を握り、司の言葉を信じていた。美咲はガクガクと震えつつもしっかりした目で兄を見つめている。未来は来武に寄り添い、遮那は零の背中をさすっていた。愛理はもう現実逃避をしたかのように焦点の合わない目を空中に向けている。
「彼の命が尽きる前に勝負を決めないと」
呟く遮那の声に凛が反応するが、今は信じるしかない。
「死にませんよ、あいつは」
刃は自信たっぷりにそう言いつつも視線はずっと司に向けられていた。
「根拠は?」
「言ったでしょう?あいつはアマツにない物を持っているって」
その言葉に来武と凛、そして零が刃を見やった。
「それって・・・」
「アマツは司ほど自分の霊圧に耐えうる肉体を持っていなかった。けど、問題はそこじゃない。司が持っているアマツでない部分、それは、信念ですよ」
刃はそう言うが、誰かを助けたいと願う信念はアマツの方が強かったと思う来武は怪訝な顔をする。前世の記憶の中とはいえアマツをよく知る来武にとってその能力や信念、全てがアマツと同じだと思う。確かに性格も違えば考え方も全く違うだろう。それでも、似ていると思う部分の方が多いのだ。
「誰かを助けたい、じゃない。ただ目の前の問題を解決したいと願う信念」
「目の前の?」
「あいつはさっき言った。絶対に死なない、と。アマツであれば、おそらくみんなを救うという信念をもって戦うでしょう。死すら選択肢に入れて。けど、あいつは違う。そんなことはどうでもいい。ただ、桜園凛との約束は守るという信念をもって戦うんです。絶対に死なない、それが勝つという信念」
つまり、それは世界などどうでもいいということになるだろう。けれど、凛はそうは思わない。その1つの信念を持つことによって全てを守ることに繋げるのだ。それが司だ。どんな除霊も完璧に遂行する。やれと言われたことだけを完遂しつつ、それを基盤にいろいろな問題も解決していくのだ。自分の時も、肝試しの時も、宗教絡みの時も、山の妖怪の時も、黒魔術の時も。まず1つをやり遂げることでより多くの成果を出してきた。1つの信念を貫く課程でより多くの問題を解決するのが司なのだ。
「だから信じるしかないんです。司君を、司君の全てを」
一番不安な凛の言葉に刃の口に微笑が浮かんだ。それはどこか司のそれに似ていた。
「信じるわ・・・彼に託したのは私だもの。だから、私も信じます」
遮那はそう言い、司を見つめる。零もまたゆっくりと顔をあげ、司を見上げた。




