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私と紅茶と小説と

悲しいキッカケ

作者: yuki

 彼は誤魔化す時、よく髪の毛をくしゃりと触っていた。ヘラリと笑ってそうするのだ。その行為をされると、これ以上は聞かないでと、線を引かれているようで、見惚れる仕草なのに、少し悲しい。

 恥ずかしい時は前髪を弄り、嬉しい時は横髪を耳にかける。最初はよく髪の毛を触る人だな、なんていう認識しかなかったけど、長くいると、自然とわかるもので、少し楽しかった。


 私は、彼の恋人、という立ち位置にいる。他の人より特別な立ち位置に頬が緩むほど嬉しくなる。そんな立ち位置にいる私にも優しく接してくれて…他の人と同じようにしてくれる。いつも通り接してくれるのは嬉しいけれど、恋人、という感じがしない。友達だった時とほとんど変わらず、恋人だからとギクシャクというか、変に気を遣われるのは困るけれど、態度が変わらないのも、悲しい、というか悔しい、というかなんだかモヤモヤしてしまった。


 そんな私と彼は、今はもう…別れている。別れたのが高校一年の秋頃なので、そこから彼を避けまくっていた。彼の友達にも会いたくなかったので、同じように避けた。幸いクラスが違うかったので、避けることは容易だった。2年と3年も彼とは同じクラスにならなかった。しかし、2年の時、彼の友達と同じクラスになってしまったのだ。その人は、私と会うたびに申し訳なさそうな顔をして、時折、ゴメンと呟く。私はそんな顔を見るたび、その言葉を聞くたび、何にも言い難い行き場のない怒りが芽生え、消えていった。


 その人が、申し訳なさそうな顔をするのは、私と彼の別れるキッカケを作ってしまったと思っているからだろう。確かにキッカケはそうだったが、いずれ別れるものだったと、今の私はなぜか断言できる。


 それは、ただの昼休みのことだった。

 私は彼と裏庭でお弁当を食べながらお話しするのがとても楽しくて、少し恋人っぽいことをしている、と嬉しかった。そんな時、ひょっこりと現れたのが、その人だった。彼と親しげに話していて、仲が良いことがよくわかる。そんな時、彼と話していたその人の目がこちらへ向いた。

「この子は?」

 その人は、どこか期待を含んだ声色で彼に問う。

 私は彼の友達に会ったことも、話したこともなかったので、紹介されることに少し緊張を覚えていた。だけど、恋人と紹介されることは、嬉しい。

 だけど、

「この子は……昔からの友達、かな」

 その言葉を聞いた瞬間、どん底に突き落とされた気がした。期待していた自分が恥ずかしくて、うつむいて、服の裾をギュッと握る。

「え、?友達…?…へぇ、そうなんだ……あ、俺、先生に呼ばれてたんだ!行かねぇと

!…えっと、それじゃあ…」

 私をチラリと見た気がしたが、うつむいていた私には真意はわからない。その人は、そう言ってそそくさにその場を立ち去った。


 …昔からの友達。


 その言葉は、私の心に深くのしかかり、鋭利な刃物のように、グサリと突き刺さる。…恋人、なんて思っていたのは、私だけだったんだろうか?

 悲しくて、哀しくて、涙が溢れそうになる。私はさっきよりも裾をギュッと握り、涙をこらえた。


「昔からの、友達…」

 私は目をつむり、深呼吸を一つして、そう呟いた。その声は、彼の耳にはちゃんと届かなかったらしく、え?と聞き返された。私は顔を上げて、彼をジッと見つめる。

「私は、ただの友達なんだ」

 ギュッと、また裾を握る手を強める。言い方がキツくなった気がしたが、今の私には気にすることではなかった。

「ん?ああ、それは…」

「私は!」

 彼からの拒絶の言葉が怖くて、声を上げて彼の言葉をさえぎる。

「ずっと、恋人だと、思ってた」

 急な大声で驚いたのか、目を見開き、驚いた顔をしている。

「付き合おうって、好きだって、言われたし、私は言った」

 ずっと、モヤモヤしていた。そこには怒り、悲しみ、悔しさ…いろんな感情が入り混じっている。その全部が今日、限界を超えてしまった。否、本当はもう、限界なんて超えてしまっていたのかもしれない。我慢して、我慢して、抑えつけて、消し去って…そして気持ちから目を逸らしていたのだ。


「恋人だと、思ってたのに…」

 彼から目をそらし、そう呟く。彼からの返答は、何もない。弁解も何もしない。

 私は、その場にいるのが辛かった。彼から恋人ではなかったと言われるのが怖くて、でも恋人だと言われることを期待している。


 チラリと、彼を見てみた。彼は目を逸らして、髪の毛をくしゃりと、触っていた。

 …これは、誤魔化しの、合図だ。

「……ご飯、食べない?」

 困ったように、でもヘラリと笑ってそう言う彼に、私はカッと顔が赤くなった。

「もう、いい」

 恋人だと言われることを期待して、バカみたい。

 私は、椅子の上に置いておいた、お弁当箱を、素早くランチバッグに入れ、校舎の中に向かう。

「え、ちょっ、待って…!」

 驚きと焦りが入り混じった声で私を呼び止める。そんな声を私は聞くことなく、どんどん進んでいく。校舎の中に入ろうとした時、ぐっと右手を掴まれた。

「待って…!」

 引っぱられ、彼に引き寄せられる。彼の顔を見上げると、悲しみや焦りが顔に表れていた。

「…なに?」

 私は、ひどく冷めた声でそう言い、掴まれた手を振り払う。

「ご、めん…俺…」

 途切れ途切れにそう言う彼。でも、これ以上、言葉が続かなかった。

「何もないなら、呼び止めないで」

 私はそう言って去って行く。呼び止める声も、呼び止める腕もなかった。


 それから数年、私は大学生になった。

 避け続けていた彼が、どこの大学に行ったのかは知らなかったが、ある日、大学内で彼を見た時、驚きで固まってしまった。

 彼は私と同じ大学に行っていたのだ。

 2年…3年弱、避け続け、忘れようとしたせいか、彼との思い出もはっきりとは思い出せない。だけどそれでも、思い出したくなったのだ。それは彼を見つけたのが、別れた季節と同じだったからか、私にはわからないけど、もしかしたら私は後悔していたのかもしれない。自分勝手に彼を傷つけ、自分勝手に彼の話を聞かなかった事を。

 今の私に、そんな資格があるかはわからないけれど、もう一度、話したい、なんて考えている。それこそ自分勝手すぎると自分でも思うけど、もう一度話して、彼が言った昔からの友達になりたい。


 この季節が、散りゆく前に。




fin.

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