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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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クロノ=ヒトミ

『いや、おかしいだろ?』

『それはお前の行動だろう』


 鳩尾をさすりながらクロトは頬を引きつらせる。

 そりゃあ、勝手に女の子の胸元をマジマジと見たら殴られる。

 ただのセクハラだ。

 けどこれには理由がある。それがわからないエミナではないはずなのに……

 どうしてこう、辛辣な態度をとられるのか、さっぱりわからない。


『……』


 わからないものは仕方ない。

 クロトはコホンとわざとらしく咳払いをすると。


『なんのことだかさぱーりわかりませぇぇん。

 俺が言いたいのは、レティシアに刻印がないのはおかしいだろってことで――』

『クロト、それ、どういうこと?』


 レティシアが眉をピクピクと痙攣させながらそんなことを聞いてくる。

 胸を見たことをごまかしたことか、本題についての質問かわからないが、クロトはあえて前者を無視した。


『エミナの胸に刻印があるってことはクアトロが生きているってことだ。なら、レティシアにも刻印が浮かんでいないと『死淵転生』に矛盾が生じる』


 なにせレティシアを『死淵転生』の生贄として選んだ魔術師マーク=ネストは今、この国の牢獄に捉えられてはいるが、死んではいないのだ。

 魔術師と生贄、それに復活させる対象が生きているなら生贄であるレティシアにはその魂を捧げる証である刻印がその胸に刻まれるはず。

 その魔術が再起動しない限り、まずエミナに刻印が現れるなんてことはありえない。

 クロトがそれを指摘するとエミナはクスリと口元を吊り上げた。


『お前、この国に存在する禁書の著者が誰か知っているのか?』

『え?』


 予想外の質問にクロトは一瞬押し黙る。

 別に知らないわけではない。

 知らないわけではないが……正しく知っているわけでもない。

 クロトが知っているのは、その著者のペンネームだけなのだから。

 確かその名前は『クロノ=ヒトミ』


(いや、待てよ……)


『まさか……』


 クロトはエミナの表情を見て確信した。

 間違いない。


『お前が『クロノ=ヒトミ』か?』

『え? 嘘でしょ?』


 レティシアは動揺の表情を浮かべ、口元に手を当てる。

 まあ、レティシアみたいな魔術オタクなら『クロノ=ヒトミ』が目の前にいるってだけで発狂しそうなものだ。

 それをこの程度の動揺――まあ、目を見開いて顔を真っ赤に染めて肩を揺らして、とても『この程度』では収まりきらないがのたうち回ってないだけマシとしよう。 

 レティシアはエミナとの距離をズイッと詰めると、目をキラキラと輝かせる。


『おい、レティシア、お前目がやばいぞ』

『だ、だってクロノ先生って言えば『開闢の魔術師』を描いた著者でもあるのよ? それにこの国に存在する全ての禁書を書いた偉大な魔術師でもある。今この国で有名な三人の魔術師の一人なのよ!』


 ちなみにその三人の魔術師とは『クアトロ』、『エミナ』、『クロノ』の三人だ。

 もし、クロノとエミナが同一人物――いや、もう同一人物なのだろう。

 それならこの国で最強の魔術師は現在エミナ=アーネスト一人というわけだが……


(待てよ? それってやばくないか?)


 クロトも今日まで『クロノ=エミナ』という図式を一度も思い浮かべたことがなかった。

 その知識と経験をまとめた本はてっきり『クアトロ』と同じ国から来た移住者だとばかり思い込んでいたのだ。

 実のところクロトはこの『クロノ』という著者にあまりいい印象を抱いていない。

 なにせクアトロはこの国には最低限の魔術しか教えなかったのだ。

 それが十数年ぶりに戻ってきてみれば魔術は予想以上に発展しているし、禁呪と呼ばれる強力な魔術まで存在している始末。

 その事実を知った当初は頭を抱えたものだったが、クロトはその魔術師の存在を抑止力として考えるようにしてきた。



 暴走して一国を滅ぼすような『氷黒の魔女』の抑止力として密かに期待していたのだ。



 だが、その人物が空想の存在であるならもはや誰もエミナを止められないのではないか?


 クロトはそんな一抹の不安を押し込むと未だ興奮が冷める様子のないレティシアを押しのける。


『……お前があの『クロノ』だとして、それがなんだ?』

『わからないか? 私があの禁書を『死淵転生』の方法をキチンと書くと思うか?』


 いや書かないだろう。

 エミナほどあの魔術を憎んでいる人間はいない。

 それどころかエミナはこの国に魔術を伝授する気は毛ほどもないはずだ。

 なにせ体は大人でも精神面ではまだまだ子供な面が多い女だ。

 たぶん未だに思っているはず。『クアトロから魔術を教わっていいのは自分だけ』だと――

 ならエミナが親切心で魔術の知識を誰かに教えるような真似はしない。

 なら、あの禁書に書かれた魔術式は――


『いや、ない……な。それどころか術式が完成しないようにするはずだ』

『ああ。アートベルンに刻印がないのはマークの『死淵転生』が不完全なものだからだ。もともと刻印は時間が経てば消えるように細工を施していた』

『ちょ、ちょっと待って下さい! じゃあなんでエミナさんは『死淵転生』を含めた禁書を書くことを決断したんですか? あの魔術がなければそもそもあんな事件は――』


 クロトはレティシアの言葉を遮り、憶測を口にする。


『それが取引だからだよ。たぶん』


 その一言にエミナは何も言い返さなかった。

 それはクロトの言を肯定していることに他ならない。

 思わずこの国の姫を殴りにいきたい衝動に駆られそうになる。クロトが必死にその怒りを押し殺していると、状況を理解出来ていないレティシアが困惑しながら言った。


『と、取引って……?』

『……レティシア、アイリが今、どこに向かっているか大体の予想はつくだろ?』

『ええ。あなたたち二人の話を私も聞いていたから……神殿でしょ?』

『ああ。あの場所にはクアトロの遺骨と《黒魔の剣》の他に未だに眠っている人がいるんだ』

『眠っている、人ですって?』

『ああ。そして彼女の狙いはエミナの魂だ。だからこの国は彼女を神殿の中に封じ込めることを見返りにエミナから魔術の情報を引き出した』


 そして恐らく、情報を引き出す他にエミナの力すら兵器として利用したのだろう。隣国と戦うための戦士として――。

 お前の命を守ってやっているのだから、お前は国を命をかけて守れ――と。

 その結果生まれたのが国すらも恐れる『氷黒の魔女』というわけか。なんとも皮肉な結果だ。


『……意味がわからないわ。どうして封印なの? エミナさんほどの魔術師なら――』

『倒せないよ。エミナは彼女を殺しきることが出来ない。それが許される立場じゃないから』

『どうしてそう言いきれるのよ! エミナさんはこの国で一番強い魔術師でしょ?』

『ああ、そうだ。けどそれ以前にエミナは彼女にとってただの生贄でしかないんだ。だからいくら最強だと言われても彼女の前ではエミナただのか弱い女性でしかない』


 生贄――という言葉を聞いたレティシアの表情が変わる。

 恐らくレティシアも気付いたのだろう。神殿に眠る少女が何者なのか……

 真っ青になったレティシアは崩れ落ちるようにクロトのベッドに座り込む。


『嘘……でしょ?』

『……ゴメン』


 クロトには返す言葉がない。

 彼女の絶望に胸が締め付けられそうだ。



 また、魔術は彼女の夢を裏切った。

 魔術は誰かを幸せにするための力だとそう信じて今、彼女は魔術師を目指している。

 無色だとバカにされてもめげることなく必死になって夢を目指し続けている。

 今は存在しないその可能性に必死に手を伸ばし続けていたのだ。

 けど――過去がその夢を否定した。


 魔術は誰かを幸せにする力などないのだと。

 命を――代価を支払ってもそこにあるのは絶望だけだと。


 一度目はレティシアが身をもって――

 そして今度はエミナの悲劇を見て――


 ああ、本当に魔術ってヤツはくそったれだよ……


『謝らないでよ。私はアンタに謝って欲しくない』

『でも……』

『だってまだ何も終わってないでしょ?』

『え……?』


 レティシアのその言葉にクロトは言葉を詰まらせた。

 予想していた言葉とあまりにかけ離れた言動。

 彼女は魔術に恨み言を、クロトに悲しみを打ち明けるのではなく、まだ、その瞳に希望を宿していたからだ。


『アンタが最低魔術師だってことはずっと前から知っていたわよ。それこそ初めて会った時から今日まで嫌ってほどね。今更アンタの最低っぶりを見せられてもこれ以上私の好感度は下がらないわ』

『……それってひどくないか?』


 つまりクロトに対する価値は最早最低辺でこれ以上下がることがないのだ。

 別に好まれようとか思っているわけではないが、ちょっと傷つく。


『べ、別にいいでしょ! 私が言いたいのはアンタがこの程度で根を上げるような男じゃないってこと!』

『レティシア……』

『あ、あと! 言っておくけど、私は今起きたばっかりでエミナさんの刻印も神殿のことも何も知らないから! 見ていないから! だから私が気付く前に片づけてよ』

『お、お前何を言って――……ッ!』


 ああ。そうだった。約束したよな。あの研究施設で――。

 コイツが夢を叶えるまでクロトの知る全ての知識を使って魔術は素晴らしいものだって騙し続けることを――。

 なら――やることは一つだろう。


 クロトは《黒魔の剣》を握りしめるとベッドから抜け出し、


『おう!』


 と力強く頷いた。





―――――――――――――――――――――――――――




 クロトがその身に黒い外套を纏って飛び出していくのを見送ってからレティシアは深く息を吐いた。

 全身の力が抜け、目眩にも似た立ちくらみがレティシアを襲う。

 無理もない。

 それほどまでにレティシアは緊張していたのだ。


『頑張ったな』

『え……?』


 横で見ていたエミナが優しい表情を浮かべエミナの肩に手を添える。

 その温もりに身を委ね、レティシアはエミナの体にもたれかかった。


『今は泣いてもいいぞ。私しかいないから。お前の弱さも悲しさも胸の内にしまっておける』

『……泣けるわけないじゃないですか』


 泣けない。この人の前でだけは泣きたくない。

 だって彼女は強い。魔術師としてだけじゃない。その心が今の自分よりも遙かに――


 私だったら絶対に泣いてしまう。絶望してしまう。

 けど、エミナ=アーネストの心は折れていないのだ。涙すら浮かべることなく。


(本当に強いなぁ……)


 同じ女性でも思わず惚れそうになる。

 だからだろうか……

 エミナの前でだけは女としての弱さを見せたくなかった。

 同じ男を好きになり、自分よりも魅力的な彼女に弱いところを見られたくなかったのだ。


『そうか。

 だが、驚いたぞ。魔晶石に魔力を注ぐどころか、またもう一度パートナーを組むとは思わなかった』

『……だってクロトと私は二人そろって最低で最強の魔術師ですから。それに――』


 クロトが戦う覚悟を決めたのに、自分だけが何も出来ないのは我慢出来なかった。

 けど、クロトは絶対に一緒には戦ってくれないだろう。


(だって、私の夢は戦いの中にないから……)


 誰もが幸せになれる魔術が戦いの中にあってはいけない。

 クロトがこの国を騙した嘘を本当にする魔術が戦いの中にしかないなんてそれこそ悪い冗談だ。

 まだ夢の形がハッキリと見えたわけじゃない。

 けどこれだけはいえる。


 クロトが無事に帰ってきてくれること。


 今はそれだけがレティシアにとっての全てだった。


 一緒には戦えない。けど、想いだけは、気持ちだけはクロトを守って欲しい。


 だからレティシアは守るためにクロトに魔力を託したのだ。



 それに聞きたい言葉も聞けた。


『アイツが一度でも頭を下げたら許して仲を戻すってずっと前から決めていましたから』

『そうか。ならあのバカをこれからもよろしく頼む』

『ええ。もちろんです』


 レティシアは力強く頷くと――


 まあ、前後の文脈に関係なく。と急遽変更したのは胸の中にしまっておこうと決意した――


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