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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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あの日つかなかった決着へ


「な、なに……これ?」


 神殿に足を踏み入れたアイリは直後、全身を押さえつけられるような威圧感に冷たい汗をにじませた。

 異常だ。

 刹那の間にアイリはこの圧力をそう結論づける。


「……ッ!」


 体が重たい。

 呼吸も満足に出来ない。

 こんな――。



 こんなにも巨大な魔力を感じたのは生まれて初めてだ。



 アイリは全身に魔力を巡らせ、降りかかる魔力の重圧を和らげる。

 それでも相殺にはまだほど遠い。

 どうにか意識を保てる程度まで打ち消せただけ。

 アイリはその場に膝を突いて呼吸を整える。


 まずはこの重圧から逃れることが最優先。

 この巨大な魔力の塊の出所は?

 アイリは糸を張り巡らせるようにして魔力の探知を拡大していく。

 結果――


「が、学院……?」


 必死に魔力を探知して割り出した座標はウィズタリア魔術学院だ。

 だが、おかしい……。


 これほどの魔力を持つ人間はあの学院にはいないはずだ。

 大気も大地すら揺らすこの魔力はもはや人間程度が観測出来る魔力量を超えている。

 まさしくこの星の脈動そのもの。

 ランクなんてつけようがないほど巨大な魔力の渦。

 これがたった一人の人間から放出されているなんて考えられない。


「本当に、なんの冗談なのかな?」


 これほどの魔力を持った存在が一瞬でもその気になれば恐らくこの地表は焦土と化す。

 魔術でもないただの魔力の衝撃で、だ。

 不幸中の幸いはその存在にその気がないこと。

 今、感じる魔力の重圧はアイリ個人に向けられたもの。

 つまりはアイリに対する威嚇だ。

 なんで――?

 その疑問はすぐに水泡に帰する。


 ああ、そうか……


 なんてことはない。

 アイリがこの神殿に潜り込んだからだ。

 この奥で助けを求める声に手を伸ばすことをこの魔力の持ち主は阻止しようとしている。

 だからか……

 だから決意を決めたこの日にこの人は私に牙を剥いた。


「けど……」


 負けられない。

 この魔力の持ち主が誰で、どんな凄い魔術を使おうとも絶対に負けたくない。

 だって、譲れないから!

 お父さんとお母さんが目指した正義の魔法使い。

 私は二人の思いを受け継いだ魔術師なのだから――!


「私は止まらないよ」


 アイリは背中に手を回し、背中の鞘に仕舞った大剣《ミーティア》の柄に手を伸ばすと勢いよく抜き放つ。

 ごうッ! と抜刀した風圧が神殿を揺らし、剣から放出された濃密な魔力の塊がアイリの自由を縛っていた魔力の重圧を打ち消した――。

 その瞬間。


「――ッ!」


 学院にあった魔力の塊が忽然と姿を消したのだ。

 まるで先ほどまでの威圧感が嘘のように霧散していく。

 だが違う。

 消えたわけじゃない。

 恐ろしいスピードで向かってきているのだ。

 この場所に、アイリを止める為に――




 アイリは首筋に抜き身の刃を押し当てられたような殺気に導かれ、神殿の天井を見上げた。

 装飾の施された天井には幾つもの壁画がある。

 それはこの国の英雄『開闢の魔術師』が成しえた偉業の数々。

 話を聞いて、実際に記録を見た時は信じられなかった。

 ただの――それも『無色』の魔術師が魔術師離れした魔術を行使した奇蹟をアイリは『ありえない』と断じ、信じることが出来ないでいたのだ。

 だが――。

 ここに来てその考えが間違いだったことに気付く。

 この世界に『ありえない』なんて現実はきっと存在しないのだろう。

『ありえない』とは自分の殻を守る言葉。

 否定し、自身のアイデンティティを貫く為の言葉だ。

 だからこそ、アイリは今、この瞬間にその言葉を捨てた。

『ありえない』と思っていたらきっと私は負ける。

 勝つ為に受け入れるのだ。自身の価値観を揺るがす真実を――

 そして、その上で貫き通す、正義の魔法使いを!


「だから――」


 天井に無数の亀裂が走る。

 英雄の偉業は砕け散り、無数の破片となって降り注ぐ。

 クアトロ=オーウェンの壁画が崩れ、月の光がアイリの視界を遮った。

 その光を背に黒い外套ローブを纏った少年がアイリの前に着地した。

 濃密な魔力を纏ったその少年の登場にアイリは不自然なくらい自然と受け入れていた。

 確信があったわけじゃない。

 けど、それに近いものがあった。

 思えば――

 初めて出会った時からアイリは彼に惹かれていた。

 最初はただの興味本位だと勘違いしていた。

 けど、違う。

 これは、この感情はそんな言葉で片づけていいものじゃない。

 この気持ちは、まさしく――歓喜そのもの。

 正義の魔法使いを目指す彼女の魂が長年求め続けた存在を無視するなと叫んでいただけに過ぎない。

 アイリはこの日、彼のその姿を見てようやく理解した。

 闇に沈んだ漆黒の瞳、夜すら染める漆黒の外套。

 黒く輝く刀身の先端がアイリに向けられる。


 ああ、間違いない。

 この目だ。

 誰かの為なら平気で人を傷つけることすら厭わないこの瞳にアイリは惹かれていたのだ。

 まさしく、彼こそが悪そのもの。

 アイリが倒さなければならない、諸悪の根源の一つだ。


「アイリ……」

「クロ君……」


 互いに手にした剣を構える。

 これ以上の言葉は必要ない。

 もう言葉で語れるものはなにもないのだから。

 アイリは正義の魔法使いとしてクロトを見据えた。


「決着をつけよう」

「……ああ」

「あの時つけられなかった本当の決着を!」


 クロトの瞳に迷いはなかった。

 斬って捨てる。

 その目にはそれ以外の感情はない。

 だから、アイリは全身の力を躍動させ――


「せいやああああああああああああああああああああッ!」


 地面を砕くほどの突進力をもって力の限り《ミーティア》を打ち下ろした――!

 


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