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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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蒼の覚醒

(これは、俺がやったのか……?)


 吹き荒れる魔力の本流にクロトの意識は強引に呼び戻された。

 意識を取り戻したクロトは、まず目の前の状況に驚く。


 肩から脇腹にかけて斜めに斬られた金色の髪の男が苦悶の声を上げ、クロトの前で蹲っている。

 その出血量は尋常ではなく、血の水たまりが男の足元に出来上がりつつあった。


 打ち下ろした剣の感覚が、この斬撃がクロトの手によって行われたことであることを如実に語る。

 無意識の中で、クロトはこの男に刃を向けたのだ。


 それも、失われたはずの力を使って……


(一体、何が……?)


 意識を失う直前まで、体を蝕んでいた激痛が嘘のように引いている。

 砕けた骨すら元に戻り、神殿に足を踏み入れる前まで遡ったかのようだ。


 欠けた視界には、複数の映像が浮かび上がっていた。


 一つは、目の前の男を映し出し、高速で何かを表示し続けている。

 画面端では、見慣れない魔術式が蒼い光を放ちながら、クルクルと回転していた。


 この映像にクロトは見覚えがあった。


(これは、《完全魔術武装パーフェクト・アーツ》――?)


 そう。これはアイリの魔力が込められた『魔晶石』を《黒魔の剣》にはめ込むことで発動する《蒼い外套》の能力だ。

 けど、何故?


 意識を失う前も、そして今も、クロトは自分の意思で『魔晶石』を交換していない。

 アイリの『魔晶石』はポケットに入れたままだったはずなのだ。


 そして、何より……


「アンタ、誰だ?」


 クロトは剣を向けた相手の素性を知らずにいた。


「てめえ……」


 男は傷口を庇いながら、クロトから距離をとる。

 その瞳は憎悪に満ち、クロトに対してむき出しの敵意を向けていた。


 この男から情報を読み取ることは不可能。意思の疎通が出来る状態ではない。


 何も分らない。

 けど、わかっていることもある。


(アイリ……)


 クロトはすぐ側で、まるで廃人になったかのように、生気の無くした瞳をしたアイリを見つめた。

 クロトが気を失っていた僅かな間に何があったのか、もう知る術はない。

 けど、一人の少女がたった数分で自我が崩壊するなんて普通じゃあり得ない。


 それこそ、彼女の根幹を破壊する何かが無ければ……


 それは、この男の仕業なのか、それとも、アイツの仕業なのか、今は判断出来ない。

 だけど――


(コイツは、こんな状態のアイリを……ッ!)


 鋭利な刃で破かれた服や下着。

 そして、身動きのとれないアイリについた無数の唾液。


 ああ、それだけで十分だ。


 クロトは《黒魔の剣》の柄を血が滲むほど握りしめる。

 怒りを押し殺し、爆発しそうな感情を必死にコントロールしながら、クロトは目の前の男を倒すべき敵として見据えた。


 だからこそ――

 クロトは今のなお、男を映し出していた《完全魔術武装》の画面を躊躇いなく凝視した。

 それは、この男の情報――その中で、彼が使う魔術のみを特出した情報の山。

 魔術、魔力量の全てに至る情報がこの中にはある。

 今のクロトにその全てを見ることは出来ない。


 この情報を見る――ということは、『ゼリーム』の時と同様に、その情報を全て体内に取り込むこと。

 それは出来ない。

 前は片目を失った。

 もう一度、この情報を取り込むことで、どれほどの負荷がかかるか予想することさえ嫌になる。

 

 今、クロトが見れる情報は、ただ一つ。

 この男の名称、ただ一つだ。


「……リュウキ。それがアンタの名前か?」

「……ッ! どこで、俺の名を……」


 どうやら、この情報に間違いはないみたいだ。


 次にクロトは目の前の男から注意を逸らさず、周囲の気配を探る。


 カザリの気配も、そして、あの男の気配もない。


(どこかに移動したのか?)


 だとしたら、この状況は最悪だ。

 カザリをあの男の手から救い出すことも、カザリを『死淵』の魔術から救い出すことも叶わなかった。


(ちくしょう……)


 目の前にいたのに、手が届く距離にいたのに、助けられなかった。

 無力だ。これ以上ないほどに。

 完膚なき敗北を味わい、敵わないと知り、逃げることさえ出来なかった。

 全ては自分の弱さ。


 決意の弱さだ。


 力ならあった。戦う力ならあったんだ。戦えなかったのは俺の弱さ。


 アイリも、そしてカザリも……


 この悲劇を引き起こしたのは俺のそんな臆病者じみた心の弱さ。あの男に勝てないと思い込んでしまった心の弱さだ。


 俺は、誰だ……?


 俺は――『英雄』だろ?


 大勢の人を騙し、俺すら騙し続けた『偽りの英雄』だ。


 その『英雄』の終わりはまだ訪れていない。

 最低魔術師のただ一人の相棒が『真の英雄』になるその時まで、『偽りの英雄』の仮面をかぶり続けることを決めたはずだ。


 それが、俺――クロト=エルヴェイトだ。


 なら、俺は……負けられない。


 勝つんだ。語り継がれた『英雄譚』に登場する男のように、その叡智、その力、全てを駆使して――


「呼べよ……」

「な、なに……?」

「呼べよ、あの男を……カザリを奪い、アイリを傷つけたアイツを……」


 クロトは蒼い外套を翻し、《黒魔の剣》の切っ先を突きつける。


「てめえら、まとめてぶっ倒してやるッ!」


 その瞬間、群青色の魔力の本流が神殿に吹き荒れた!



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