救う偽善と守る利己
クロトの中で最大の攻撃力を誇る《イグニッション・ブレイザー》は神殿を両断していた。
その光に包まれたイノリも流石に無傷とはいかないだろう。
たぶん、死んではいないはず……
剣戟の打合いで放出させた魔力のその大半は攻撃を放つ前には霧散していた。
クロトの放った一撃は本来の十分の一にも満たない威力だったはず。
それでも神殿を両断してしまったことに多少の驚きはあるが……
今にも崩れ落ちそうな神殿から目を背けるとクロトは瓦礫に向かって歩き出す。
「アイリ……」
《黒魔の剣》を地面に突き刺し、無事な手で瓦礫をどかし始める。
言いたいことは山ほどある。
どうしてこんなことをしたのだ。とか、散々心配かけさせやがってとか……
だが、それを言う為にはアイリの無事を確認しないことには始まらない。
クロトが無心で瓦礫を退かす作業を続ける中、一部の瓦礫が隆起し、ガバッと瓦礫を押しのけた。
それは剣の柄だ。
そしてその剣――《ミーティア》を支えにアイリは瓦礫の下から自分の力で這い出てきた。
剣は無傷。あれだけの衝撃を受けたのに、刃こぼれ一つない。
だが、その主であるアイリは別だ。
服は所々破け、白い肌には無数の傷跡。瞳も虚ろでその体は力なくフラフラと揺れていた。
さらにクロトの一撃を防ぐのにほとんどの魔力を消費したのか、《完全武装術》も解除されている。
まさに死に体。この勝負の決着は明らかだ。
「どう……して」
掠れた声を漏らし、アイリはクロトを見つめる。
その表情は悲しみに満ち、そしてやり場のない怒りに染まっていた。
「どうして、止める……の?」
「どうして、か」
「私は、助けを求める人を助けたいから魔術師を目指した。私の意思は――私の剣は間違っていないんだよ?」
「……ッ」
実のところアイリの言う理想は理解出来た。
誰も彼も救う『正義の魔法使い』――その志は立派だ。そうそう真似出来るものじゃない。
いや、真似したくないと言うべきか。
そもそも彼女の理想は単なる偽善でしかない。
いやもっと悪い。
単なる偽善者ですめばどれだけよかったか……
アイリは気付いていないのだ。
誰も彼も救う……その理想が戦いの中に存在しないことを。
戦いの末にある救いは同時に誰かを見捨てることにつながる。
アイリの戦う理由は素晴らしいが、その有り様が間違っていた。
救うなら剣を持つな。剣を持つ手に全ての人を救えるはずがないのだから……
(その偽善を貫くならアイリは魔術師になるべきじゃ……違うな《完全武装術》を覚えるべきじゃなかった)
アイリの目指すべき道はこの戦いの場に存在しない。
(だけど、今、それを言ったところで聞く耳持たないよな……)
クロトは心の中で苦笑する。
何より、クロト自身が一番よく知っているのだ。
その思いが間違いだと、心の底から挫折しない限り今の自分の信念を捨てられないことを……
魔術に無限の可能性を抱いていた時代があった。
魔術に不可能はないと。幸せに出来る力だと、そう思っていた時があった。
そして、その希望にすがった。
それが間違いだと、求めていた希望が絶望だと知った時、もう、クロトには何も考えることが出来なかった。
彼女と……最高のパートナーと出会うまでクロトは死んでいたのだ。
(レティシアの夢が俺に立ち上がる勇気をくれた。このくそったれな魔術を初めて守る為に使えた)
つまりはそこだ。
クロトはアイリの志を理解出来るが、共感しない。
クロトの戦う理由は『救う』のではなく『守る』ため。
それも――守りたい人達を守る為だけに振う利己的な力だ。
だから相容れない。反発する。
守りたいからアイリの間違った願いを――偽善を砕く。
簡単な話だ。
「俺の守りたいヤツに剣を向けた。だからお前を止めたんだよ」
それが答えだった――。