名前が翻訳されて、全く別名になった件について
「……起きる時間か」
昨日、俺……いや、僕はいつの間にか眠っていたようだ。
ずっと三角座りで寝ていたから、背中が痛い。
そうだった。僕は今牢屋にいるんだ。手足は重い枷をつけられ、両足には鉄球。まるで猛獣を縛るみたいだ……。
……そうだった、僕は今、化物だったね。熊の皮を被った……。
一体何処の、愉快な笑いの絶えない歌を歌うマイクを持った五夜に登場するシルクハットを被った裸蝶ネクタイの熊さんだ?
まあ、それは良いとして……。
「新しい服だ」
牢屋の入り口の前に、青色の服と麻のズボン。
念の為、壁の方を向いて、熊の毛皮に隠れるように着替える。
眠っているけど、同居人の女の子が居るからね。
所々厚さに斑が在ったり、糸が粗くて肌触りが悪い。
でも、この時代にしては作りが丈夫だ。それにしっかりしている。
多くの場合は中世ヨーロッパ風が舞台。その時は服が異常に高級品だ……。しかし、こうもポンと出て来ると、服の価値はマシなんだろう……と伺える。
「となると、この世界観は近代あたりか?」
産業革命後、蒸気機関や銃の大量生産。もしかしたら、石炭に代わるエネルギーで走っているかもしれない。となると、輸送が発達し、物資もそれなりに安い可能性がある。
蒸気機関はどうか知らないが、一応銃の歴史は知っているぞ?
もしかしたら、火薬を用いた通常弾。魔力のみで飛ばす魔法銃弾なんかもありそうだ。
ひょっとしなくとも、ウィンチェスターとかあるかも知れない。リボルバーも存在してもおかしくは無い。オートマチックは、流石にそうそう無いだろうけど。
おっと、近代と言えば資本主義を忘れてはならない。
産業革命以降、ブラック企業が出ているからな。それが当たり前なんだ……。
だが、俺はこっちの世界で生きていけるのか?
……生きればいい。どんなに苦しくとも、生きる意思は、捨ててはいけない。
何度か死にかけたが、俺はこうして生きている。生き残る牙として。
今はそれを隠して、雀になりきればいい。
「さてと、準備はできたし……いつもの様に、体術筋トレストレッチ!」
今回はやたらと重りが在るので、いい運動になるだろう。
振るう拳は、鋭さが鈍るが重い一撃。振り抜く足は、鉄球の追撃が恐怖になる。
やはり、本当に化物になったんだな……それなりの代償があるけど。これがあまりにも重い。
暫く日課の運動をやっていると、彼女が起きた。続いて、その兄も起きたようだ。
「フッふッ……! セイッ!! おは、ようご……ざいます!!」
「Hu,huaredhise……」
「Aa、huarede…… Dali venthibnxa,velceji gal nalji……。melma、feltyu viesei lua nijeal vod……」
「あぁ……ッ! これ、ですか……?! 出来る、から……できるんですよ! 出来なきゃ、僕……は! 死んでます! から、ね! 生憎、普通じゃないんで! それ、と……好きで、こんな……! 身体に、なった……訳じゃ無い!! ……ふぅー、ですからね」
取り敢えず、今日は割りと体力を持って行かれたので、この辺にする。いつもより早目の時間だけど。
言葉は何となくそう言っているように感じた。魔法効果は、もうきれいてるよう。
「『Roxas kusana』……ごめんなさい、言っている意味がわからない」
「二度も言う気はないよ?」
「『心伝』……きついから?」
「化けもんでも、流石にキツイ」
あれをもう一回やれと言ったら、御免被る。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
「良いわよ」
「ありがとう。ここって、服の値段は一般人でも手に入るの?」
大体、物の値段を聞けば、どういった時代と、照らし合わせればいいか分かる。まずは服だ。
「う~ん、ちょっと高いけど……買えなくはないわ。大体、三ヶ月に一度の頻度で買い換えるのが普通よ」
一般人でも買えるって言う事は……近代辺りかな?
「じゃぁ、お手軽に遠距離攻撃ができて、威力が高い武器は無い? 誰でも扱えて」
「それなら魔法銃ね。トリガーを引いて、魔弾を撃てる。少ない魔力で、高い威力を出せるけど、正直使い過ぎると耐久性がないわ。長持ちするのを求めると、それなりに高いし……」
銃は存在する。散弾銃は考案されているかな? どうでもいいや。とにかく、近代と見て間違いないけど、技術はあとどのくらいかな?
「じゃあ、陸海空で、便利な移動手段とか無い?」
これを聞いたら、二人は「え?」みたいな顔をした。
「そんなの知らないの!? 貴方、どうやって森に来たの!?」
「訳有でね。その辺、聞かないと嬉しいんだけど」
もし聞かれたら……嘘でっち上げるけど。
「魔法四輪、ないしは二輪が地上で使われていて、貴族の人ぐらいしか持っていない。あと、民間人の移動手段なら、魔導列車と魔導海船ね。飛空艇と言うのもあるけど、一部の王侯貴族ぐらいしか乗れないわ。高過ぎるし」
「へ~、そうか〜」
取り敢えず、もう近代確定でいいや。よくある舞台の、中世じゃないようだし。
「なぁ、すごく今更だが、名前は?」
「そう言えば、一度も自己紹介してなかったわ」
「僕は興味がなさすぎて……」
「「酷っ!」」
こればかりは、ここからある程度学習とか、盗める物を見定めた上で脱走をすることしか頭に無かったから、本当に名前に興味がわかなかった。
ここに来てから、いつも自分の事しか考えてないしね。
「考えてみなよ。この森で生き抜く事に必死になっている奴が、自分以外の事しか考えれる訳無いでしょ?」
「一体どんな生活をしたら……いや、聞かないでおこう」
「私的には興味があるけど」
「長い上に複雑で面倒だから、ゆっくり話せる時に話してあげる」
そもそも、どうやってこの世界に来たのか、別世界の存在をどう説明しようかが面倒だからね。
「なら、ここを出なきゃね。私はユーシア・サリー・フェリテーラ。冒険者をやっていて、職業は【学者】。主に薬や魔法がメインの職よ」
「俺はザッズ・テオナール・フェリテーラ。冒険者で【剣士】だ。今は……盗賊の護衛をさせられている」
「う~ん、二人共貴族なわけ?」
「「その通り」」
「なるほど……」
ザッズは実力を買われて、ユーシアは人質か……。
貴族なら、恩を売って損はないと思うけど。
「僕は陽月 藤田。名字があるけど、貴族じゃないよ」
ここで、面白い現象が発生した。これって有り?
「陽月・藤田。太陽に月。そして、紫色を映す恵みの大地か」
「は?」
「ニルヴィーレイセラン・ジルファージェント……。長いけど、いい名前ね。まるで人を照らすような名前ね」
「はアァァァァああああーーー!!!??」
二人は、僕の叫び声に驚いて、「どうしたのか?」という顔だ。
「いつからそんな名前になったの!? 僕の名前はフ、ジ、タ、ヒ、ヅ、キ! 全然違うよ!?」
「「え?」」
「え? じゃないよ! 誤植より酷いよ!! 全っぜん違う!」
日本の都道府県を、ドイツ語にしたら無駄にカッコイイ感じの訳だよ……。まさか名前でこんな現象が発生するなんて……。
「スマン……やっぱりニルヴィーレイセラン・ジルファージェントにしか聞こえん」
「ごめんなさい、やはりそうとしか聞こえないわ」
「はぁー……だとしても長い。仕方無い、ニックネーム考えようか」
もう仕方がないので諦めた。でもこの長さは流石に受け入れがたい。
取り敢えず、英語表記にしてみると……Nilveyrayselan・Jilfarjent。
並び替えると、いくらでも名前ができる。それに、自分の名前を弄るのは楽しい。
「……Nillva。そうだ、ニルヴァって呼んで」
「わかったわ、ニルヴァ」
「ニルヴァ、よろしく頼む」
まぁ、こんな形で収まればいいか……。下手したら、ここから先はニルヴァーナになりそうだし。