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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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邂逅

 腰を下ろして休息していたのも束の間。

 地響きをたてる神殿にひやりとした悪い予感を覚えた。


 これ、崩れるだろ……


 いや、間違いなく崩れる。

 なにせ《イグニッション・ブレイザー》で神殿を両断したのだ。

 この神殿の支柱も含め全てが真っ二つ。

 この状況で未だに無事な方がおかしい。


「コイツは、速いとこ脱出しないとな……」


 けど、どう脱出したものか。

 なにせ利き腕が指先から肩にかけて粉々に砕かれているのだ。

 戦闘の高揚感で戦っている間は激痛を押さえ込んでいられたが、今は痺れるような激痛が脳髄をそして神経を犯している。

 満足に走ることは不可能。

 問題は他にもある。

 クロトの纏った《黒魔の剣》の外套。

 今、手元に剣はない。すぐ近くの地面に刺さっている状態だ。

《黒魔の剣》は使用者に能力が備わった外套を作る力が備えられているが、剣が手元から離れ、時間が経つと自動的に外套は消滅する。

 その時間は十分前後。

 アイリを担いで《イグニッション・ブースト》を使うには時間がなさ過ぎる。


 崩壊寸前の神殿を駆け抜け、崩落を逃れ、さらには瓦礫の衝撃が届かない安全な距離まで一人の少女を担いでいくことなんて絶対に無理だ。


 せめて鞘も一緒に持って来てれば……


 鞘を病室に置き忘れたことを後悔しながら、クロトは外套の魔力を漲らせる。


 どうせ外には逃げられないんだ。

 なら残された脱出口は一つしかない。

 それは神殿の地下。

 彼女が封印された地下に逃げ込むこと。

 アイリをつれて地下に入ることに抵抗がないと言えば嘘になる。

 だが――


「このまま放っておくわけにもいかないよな」


 せめて神殿から脱出するまでに彼女の目が覚めないことを祈るばかりだ。

 クロトがアイリを抱きかかえ、神殿の奥へと足先を向けた時――


 なんの前触れもなく――それは唐突にクロトの視界を白く塗り上げた――!




―――――――――――――――――――――――――――――



「――なっ!」


 突如噴き出した膨大な魔力の塊にクロトは驚きの声を上げた。

 無理もない。

 その魔力は愛剣――《黒魔の剣》から噴き出したものなのだから。

 剣が突き立てられた地面から弾け飛び、空中で膨大な量の魔力を放出しながら踊り狂う。

 金属の軋む音はさながら悲鳴のようで――


(いや、違う)


 これは間違いなく悲鳴だ。


 今まさに《黒魔の剣》は自らが放出する魔力量に耐久値が追いつかず悲鳴を上げているのだ。

 このまま放置すれば、自身の魔力で崩壊しかねない。


 けど、なぜだ?


 なぜ、急にこれほどの魔力を?


《黒魔の剣》は特殊な杖だが、それ自体が魔力を持っているわけではない。

 あくまで刀身にはめ込まれた魔晶石の魔力を媒介とするだけ。


 なら――この《黒魔の剣》を侵食する魔力は魔晶石に込められたレティシアの魔力ということになる。


 驚きのあまり動けずにいると、《黒魔の剣》の魔力放出が次第に弱まっていく。


 そして最後の光と共に魔力の輝きがなくなると支えを失ったかのように甲高い金属音を響かせ《黒魔の剣》がクロトの足元に落ちてきた。


「……ッ」


 ゴクリと生唾を飲み込み、慎重に《黒魔の剣》を覗き見る。

 またいつ魔力が噴き出すかわからない恐怖心を押さえ込み、クロトは《黒魔の剣》の心臓部でもある魔晶石をマジマジと見つめた。




 幸いと言っていいのか、まだ魔晶石は無色に輝く魔力が見て取れた。

 しかもあれだけの魔力放出をしたというのにその輝きが衰えた気配はない。

 普通ならあれだけの魔力を放出すれば魔晶石の魔力が尽きてもおかしくはないのだが……


 クロトはこの不可解な現象に首をひねりながら崩壊寸前だった神殿のことを思いだし、早々と神殿の奥へと足を進める。


(ひとまずアイリの安全が第一だな……)


《黒魔の剣》もアイリの《ミーティア》も恐らく瓦礫の下敷きとなるだろうが、無事に生還出来てから掘り起こせばいい。

 瓦礫の除去もエミナの力を借りればあっという間だろう。

 問題は歴史ある神殿を破壊してしまったことだが……。

 また研究施設をぶっ壊した時のように難癖言われるのだろうか?


(それは、いやだな……)


 前はその話を持ち出され、行かなくてもよくなった学院に渋々通い続ける羽目になったのだ。

 次はどんなことを要求されるのか……考えただけで目眩がしそうだ。


(まだ、秘蔵のコレクションを全て燃やせとかならいいんだけど……いやよくないけどさ)


 エミナに要求されそうなことを脳内で妄想しながらクロトは知らず知らず小さな笑みを口元に作っていた。


(ああ、早く帰りたいな……)


 思えば一週間も昏睡しっぱなしで目が覚めて一時間足らずでこの神殿でアイリと剣を交えていたのだ。

 よく体が動いたものだと感心すらする。


 それもこれもこのバカが神殿の中枢に潜り込んだからで――


 そんなことを考えながら進めていた足が速歩から徐々に速度を落とし、地下へと向かう階段の数メール手前で完全に停止した。


 待てよ、なにか、おかしい……


 今なにか大切なことを見落としてなかったか?

 クロトはつい先ほどの思考をもう一度脳内で再生させ、言いしれぬ違和感を洗い出す。

 なんだ? なにか重要な……それこそ根底から覆るなにかを見落としたような……


 クロトは視線を神殿の奥へと向けながら歯に詰まったものを取り出すような感覚で思考の隙間に意識を張り巡らす。


 そうだ。確かにおかしい。


 そしてその違和感とも呼べる矛盾を見つけた瞬間、ドッと玉粒の汗が噴き出し、背筋を凍らせるほどの寒気が足元から這い上がってきた。


(そうだ……どうして気付かなかった)


 エミナは神殿に何者かが侵入したと口にした。そしてその人物が最奥の部屋で眠る少女に近づいたことを言った。

 なのに、どうして……アイリは神殿の入り口にいる?

 エミナの言葉が確かならアイリはすでにあの氷で覆われた部屋にいたはずだ。

 だが、クロトが追いついた時、アイリはまだ奥へと続く階段にすら辿り着いていなかった。

 なら、侵入者は、


「別に、いる?」


 その答えにクロトが辿り着いた時、神殿の奥から微かな音が聞こえた。

 ビクリと肩を振わし、クロトは《黒魔の剣》の側まで全速で下がる。

 ドッドッドッと激しく高鳴る心臓。

 その警鐘に導かれるようにしてアイリを背中から降ろし、クロトは《黒魔の剣》の柄を握る。

 その時には先ほど聞こえた微かな音が一歩一歩地面を踏むハッキリとした足音になっていた。



 そして――神殿の奥から一人の男が現れた瞬間、クロトの理性は真っ黒に塗りつぶされた。



 そいつは一八〇を超えた長身で、細身ではあるがその体は鍛え抜かれていた。

 闇色の髪の隙間から覗く二つの双眸は黄金色。

 血の気の失せた白い肌――そのどれもが人外を連想させる。


 だが、その時のクロトの視線はその男の異様さをまったく捉えてはいなかった。

 見ていたのはただ一点――彼の腕に抱かれ、小さな寝息をたてる一人の少女にだけ。


 クロトはあらゆる思考を停止させ、震える声で、転生して初めてその夜色の髪を持つ少女の名を口にした。


「――――カザリ……?」


 その名を口にした直後、眠っていた少女の瞼がゆっくりと持ち上げられ――

 水晶のような瞳がクロトに向けられた。


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