閑話 こいつだけは……
今日、新しい人間が、奴隷としてやって来た。正確には、誘拐した。
何でも、運良く森の中で寝ている間に連れ出したらしい。
見たこともないような服の上に、ペステベイアの毛皮をそのまま羽織った奴だ。顔はよく分からない。頭に被っているやつを、無理矢理取ると暴れられるかもしれないからだ。
俺達は一目見ただけで、そいつがやばい奴だと認識した。
ペステベイアは、この山では強者で凶者の部類に入る。
山道を少し離れたぐらいなら、道中で遭遇する魔物や魔獣と大差無い。
しかし、ペステベイアは、山道より4デヴェック━━━1デヴェック≒15.8㎞。単位記号はDvc━━━離れた場所に生息して、臭いを覚えられたら、割りと遭遇率が高い。もしコイツに運良く遭わなかったとしても、そこの魔物や魔獣は強い。ゴブリンでさえも、単体で手こずるほどだ。他にも強力な魔物が沢山居る。
認めたくは無いが、こんなガキがそいつを相手にして勝ったなら、俺達は十人体制で抑えなければならない。そんな奴、抑えている間に確実に死ぬ。
幸いにしても、奴隷の首輪をかけたから、暴れても命令さえ聞かせれば問題無い。
13ヴェギ━━━1ヴェギ≒0.7kg。単位記号はVeg━━━の枷を4つ嵌めたし、60Vegの鉄球も右足に付けた。もし暴れられても、被害は少なくて済むだろう……。
しかし、何でこんなガキが森を彷徨っているんだ?
俺はそんな些細な疑問を持ちながら、親方とそのナンバー2を案内した。
この牢屋には、闇市に流す為の、攫ってきた人間、精霊人、技人、獣人、魔人が収容されている。その中の一部屋に、奴はいる。
流石に目が覚めているようで、こちらをただ見ている。暴れる様子は無いみたいだ。
「親方、コイツが例のガキです」
「ほうー……ガキと言っても、駆け出しの冒険者位の歳に見えるな。本当に、コイツが……あの熊公を殺ったのか?」
「はっ、持ち物を見る限りは間違いないかと思われます。頭蓋骨やその他の骨、見てる通り、奴が羽織っている皮は間違い無くベステベイアの物です。頭蓋骨は、あの羽織物の頭巾にそのまま使われていて、腕全体の骨は、丁度袖に通されています。手には鉤爪として用いられています。残念ながら、強く握られていて、無理やり取ることはできません」
「どうせ拾い物なんじゃねえのか?」
「それは分からないです……」
それを知っているのは、ナンバー2だ。一番良く調べた人間だからだ。
元鑑定士をやっていて、何かやらかして逃亡中の所を腕を買われたやつだ。
そいつが親方に声をかける。
「ボス。それについては、俺が説明する。その点も疑ったが、死後直ぐに皮を剥ぎ取られた品質だった。皮の損傷は少なく、ほぼ一撃で即死させたと思われる。アイツの被っている、頭を見てくれ」
静かな佇まいで、余裕の在る観察眼を持つ、強者の風格を彷彿させるアイツの頭。
顔をよく見ると、左目に抉られたような痕があって、眼の下には、小さな裂け目から白い骨が見える。
「恐らくは、鋭く長い得物で目を穿いて、頭を掻き乱したんだろうと思われる。アイツの持っている、ただの魔槍でやったのかと思ったが、別の、しかも木だけで作った槍に血が付着しいた。しかも、まだ新しい。認めたくはないが、コイツが殺ったのは間違いない」
魔槍。汚れず、錆びなくて丈夫な槍。素材や威力にはピンキリがある。入手頻度は、普通にダンジョンなどで手に入りやすい。
改造を施せば、特殊な効果を持つ槍になる。
ただし、改造にはそれなりの技量と魔石と材料が必要とされ、料金もかなり取られる。
「取り敢えず、枷や鉄球で動きを封じたから安全だと思います。話を変えますが、何やら奇妙な物を持っていました」
俺はそれを親方に渡した。
それは白くて、本みたいに開く長方形の薄い箱だった。
「使い方は全く分かりません」
「見た事もねぇ道具だな。おい小僧、コイツの使い方を教えろ!」
親方が箱を格子の中に突っ込むと、そいつは立ち上がった。
そして、素早く親方から白い箱を取り上げた。
「な! バカな!? あの状態で動けるだと!」
「マジかよ、バケモンかよ……」
「13Vegクラスをもう二つ持ってこい!!」
幸いにしても、陽月には暴れる意思はなかったが、このまま暴れられたら確実に大被害を被る事になっただろう。それが初日で分かれば、枷を追加するだけで済むのは、不幸中の幸いだろう。
しかし、更に恐怖させる事を言い放った。
「俺は言葉が分からない。だから、喋れない」
「……おい、お前。コイツを見張っておけ」
「へ?」
「すぐに対策を考えるぞ! それまで見張ってろ!」
最悪だ……。俺達は何て物を拾ったんだ……。
言葉が理解できなかったら、必然的に命令を聞けない。奴隷の首輪が、全く意味を成さない事になる。
もしそれで暴れられたら、俺達じゃ止められるか分かんねぇ……。もしかしたら、死ぬかもしれない……。
実際、アイツの目は嘘を告いてねぇし、命令が効かなかった。
俺は現実から目を背け、あいつからも目を背けたら、後ろから腕が生えてきた。
「ウグッ!? は、離せ……!」
いくら抵抗しても、俺の首を押せつける腕は離れない。
それは、耳元で何かを囁かれるまで離れなかった。
聴いたこともない言葉だった。何も理解できなかった。
ただ一つ、こいつだけは絶対にヤヴァイ!