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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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殴ってでも止めてみせる

「お、おい……待てよ、それは、本当か……?」


 震える声を絞り出してクロトは冷や汗を滲ませるエミナに向き直った。

 極めてその動揺を隠そうとしているのが逆に真実だと告げているようなもの。

 クロトはその様子からあの言葉が冗談でもなんでもなく、正真正銘、現実に起こったことであることを痛感する。


(くそ、いったい誰が……?)


 思考は侵入者の正体へと向けられる。

 エミナはこの国全域に《ヒョウカイ》と呼ばれる氷魔術の最上級呪文で結界を張っている。

 それは外敵からの侵入を防ぐ役割もあるが、本来の目的は十八年前、クアトロの魔術で蘇った□□□を氷の結界で閉じ込める為だ。

 空気も魔力もあらゆるものを遮断する氷の壁に囲まれて眠る少女。

 クロトはエミナと再会を果たした後、エミナに連れられ、神殿の最奥で横たわる彼女を目に焼き付けていた。


『私の力では彼女を殺すことが出来なかった』


 当時のエミナは苦々しい表情を浮かべ、そうクロトに語った。

 エミナの魔力を得た彼女が纏う魔力障壁はエミナの魔術では貫通出来なかったのだ。

 いや、それ以前の問題として、エミナは彼女を絶対に殺すことが出来ない。

 エミナは『死淵転生』よって□□□に捧げられた生贄だった。

 その生贄が本来の役割を捨て、逆に彼女を手にかけることは『死淵転生』の因果に縛られたエミナには不可能。

 だからこそ、エミナに出来ることは限られていた。


「ありえねえだろ……」


 その努力の結果である結界をいとも簡単にくぐり抜けた相手にクロトは並々ならぬ恐怖を抱く。

 果たしてそんな芸当が出来る人間がこの世にいるのだろうか?

 相手はこの国最強の魔術師だぞ?


「……ありえない、話ではない」

「エミナ?」


 ポツリとエミナが漏らした呟きにクロトはすかさず反応する。


「どういうことだよ?」

「言葉通りだ。この瞬間に関して言えば、ド三流の魔術師でも運がよければ私の魔術の視覚から逃れることが出来る」

「それこそ信じられねえ……お前がそこまでの隙を見せることがあるのか?」


 その言葉を聞いたエミナはこれ見よがしに呆れたため息を見せる。

 まるで「お前はバカか?」と言いたげな冷めた視線にクロトの表情は引きつる。


「お前は正真正銘のバカだな」

「うぐ……」


 まさに思い描いた通りの言葉。

 絶対零度を思わせる彼女の声音にクロトはあからさまに嫌そうな表情を見せる。


「本当にわからないのか?」


 ニヤニヤとクロトを挑発する瞳にはなぜか期待の眼差しが込められ、こんな非常時だというのにその頬はなぜか紅く染まっている。

 もちろんクロトにはエミナほどの魔術師が大きな隙を見せた理由に心当たりがあった。

 それはなんとも幼稚で、けど決してバカには出来ない理由だ。


「……お、俺のせいですよね?」


 だからクロトはその事実を受け入れる。

 彼女の気持ちをごまかしたくないから。

 その愛情に目を背けるのは彼女を傷つけることになるとわかっているから。


 その言葉を聞いたエミナは満足そうに頷く。


「そうだ。お前が目を覚ましたことが嬉しくて、その声をまた聞くことが出来たのが幸せで、その温もりが心地よくて……だからこんな失態をしてしまったんだ。どうしてくれるんだこのバカ!」


 途中で恥ずかしいことを言っていることを自覚してきたのか、最後には責めるようにまくしたてるエミナにクロトは苦笑いを浮かべる。


「悪かったよ。別にこの件に関してお前を責める気もお前に呆れる気にもならないから……」

「そ、そうか。それなら……まあ、いい」


 どこかホッとしたように安堵のため息を吐くエミナにまだまだ可愛い所も残っているものだとクロトは感心してから、この事件の核心に触れる。


「それで、お前のことだ。相手の目星はついているだろ?」

「……一つ言っておくと、これは私の勘だ。絶対とは言い切れない」

「安心しろ。お前の女の勘が外れた試しはないから。じゃなかったら俺のコレクションが灰になる事もなかったよ」


 どこか遠い目をして在りし日の思い出に浸るクロトにエミナは半眼で睨む。


「それとこれとは話が別だ。お前には私がいれば十分だろ? 欲情も、愛情も、お前の気持ちは全て本来なら私に向けられるものだ。あんな紙切れに欲情される私の身にもなれ」

「なにそれコワイ」


 その真剣な瞳にクロトの表情は引きつる。

 もしこれがなんてことのない日に言われたなら迷わずエミナの前から姿を消したくなるほどの案件だ。


「まあ、その話はまた今度ゆっくり話し合うとして……侵入者は恐らくライベルだろうな」

「……その根拠は?」

「上手く隠しているが神殿の近くにライベルの魔力を感じる。恐らくこの魔力は残滓に過ぎないだろうが……今回、彼女が何かしら動いているのは間違いない」

「アイリが神殿に行ったのはたまたまかもしれないだろ?」

「何度も神殿に通った上で『たまたま』か? それこそ信じれないな」

「なら《ヒョウカイ》でアイリの足を止めるなりすればいいだろ? 犯人がわかっているなら簡単なはずだ」

「それが出来たら苦労はしないさ。お前には私が教師になった理由をちゃんと説明していなかったよな?」

「ん? そうだっけ?」


 たしか、アイリを留学生として受け入れる為の条件だったような……


「正確にはアイリ=ライベルを監視するためだ。今回の留学は彼女自身が望んだことだから」

「は? それでなんで監視が必要になるわけ?」

「当たり前だろ? この国は魔術が未発達な国だ。そんな国にわざわざ生粋の魔術師が留学したいと思うか? 普通は思わないだろ。なにせこの国に来ても彼女の得るものは何もないからな」

「なるほどね……」

「だが、こちら側は違う。彼女の魔術知識は喉から手が出るほど欲しい。だからはじめから彼女の留学を拒む者はこの国にはいなかった。だが、あちら側が留学に対して条件をつけてきてな……」

「その条件がアイリの監視か?」

「違う。私の監視はその誓約の穴を突いた行為にすぎない。本来の誓約は私がライベルを含めた魔術国家アルサリアの国土、国民に一切の手出しをしないことだ」

「は? なんだよ、そのふざけた誓約は……?」


 誓約とは一度交わせば破棄することが出来ない絶対的な契約だ。

 誓約を交わす魔術師は滅多にいない。交わせば当然その誓約に縛られ、身動きがとれなくなる。

 どんな魔術をもってしても誓約は破棄出来ず、生涯に渡りその効力を発揮する。

 それをアイリの留学を受け入れる為だけにこんな誓約を持ち出してくるなんて……


「それほど連中も『氷黒の魔女』を恐れていたんだろう。当然ウィズタリアはその誓約を呑んだ。なにせ私個人が手を出すのを禁じるだけの誓約だ。国にそれほど被害がある内容じゃない……まったくこの国の政治家達はバカの集まりかってな……」


 エミナのこの態度にクロトは露骨に眉を歪ませる。

 言いたいことはわかる。

 相手はエミナの力さえ封じてしまえばこの国を潰すことなど造作もない国なのだから。

 魔術国家アルサリアは魔術師の手練れが大勢いる魔術国家。

 それこそ魔術技術に限って言えばこの国のレベルを遙かに凌駕している。

 エミナの力がなければアイツら『帝国魔導騎士』と対等に戦うことすら出来ないだろう。

 かつてその『帝国魔導騎士』に身を置いていた記憶があるクロトだからわかる。

 彼らの技術は現在のエミナと対等だ。


「だから手出しが出来ないってわけか……」

「そうだ。私に出来るのは監視まで。だからライベルの目的がなんであれ、私には直接彼女を止めることが――」

「なら、俺が止めるしかないよな」

「クロト……」

「わかってる。相手はアイリだ。俺の、いや俺たちの仲間だ。でも、だからこそ止める。仲間が間違ったことに手を出すなら殴ってでも止める」

「その体で勝ち目があると思っているのか?」

「まあ、なんとかするさ。どちらにせよ、俺にも氷の中に閉じ込められたアイツを殺すことなんて出来やしねえんだ。ならアイリを止めるしか手はないだろ?」

「まったく、お前は呆れるほどバカだな……」


 エミナはフッと小さな笑みを零すと、壁に立て掛けられた《黒魔の剣》とアイリの魔力が宿った魔晶石を手渡す。

 それらを受け取ったクロトにエミナは真剣な眼差しを向けた。


「――クロト、今更お前の決意に泥を塗るつもりはない。だが、最悪の覚悟だけはしておけ――」

「最悪の覚悟?」

「そうだ」


 エミナはそう呟くとクロトの前に立ち上がり、その漆黒のドレスの肩紐に手を伸ばす。

 容易くほどけた肩紐。

 エミナはそっとドレスを降ろし、彼女の鎖骨や谷間が視界に入る

 その胸元が完全に外気に晒される直前――。


「いいい、いったい何をしているんですか! エミナさん!?」


 いつから目を覚ましていたのか、頬を真っ赤に染めたレティシアが突然大きく手を振りながらクロトの視界を遮ってきた――。


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