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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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血まみれの拳

 クロトの出した返答をアイリはほとんど理解出来ていなかった。

 意味がわからない。

 というのが実際の本音だ。

 なにせ、アイリは助けを求める声に力を貸す為にこの場所まで訪れた。

 クロトの言った『守りたいヤツ』に剣を向けた覚えはない。

 なぜならアイリの剣は『救う為』の力。

 誰かを傷つけることを良しとはしない剣だ。

 だからこそ負けられなかった。

 クロトにだけは、負けたくなかった。

 誰かを守る為なら剣を向け、刃を交えることさえ厭わない人間。

 それはアイリにとっては悪だった。

 だから負けない。負けたくない。


(お願い、動いて……)


 ふらつく体を懸命に動かす。

 目指すは不遜に佇むパートナー。

 彼に剣を、意思を――夢を――突き立てる。


「く……あ……」


 彼に剣を届かせるまで負けられない。

 負けたままではいられないのだ。

 

 瓦礫に足を取られ、支えにしていた剣を取りこぼし、両手をついて倒れる。

 ガシャンと大きな音をたてて《ミーティア》が転がっていく。

 アイリは全身の意識を総動員させ、ヨロヨロと立ち上がる。


 それでも、まだ体は動く。

 動いたなら戦え。

 まだ、クロトはそこにいるぞ。

 歯を食いしばり、アイリは歩く度に激痛に襲われる体を無視して、拳を握りしめた。


(この、一撃だけは……)


 なんとしてでも届かせる。

 この血だらけの拳を――ッ!


 そして――


「――ッ」


 コツンと――

 空しい音を立て、アイリの拳はクロトの胸に届いた。

 だが、クロトも、そして拳を当てたアイリにもわかっていた。この拳にもはやクロトを倒すだけの力がないことを……


「……ぐず……」


 アイリは涙をこぼすとゆっくりと前のめりに倒れていく。

 意識が完全に途絶える直前――


「つぎは……」


 負けない――


 果たしてその言葉を最後まで言い切ることが出来たのか――


 その事実を胸に刻みつけるよりも早くアイリは意識を失っていた。







 クロトは崩れ落ちるアイリをそっと抱きかかえ、一緒にその場に倒れ込む。

 出来れば格好良く支えてやりたかったが、流石に今の体力ではそれは無理だ。

 右腕の骨折と全身の打撲。クロト自身も立ってるのがやっと。

 それでも倒れなかったのは男のプライド――なんていう軽いものじゃない。

 これは勝者としての意地だ。


 互いに死力を、全力を尽くした戦い。

 その最後の一撃。

 全身全霊の想いが込められた拳を受け止めるまでクロトも倒れるわけにはいかなかった。


『次は――負けない』


 確かに聞こえたよ。

 けど……


「何度来ようと負けねえよ」


 クロトは静かな吐息をもらすアイリを見てそう呟く。

 アイリがその偽善を捨てるまで……

 その偽善を背負いつつ正しい道を見つけるまで負けてやるつもりは毛頭ない。


 だからその日が来るまで待ち続けよう。

 彼女が本当の力を手に入れ、自分を追い越すその日を。


 ただ――

 その日が来るまではまた同じ過ちを繰り返さないように目を光らせておく必要がありそうだが……


「なんにせよ、守りきったな」


 クロトは大の字になって倒れると疲れをとるために瞳を閉じる。

 暗闇に浮かんだのは神殿に突入する前の光景だった――




―――――――――――――――――




『いいい、いったい何をしているんですか! エミナさん!?』


 驚いた表情を浮かべ、レティシアはエミナの体をクロトの視界から隠した。


『だ、だだだだ黙って聞いていれば……いきなり服を脱ぎ出すとか非常識ですよ!? あ、あと……お、お二人はその……家族なんですよね? 恋人とかじゃないですよね? あらあんな甘い空気出す必要もないですよね?』

『ん? ようやく起きたのか?』

『誰だってあんなに頭を揺さぶられたら起きますよ! それより、どうして服を脱ぐんですか?』

『アートベルン、服を脱ぐ理由は一つしかないだろ? 子供じゃないんだ。お前ならその理由を一番よく知っていると思うが?』

『……ッ! と、ととと時と場所を選んで下さい! 今は非常時なんでしょ?』

『そうだ。だから時間がない。お前がどんな勘違いをしてるかはおおよそ予想がつく。が、今は私もクロトと体を重ねる気は――』

『もっとオブラートに包んで言って下さい!』

『それは相手によるな。むしろアートベルンには私の気持ちを隠す気はないぞ』

『――ッ』


 顔を真っ赤にして言葉を詰まらせるレティシア。

 クロトはその光景を見て、ある種の驚きを感じていた。

 言葉でレティシアがエミナに勝てないのは予想がつく。

 だが、エミナがここまで好戦的にレティシアを言いくるめるとは想像もしていなかった。


(もしかして、仲悪いのか?)


 だが、思い返してみてもレティシアとエミナの接点はそう多くないはず。

 それがどうして……


(いや、考えるのはよそう)


 何だか嫌な予感がする。女の戦いに男は介入すべきではない。

 それよりも今は話を進める方が先だ。

 そう判断して、クロトも口を開く。


『安心しろ。俺もエミナとエッチする気は……』

『クロトもなに言ってんのよ!?』


 ブンッ――といい音を鳴らしてレティシアの拳がクロトの右頬に直撃する。


『あがッ!』

『あ、ご、ゴメン!』


 まさか当たるとは思いもしなかったのだろう。

 レティシアは慌てて頭を下げる。

 それに対しクロトは苦笑いを浮かべるだけ。

 視力を失った右側からの攻撃はどうしても対処に遅れる。

 それこそ怒りに任せて振り回したレティシアの拳を避けられないほどに……

 だが、体の異常をレティシアにだけは悟られたくない。

 彼女にだけは心配をかけさせたくない。

 薄々気付いているはずのエミナが口にしないのは、クロトと同じくレティシアに負担をかけさせないためだ。

 まったくそんな気遣いが出来るならわざわざレティシアを怒らせるなよな……


 思わずエミナを半眼で見つめる。

 だが、クロトのその視線はある一点で縫い付けられた。

 エミナのはだけたドレス――その胸元に。


 そして、その胸元を見た瞬間、今までの浮ついた気分が一瞬でなりを潜める。


『……いつからだ?』


 クロトの鋭い声にレティシアは一瞬押し黙り、すぐさまそれが自分に向けられたものではないことに気付く。

 クロトの視線を追い、エミナの胸元を見たレティシアは言葉を失い、ゴクリと息を呑んだ。


『ようやく話を聞く気になったか? 二人とも』

『え、エミナさん、それ……』


 レティシアは震えた指先でエミナの胸を指す。

 その仕草にエミナは薄らと口元を吊り上げた。


『だから言っただろ。お前はその理由を一番知っていると……』

『…………』


 その一言でレティシアはさらに青ざめた表情を浮かべる。

 だが、無理もない。

 エミナの胸にあるそれは彼女にとっては忌まわしい記憶そのもの。

 いや、違う。

 その感情はこの場にいる全員に当てはまるものだ。

 だからクロトは浮き足立っていた体を落ち着かせ、エミナを正面から見つめる。


『エミナ、説明してくれるんだよな?』


 クロトはその胸元に刻まれた『死淵転生』の刻印を睨み付けながらそう呟いていた――。



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