記されなかった想い
「僕はね、性欲と言うものが、欠落しちゃったんだ……」
「嘘だろ?」
「本当だよ。ここに運ばれる三日前、僕はこの近くの街の外で、女性の集団がその街に入ろうとしたんだ」
━━━その時に、見えちゃいけないものが、偶然見えちゃって。門前の兵士さんは殴られちゃったね。あの時は笑って、すぐには気付かなかった。
だけど、今度は別の団体で、際どい格好になっている女性が通ったんだ。
その時になって、ようやく気づいた。何も感じない。興奮しない……興味がなくなっていた。
普通の人なら、性欲は人並みにあるはずなんだ。僕もその例外じゃなかった。
だけど、僕がこの森に捨てられた時、必死で生きる事ばかりを考えていた。それしか、考えられない状況だっだ。
そんな生活が、今で丁度一ヶ月ぐらいかな? それが続いたせいで、僕は生存欲求しか、残っていなかった━━━
「発覚してから僕は、考えて、悩んで、答えに辿り着いた。こんなの、人間らしくない、と。そんなのは嫌だ……僕は生きるだけの生物を望んだんじゃない! 生き残って、いつか帰るべき場所に帰って、その為に強くなることを望んだんだ!! たった独りぼっちで、この森の奥へ飛ばされ、ずっと孤独で人を求めた。いつ死ぬか不安で、眠れない日々も何度かあった。時折聞こえる獣の声に怯え続けて、遂に僕は壊れちゃった……。どんなに姿が野獣であろうと、どんなに所業が残忍で悪魔と罵らてようと、心だけは、人で在りたかった……。もう僕には、それすら叶わないのかな? そう思うと、自棄になって歩みを止めたくなるんだ。だけど……嘗て人であった僕の抱いた詞、《生きる意志は捨てるな》。それが、願いを捨てる事を赦さない……!」
ここまで話して、ようやく独白を抑えきれず溢れさせたのを気付いた。
それ程にまで、人に飢え、痛み苦しみを抱え、独りに怯えていた。普通だったら、壊れない方がおかしい。
幾分か、溜め込んだものを吐き出した事により、冷静になれた。
「ゴメン……今は何も問わないで。物理的に一人になれなくても、精神的に一人で考えたいから」
本当は何も考えたくない。なのに、嘘を付いてしまう。
支離滅裂になっちゃったのだろう。休もう、今はもう休もう。じゃないと、もっとおかしくなりそうだ……。