女の子の特権
午後10時。
淡々としたオフィス。
それとは真逆に、ビルの光に照らされている外の景色は、華金呼ばれる曜日に皆心を躍らせて、街に消えていく。
しかし、ここ、営業2課だけは違った。
広いオフィスに、ポツンと明かりが灯る。
一人ただ、目に涙を浮かべ、そんな景色など知らぬかのように、パソコンに視線を移す。
「これだから、女は」
取引先で言われた一言。
ミスをした私が悪い。
発注先を確保してなかった私が悪いの。
でも、女だからって言葉には、悔しさがこみ上げる。
好きで女に生まれた訳じゃない。
女じゃダメなの?
そんなことばかり、脳裏に浮かび、とうとう我慢していた、涙が頬を伝った。
悔しい。
企画は自信があったのに。
でも、泣いてたってなにも変わらないのに。
その時、頬にひやっとした感覚がある。
その冷たさに小さく声を上げた。
課長が後ろから、冷たい缶コーヒーをあたしに差し出した。
「がんばり過ぎ。眞鍋、お前の企画よかったから自信持て。」
「……岩崎課長?!」
課長は、差し入れと言って、あたしの好きなミルクたっぷりの缶コーヒーを机に置き、あたしの隣に座った。
ほら、飲めって無理矢理渡してくる。
距離が近くなっていることに気づき、涙を見られたくなくて、目をこする。
「あー、もう、目擦るとパンダになるぞ!」
「大丈夫です!ちょっと痒くて!」
「嘘つけ。昼間の契約打ち切りの件で泣いてたくせに。眞鍋が泣き虫なのは昔から知ってるんだよ。」
あー、何で気付いちゃうんだろ。この人は。
悔しい。
いつもカッコ悪いとこばかり見られる。
課長の役に立ちたいのに、いつも空回り。
「いやー、惜しかったなー!あそこを突くとは誰も思わなかった!しゃーないしゃーない!」
「女だから……ですかね?」
「眞鍋……」
「男に生まれたかった」
これが本音。
いつもいつも女だってバカにされてきた。
どれだけ女性が活躍しやすい社会になってきたかといって、やはり、それが通用しない会社もある。
悔しさで歯を食いしばった。
また、涙が溢れる。
「…なぁ、眞鍋。いや、莉子。」
真剣な声で名前を呼ばれた。
あ、そっかもう定時回ってるんだ。
「俺、部長に昇進したんだよねー。」
「え、あ、お、優さん!おめでとうございます!」
あぁ、すごい。
さすが優さん。
仕事も出来て、スマートなフォローも出来て、何もかもが完璧。
付き合って3年になるけど、やっぱり尊敬する。
あたしなんか足元にも及ばないと実感する。
「だからさ、”女の子の特権”そろそろ使って?絶対幸せにするから。」
女の子の特権?幸せ?
わかってしまった。
その瞬間顔が赤くなる。
ずるい。そんな意地悪そうな笑みを浮かべて、優さんがあたしを見る。
そんなの断れないに決まってるじゃない。
「女の子の特権使わせてもらいますね。」
その瞬間、優さんの顔が近づくと同時に、後頭部に手が回った。
静まり返るオフィスで、そっと唇が、重なる。
女の子でも悪くないかも。
女の子の特権。
存分に使わせてもらいますよ?
覚悟しててくださいね?