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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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敗北

「な、んだ……と……?」


 クロトは目の前の光景を目に焼き付け、絶句した。

《黒魔の剣》に宿る魔力を集結させた最大級の一撃――

 その一撃を目の前の男は軽く腕を振っただけで、跡形もなく掻き消してみせたのだ。


 あの『開闢の魔術師』ですら防ぐことが出来なかった一撃を――


 その事実はクロトを絶望の淵に追いやるのに十分すぎる光景で……


「所詮は借り物の魔力か」


 男がそう呟いた時にはすでにクロトの思考から戦闘の二文字は消えていた。

 悔しいが戦いにすらならない。

『戦え』とクロトの体を動かそうとする英雄の意思すら無視し、クロトは剣の切っ先を地面に叩きつけた。



 恐らくそれが最後の魔力だったのだろう。

《黒魔の剣》にはめ込まれた『魔晶石』から魔力が放出されるのと同時にクロトが纏っていた漆黒の外套が淡い光を放ちながら消滅していく。


 クロトはその最後の魔力を足元に集約させ『魔力装填』を行い、


「い、《イグニッション・ブースト》――!」


 最速の移動速度を誇る《イグニッション・ブースト》でこの戦闘からの離脱を試みる。



 視界が一瞬にして後方へと流れていく。

 クロトは瞬きすら許さない刹那の時間をもって気絶したアイリの側に駆け寄ると、腕と脇腹の間にアイリの体を挟み込み、今度は微量な魔力しか持たない己の魔力を捻り出す。


 バチバチと無色の魔力が弾け、クロトが纏った薄い無色の魔力はその足元の一点に掻き集められていく。


 クロトの魔力では『魔力装填』は一発分使うのがやっと。二回目以降は恐らく立っていられる体力すらなくなる。

 神殿の出口はあの男の真反対、クロトの背後、数メートル先だ。

 Eランクのクロトの魔力ではギリギリ神殿の外に出られるかどうかといったところだろう。

 神殿から脱出したところであの男が見逃してくれるとは限らない。

 けれど――

 少なくとも今は全力で逃げるという手段以外、クロトたちに生き残る術がないというのも確かだった。

 

 クロトが身構えたその直後、


「く……クロ、君?」


 クロトの腕に抱きかかえられていたアイリからくぐもった声が聞こえて来た。

 どうやら極度の魔力消費による昏睡状態から目を覚ましたようだ。

 だが、思考回路や意識はまだ朦朧としているようで、アイリはまるで寝起きのような視線で周囲を見渡していた。


「……どうして、クロ君が私を抱えているの? あの人たちは誰?」

「流石の回復力と褒めてやりたいが、今は少し黙ってろ、舌噛むぞ」


 アイリがこの状況で目を覚ましてくれたことはありがたいが、自力でこの状況から逃げられるだけの体力はまずないだろう。

 なぜなら、抱きかかえたアイリの魔力は普段の魔力の十分の一くらいしか感じられない。

 本当に意識を保っていられるだけの魔力を回復させた程度なのだ。

 魔術どころか、走ることも難しいだろう。


 仮にアイリに魔術を使える力と体力が残っていたとしても、恐らくこの男に勝つ事は不可能だろうが……


 クロトは『魔力装填』を行うのに十分な魔力が集まったことを感じ取ると、すぐさま《イグニッション・ブースト》を発動。

 神殿の出口に向かって疾走していく。



 出口まで後数メートルといったところでクロトは背筋が凍り付くような寒気を覚えた。

 同時。


「く、クロ君、横ッ!」


 クロトに抱きかかえられていたアイリが悲鳴を上げてクロトの隣りを指指した。

 クロトは嫌な予感を抱きながらチラリと横を見る。


 そして、その瞬間、思考が凍り付いた。


(マジ、かよ……)


 混乱のあまり、恐怖による脅えよりも、皮肉めいた笑みがクロトの表情には貼りついていた。


 高速で移動しているはずのクロトの横を併走するように黒髪の男が無音の音を響かせ、跳んでいたのだ。

 男の足は一度も地面に触れることがなく、超高速でクロトの横を飛翔している。

 

 これは、魔術でもなんでもない……。


 クロトは玉粒の汗を浮かべながら必死に思考を回転させる。


 この男はただ跳んだだけなのだ。

 ジャンプと同じ要領でその場でクロトめがけて跳んで、高速で移動していたクロトに追いついたにすぎない。


 この速度についてこられるだけも信じられない光景だ。

 ――だというのに、この男の跳躍はその速度すら超越していた。


 クロトの横を併走していた男は僅かばかり、クロトの前に進むとチラリとその黄金の瞳をクロトに向ける。

 そして、クルリと体を回転させるとクロトに向け、回し蹴りを放ってきたのだ。


(やべえ……!)


 男の狙いはクロトの腕。《黒魔の剣》とアイリを抱きかかえていた左腕だった。

 このまま直撃すれば、《黒魔の剣》が折れてしまう可能性もなくはないが、それ以上にアイリにも強烈なダメージが加わることは容易に想像出来た。

 まだ意識も目覚めたばかりで魔力を纏うことも出来ないアイリにあの一撃が耐えきれるわけがない。


 だからこそ、クロトは決死の覚悟で体を強引にひねった。


「この、クソ野郎が……ッ!」


 砕けた腕を晒し、全身全霊の魔力をその腕に纏わせる。


 右腕が男の放つ回し蹴りに触れた瞬間、ゴキャ、ゴシャ! と骨が粉砕される異音と体を焼くような激痛が全身に響き渡る。


「ぐ……がッ……!」


 盾にした腕ごとクロトの脇腹を抉った回し蹴りは《イグニッション・ブースト》で高速移動していたクロトの体を真逆へと吹き飛ばすほどの威力を誇り、一瞬にしてクロトの魔力と意識を根こそぎ刈り尽くしていったのだった――


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