見返り
キャサリンが神咲神社に来て一週間が経過している。未だに父ジェイムズとの連絡は取れず、覇王は動きを見せていない。キャサリンには常に来武か刃がガードをし、一週間前に連絡を受けた佐田愛理も頻繁に出入りするようになっていた。司や未来たちは学校があり、既に冬休みも同然の凛もキャサリンの世話をしていたが、今日は友人である鈴木裕子とお出かけだ。愛理からもジェイムズに連絡を取ってみたがやはり不通であり、アメリカ側からもコンタクトを取っているが依然として行方不明である。街中がクリスマスムードの中、本来であれば毎年盛大なパーティーを行っているキャサリンにすれば今年は寂しいクリスマスになりそうだと思う。ため息ばかりをつくキャサリンを心配しつつ、愛理はキャサリン相手にオセロをしている遮那を見つめていた。鮮やかな銀色の髪に常に閉じている目。それなのにまるで見えているかのように振舞う遮那は愛理にとって興味の対象だった。幼い容姿をしながら大人のような振る舞いも不思議な感じである。説明は受けたものの、当然ながら彼女が自分よりも年上だと信じられるはずもなかった。
*
寄り道をする未来を見つつ、司は改札をくぐってホームに降り立つ。大きな欠伸をしつつポケットに両手を突っ込んだままの司は赤いマフラーに隠れたその口を笑みに変化させた。
「さすがね」
「まぁな」
いつの間にか背後に立っているのは白いコートを着た長い髪の女だ。さすがに今日は長袖のコートだが、スカートはミニだった。ブーツを履いたその姿は他の男性を釘付けにしたが、司は少し顔を傾けただけで零の方を見ようとはしなかった。完全に気配を消していたにも関わらず、司は零の接近を感じ取っていたのだ。
「キャサリンを監視しなくていいの?」
「よく言う。あれだけ見事な結界を張った神社で何を監視しろ、と?」
「少し前までは簡単な結界だったんだけどね・・・山の妖怪がわんさか来てから強化したんだよ」
うんざりしたような言葉を吐きつつ、ここでようやく司は零を見やった。ぐいっとマフラーを下げ、笑みを露出させる。
「あなたは変わってる・・・何故そうまで笑えるの?そんな能力を持って、何故?」
零は目を細めてそう呟いた。まるで自分の持つ能力を忌み嫌うような、そんな言葉だ。司は笑みをそのままに近くのベンチに腰掛ける。ついてきた零にも座るよう促し、足を組んだ。
「能力があろうがなかろうが、俺は俺だしな」
「でも周囲はお前を特異な目で、奇異なる目で見ているんだぞ?」
「慣れたよ。だからってどうでもいい。興味ないし」
「1人きりでもか?」
「1人じゃない。少ないけど友達はいるし、彼女もいる。家族もな」
司はにんまりと笑う。その笑みに一点の曇りもなかった。純粋なる笑みを見た零はそっと目を伏せる。この一週間、神社を出ないキャサリンを確認しつつ司を見ているのだった。覇王と同等の力を持ちつつ、普通に生きている。強大な力を小さな除霊に使っている姿は何度か見た。もったいないと思う反面、うらやましいとも思う。だが、それは司が人の悪意を知らないからだと思っていた。
「私はこの力のせいで人であることを否定された。大人たちに利用され、物のように扱われてきた」
言葉に込められる深い憎悪、嫌悪、そして絶望。司は何も言わず、ただじっと零を見つめている。
「持って生まれた高い霊圧と霊力。幽蛇宮家の業・・・能力を妬まれ、12歳の時に叔父に犯された。欲しかったのだろう・・・私の能力が。それ以後、何人もの血縁者が私の体を求めてきた。特殊な霊圧のせいか、孕むことはなかったがな」
全てに絶望すること5年、ようやく光が差し込んできた。
「そして17になったとき、私を犯した連中の首を持って現れたのが覇王様だった・・・」
全部で11の首を零の前に転がし、ニタリと笑ったその顔は今でも鮮明に思い出される。
「俺と一緒にドイツへ行こう。そこに行けば、こんな連中など睨むだけで殺せるようになる」
覇王はそう言い、既に配下にあった疾風共々ドイツへと渡ったのだ。
「覇王様が私の全てだった。力を増すための知識、能力、全てをくれた。信じられるのは自分だけだと教えてくれもした・・・そんな覇王様は私の希望だ」
「で、今はそいつの道具か?」
「道具?同志だ」
「いんや、道具だね」
司はそう言いきり、ホームに入ってきた電車を見つめる。まだ話し足りないせいか乗る気はないらしい。
「同志だと言っている。私は覇王様の崇高な志に同調したのだから」
「その崇高な志は置いといて、あいつが力を得た後、あんたは何するの?あいつの子供でも産むの?」
「かもな」
「へぇ」
心底バカにしたような司の言葉に殺気を含んだ目を向けた。そんな視線を受けつつも笑みを消さない司はやれやれとばかりに立ち上がった。
「宇宙の王の子供ね。ご立派だよ。その王様に愛情とかあるといいね」
背伸びをしつつそう言った司はすたすたと歩いてホームにある白線の内側ギリギリに立った。そんな司に近づく零は怒りの目をしたまま背後に立つ。その手がゆっくりと司の手に伸びたが、触れる寸前でそれは止まる。マフラーをかけ直した司の口元の笑みが濃くなるのと、零の気配が消えるのはほとんど同時なのだった。
*
久しぶりに外食となり、凛は気分転換にはいいと思っていた。この一週間はどこか緊張で張りつめていたこともあり、疲れも出ていたからだ。今現在、覇王と共にジェイムズも行方不明のままだが、動きがない以上自由にしていいとの遮那や刃の判断もあって凛は裕子を誘っての食事に出ていたのだ。司も普段通りの生活をしているし、変化もない。もっとも、危機的状況になったとしても普段通りなのが司だったが。そして今の状況は裕子や田原万里子には伝えてある。
「で、いまだ動きなしってことね?」
「うん。まぁ、このままないといいんだけどね」
希望的観測でしかないが、そう願いたい。覇王に対抗できるのが司だけという状況下での戦いは避けて欲しいと思うからだ。それは司の命に関わる。もう、司の死に顔は見たくはないのだから。
「でもさ、もし動きを見せたら世界の終わりってことじゃないの?」
このファミレスに来たら必ず注文するシーフードドリアを食べつつ裕子がそう問いかけた。確かに今回の敵はスケールが大きすぎてピンとも来ない。過去、司が相手をしてきた中でも最強だったのはカグラである。そのカグラも司の命と引き換えに倒されているものの、話を聞く限り覇王とかいう男はそのカグラを超えているらしい。裕子にすれば司こそが化け物だけに、そういった敵を想像しにくいのだ。
「世界とか宇宙とか、スケールが大きすぎるからね。でも、キャサリンのことを考えると・・・ね」
父親は行方不明であり、生死も不明なのだ。相手は利用価値のあるジェイムズを殺すとは思えないが、遮那に言わせれば司とは別の意味で人格が壊れているだけに油断はできない。
「神手と対極の位置にいる男か・・・興味はあるね」
興味がありそうな感じではない言い方だが、凛の表情が曇る。ずっと心に引っかかっていたことを言うべきかどうか悩んだが、この機会にと決意を固めた。
「あのさ・・・・裕子ってさ、司君のこと、好きなの?」
その言葉を聞いても動揺も見せず、スプーンを置いた裕子は口を動かしながら凛を見つめた。胸が痛いほど心臓が早く動く中、凛は裕子の言葉を待った。
「んー、好きと言えば好きだなぁ。ああいう人間性は好意を抱くよ。でも、恋愛感情かって言われると、それはそれで違うんだよね。あいつとこう、エッチしたいとか全然思わないしさぁ」
「本当に?」
「あんたに嘘ついても仕方がない。それに好きになっても絶対報われないんだし、そんな面倒なことしない」
裕子は微笑みつつそう言うとドリアを食べ始める。凛は納得できずに憮然とした顔をしていたが、自分のパスタを食べた。そんな顔をする凛に苦笑した裕子はスプーンでドリアを突きつつ肘をついてあごを乗せた。
「まぁ、正直、自分でも悩んだよ。これは恋愛感情なのかってね・・・でも違った。なんつーかさ、人柄に惚れたっつーかさ、あいつ、普通じゃないじゃん?だからかな・・・変に裏がある人間の優しさじゃなし、まっすぐな優しさだし。それに、あいつと絡むあんたを見てるのが好きなんだよね」
そう言って微笑む裕子に、凛は少し顔を赤くしていた。今のが本心かどうかはわからないが、それでも説得力は十分だ。好きは好きでもライクとラブの違いがある。凛のそれはラブで、裕子のそれはライクなのだ。
「それにさぁ、私が好きになってもあいつは私を絶対に好きにならないじゃん。本気になったら、それもなんか悲しいってか寂しいってかさ。でもそういう子、他にもいると思うよ?」
微笑む裕子に頷くいた。それは凛も思うところがある。司に救われた人ならば、そういう気持ちを抱いても仕方がないと思う。見返りなど求めない。ただ、本気で救いを求めてきた手を全力で掴むのが司なのだから。
「でも、あんたとあいつの関係を知れば、身を引くしかないんだよ。あー、私は違うよ、言っとくけど」
最後にそう付け加えるのが裕子らしいと思う。凛は笑顔で頷き、食事を再開した。そんな凛を見つつ水を飲む裕子は嘘をつくのが上手くなった自分を褒めてやりたくもあり、嫌悪もするのだった。




