伝説の成れの果て
神社の入り口まで見送った凛に深く頭を下げた望は少し早足で去っていった。司に会いたくないのだろう、そう思う凛はその後ろ姿を思わず睨んでしまう。本当の事を言えば2、3発は殴りたい気分だった。だが、司が壊れていなければ今の自分との関係もなかったはずだ。ただの普通の男の子だったなら、ああいった出会いもなかったと思う。何より、凛が愛しているのは今の壊れた後の司なのだから。だからこそ、望にああ言ったのだ。それは慈愛であり、憎悪だ。許しながらも永遠に業を背負わせた自分を自分で怖いと思う。思わずため息をついた矢先、不意に声をかけられて驚いた顔をそちらに向けた。
「何してるんだ?」
「ひゃっ!な、なんだ未生か・・・・もう!ビックリしたじゃない!」
普通に声をかけただけでこうまで怒られる理不尽さに驚きつつ、来武は苦笑を浮かべて凛が見ていた方を見やった。1人の女性が歩いているだけで、特に変わったことはない。
「何もないわよ・・・で、あんたはどこに行ってたの?」
「どこって・・・遮那さんに言われて、ちょいと調べ物」
そう言って小脇に抱えたファイルをチラつかせた。
「前世の記憶はあれど、今回はその後の話だしな・・・でも、文献はネットにあった」
「文献って?」
「ま、それは後で、だな。神手も神社?」
そう言われて我に返るが、神社にはいないようだ。遮那もいないことから2人でどこかに行ったのだろうか。敵の目的がキャサリンである以上、2人にトラブルはないと信じたい。だがやはり不安な凛はスマホを取り出して司にかけようとした。
「2人で何やってんの?」
その声に再度悲鳴を上げた凛はきょとんとした顔をしている司をキッと睨んだ。
「もう!ビックリするじゃない!」
「え?普通に声かけただけじゃん」
「ムカツク!」
左手で司の頬を引っ張る凛を見て笑いを噛み殺す来武、苦笑しかない遮那だった。
「長谷川は帰ったのか?」
「うん・・・・さっき、ね」
「そっか」
司は既に興味を失っているのか、そうとしか言わない。事情を知らない来武に歩きながら簡単に説明をした凛だったが、例の噂の元凶の登場に来武はただただ驚くだけだった。そうして社務所に戻り、今度は未来がお茶を用意して全員が狭い部屋に座る。来武がファイルを目の前に置き、遮那の方を見やった。
「日本5大氏家とやらを調べてみた。結構時間が掛かったけど、一応収穫はあった」
印刷された紙を広げつつ、来武は遮那の依頼で調べてきた内容を披露した。
「まず、神地王、幽蛇宮、竜王院、我龍泉、そして鳳凰院。その特異能力で邪馬台国以前の時代から日本の裏政府と機能していたとされている。まぁ、普通の歴史では出てこないものだ」
全ては伝承であり、文献自体も少なく、今ではただの伝説で学術的にも価値はないとされていると来武は付け加えた。長きにわたって裏政府として機能しながらも、やがてそれは衰退していく。能力の高かった神地王家は落ちぶれる中でも除霊をして生計を立てるものの、やはり能力者に欠いて遠い分家である上坂家にその全てを伝承させた。同時に竜王院家もまた廃れ、こちらは朝鮮半島を経由して中国大陸へと渡ったとされている。結局はその後60年ほどで日本に戻ったが、有力な霊能者は生まれなかった。カグラの反乱で没落の危機にあった幽蛇宮家は九州の我龍泉家の配下となり、今でも高潔な霊能者を輩出してはいるが我龍泉家の圧力を受けてその配下に甘んじている。その我龍泉家は衰退を辿りながらも幽蛇宮家から時々婿や嫁を貰って血の断絶を防いできた。やはり外部の霊圧を取り込む特殊性から歪んだ心を持つ霊能者の誕生が多い上に流産も多かったらしい。また、東北地方に絶大な権力を持って君臨していた鳳凰院家も没落の一途を辿り、いまでは小さな神社を持つだけになったそうだ。全ては伝承であり、そういった神社のことを調べて得た結果であり、確証はないと来武は結んだ。
「最近のインターネットの凄さには脱帽ですね・・・いえ、もう、そういった末裔が文献や伝承を面白おかしく注目させるために載せている、という感じですか」
全てを知る遮那の感心した声に場の空気が和む。珍しく真剣に話を聞いていた司は紙を手に取るとまじまじとそれを見つめていた。
「これ全部当たりなんだろ?」
先ほどの遮那の言葉通りならそうなる。頷く遮那をチラッと見た司は紙を置くと壁にもたれてくつろぐようにしてみせた。
「なら、まともな家系は幽蛇宮だけってのは因果な話だよな・・・駆逐されるべきカグラの家系ってのがね」
その言葉に来武の表情が曇るが、実際には来武は無関係だ。前世の行いがどうであれ、今は未生来武なのだから。そんな来武の手をそっと握る未来に笑みを見せた来武を凛が優しい目でみつめていた。
「で、みんながみんな落ちぶれた今がチャンスとばかりに覇王ってのが動き出したわけね」
「そうですね」
「今更、世界がどうの宇宙がどうの・・・・ガキかっての」
司は苦笑しつつ立ち上がる。確かに強い力を持つ者はそういった野心に走るのだろう。だが司には何の興味もない。あるのはいかに楽をするかだ。
「ってことで、今日の食事当番なんで帰るよ」
「え?私たちも一緒に?悪いわね、司!」
「・・・ただでさえ人数多いんだ、遠慮しろ!」
「今更2人増えても一緒でしょ?」
「・・・・・ヤだ」
「なら手伝うからさぁ!」
「・・・・・・・・・・・さっさと来い!」
心底嫌そうにそう言った司に満面の笑みを浮かべてついて行く未来。全員が苦笑する中、来武は難しい顔をしたまま遮那に向き直った。
「ネット上にも霊玉を示唆するものはありました。けど・・・それだけの物が今まで手付かずだったということが気になります」
「アレを扱えるのは人智を超えた存在のみ。強すぎるエネルギーは人間にとっては猛毒なのです」
「だから制御を?人の作った技術で人外の物を操ろうなど、不可能だ」
「次元波動理論は見ました。覇王の特性を考えれば、可能性は低くない」
遮那は実に冷静にそう言うと冷め切ったお茶を口に含む。美咲も大きくなりすぎた話についていけないといった風にし、凛もただ不安だけを大きくさせていた。
「だからこそ、私はここへ来た。私に刃さん、未生さんの力を合わせれば覇王を倒せるはずだと」
最初から覇王に対抗できるのは司だけだと分かっていた。持っている能力、度量、そして覚悟。どれを取っても司しかいない。だからといって、神地王家とは無関係の司に全てを任せる気などない。遮那は死ぬ気で司を援護するために来たのだ。それを知っていたからこそ、刃も同行した。その優しさに遮那は泣いていた。
「絶対に彼だけは死なせません。約束します」
そう言って凛に深く頭を下げる遮那に、何も言えずに困った顔をするしかない凛だった。
*
施設は巨大だが、装置自体はそう大きくはなかった。小さな台座の上に置かれた霊玉に透明のカバーが被せられ、そこにさらに異様な形状のコードが何本も繋がれていく。そのコードはひときわ大きな装置を経由して椅子に座る覇王の胸に取付けられたプレートのようなものに繋がれた。上半身裸の覇王はじっと霊玉を見つめている。大小様々な機器が動く中、ジェイムズが覇王を見据えた。うなずく覇王を見たジェイムズは次元波動理論の提唱者である友人のマックスに目で合図を送る。するとマックスはマイクを手に英語で説明を始めた。覇王には横についた通訳がその言葉を伝えるようになっていた。
「これより稼動を開始する。目的は霊玉を制御するため、覇王氏を媒体にして次元に穴をあけ、覇王氏のファントムエナジーを同調させて霊玉そのものを覇王氏のファントムエナジーとすることである」
「さっぱりわからんが、期待するとしよう」
覇王は苦笑気味にそう笑い、やや後方に立つ疾風は緊張した面持ちになった。マックスはマイクを置くと大きな装置の前に立ち、2、3個スイッチを押す。
「では開始する!」
地声で高らかにそう宣言し、タッチパネルとなったモニターを操作した。音が大きくなり、やたらと広い空間を振動させていく。
「ぐぐぐ・・・・ぐ・・・ぐ」
覇王は胸のプレートを通じて何かが体の中に入ってくる感覚に必死に耐えている。そうしないと体がバラバラになってしまう、そういった恐怖感が心を満たしているからだ。そんな恐怖心に耐え、目を開いて宙を見つめる。体中に血管が浮き上がり、目が血走る。握った拳から血が滲む中、覇王の意識が飛んだ。そこは何もない虚空。いや、満天の星の中。明るくもあり、暗くもある。距離感もなく、全てが溶けて意識すら水になった、そんな感じになっていた。その水が染み込むような感覚に見舞われた瞬間、急速に覇王の意識は覚醒した。大きく肩で息をしつつマックスが台座ごと持ってきた霊玉を無意識的に掴むとそのまま自分の胸にそれをあてがった。すると霊玉は覇王の体内へと消える。しかし何の拒否反応もなく、覇王は自分の胸を撫でるだけだった。息が整い、マックスを見つめる。マックスは満足そうに頷くと覇王と同じ視線になった。
「あなたのファントムエナジーが霊玉と同調しています。まだ油断はできませんが、霊玉があなたの体の中で次元に穴をあけ、あなたのファントムエナジーを経由して高次元エネルギーがその穴に戻るというサイクルで回転しています」
「つまり、永久機関を取り込んだ、ってことか?俺の霊圧を経由して」
「そうなります。このまま順調にいけばあなたのファントムエナジーそのものが高次元エネルギーに変換され、霊玉自体があなたの力の根源になるでしょう」
「どのくらいかかる?」
「10日もあれば・・・・」
「そうか」
邪悪に満ちた笑みを浮かべた覇王はプレートを外して立ち上がる。満足そうに頷くジェイムズを見た覇王はその笑みをさらに濃くしていった。
「10日後、宇宙は俺のもの、か」
覇王はそう呟くと疾風を見やる。疾風は恭しく頭を下げると覇王の服を持ってくるのだった。




