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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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氷に囚われた少女

 時は遡り――。

 クロトが目を覚ます一時間ほど前。

 魔術国家ウィズタリアの中では比較的活気のある商店街通り――。

 そこでは夜の帳に溶け込むように数人の若い男女が飢えた視線をぎらつかせ、施錠された店を注意深く見つめていた。


「ほ、本当にやるのか……?」

「当たり前だろ! じゃねえと死んじまう」


 彼らは皆一様にボロボロの服を着込み、乱れた髪に荒れた肌と、一目見ただけで貧困層の人間であることがわかる。

 魔術国家として建国され十八年が経ったここウィズタリアでも当然のごとく格差がある。

 この格差は魔術が発達したことに生じた格差とも言えるだろう。

 本来、魔術を学べない者は他の職種に就くしかないが、《インスタント魔術》のように発達したこの国の魔術はその少ない職種の居場所すら奪ってしまい、結果として彼らのような失業者を多く生み出す要因となってしまった。

 もちろんこの問題に対し国は本腰を入れて対応しているが、それでもまだ全ての人に対し援助が行えているとは言いがたい。

 彼らはそんな未だ援助を受けられていない明日の生活すら怪しい貧困層の一部だった。


「けど、これは立派な犯罪よ?」

「わかってるよ。けど――」


 未だにその一歩を踏み出せないでいる若者達。

 その若者たちの目の前で――。

 それは唐突に現れた。



 彼らの前の空間が歪む。

 店と彼らを隔てた景色が歪曲し、まるで汚い絵画のようにグチャグチャに混ざりあう。

 そして――。

 パリン……。

 と歪曲した景色が薄いガラスみたいに砕けた瞬間、そこに一人の男が現れた。

 だが、誰も彼に気付くことは無い。

 当然だ。今、彼は魔術を使って彼らの認識を阻害しているのだから。

 彼らは《転移》による空間の歪みもそして彼にも気付いていない。



 一八〇を超えた細身の男。

 闇色の髪に鍛え抜かれた躯。

 肌は血の気が失せたように白く、その瞳は黄金色だ。

 白いロングコートを纏った彼――レイジは目の前でつまらない議論を繰り返している集団を見て、眉間にシワを寄せる。

 まるで汚い物でも見つけてしまったその表情にはある種の怒りすらあった。

 これが人間。

 なんと醜い生き物だ。

 こんな存在がこの地上に病魔のように蔓延る現実に目眩すら覚える。

 

 しかも事実、彼ら人間の存在がこの世界の害悪になっているのだ。

 利用価値が無ければとうの昔に人間は人間たちが魔獣と呼称するレイジたち魔族に滅ぼされていただろう。


(この世界を救えるのもまた人間の命とは考えものだな……)


 レイジは胸中の想いを吐露すると未だに目の前でレイジの存在に気付かずに議論をしていた貧困層の人間に視線を向けた。

 天使の《守護結界》を使わずこの国に侵入する為には人間の近くに《転移》する必要があった。

 人間の存在にレイジの存在を一瞬紛れ込ませることで相手に僅かな違和感すら抱かせないようにする為だ。

 そうすれば魔力の放出量を自在にコントロール出来るレイジは『氷黒の魔女』にその存在を悟られる心配が無くなる。

 魔力と存在、その二つさえ悟られなければ『氷黒の魔女』の結界も無いに等しい。


 とは言え――。

 どちらにせよ破壊する魔術。侵入と同時に壊してしまってもよかったのだが、いつも一緒にいる堕天使にその考えは否定されていた。


『それはダメ。余計な手間が増えるだけ』


 その一言と冷めた視線を前にレイジは自身の考えを戒めた。

 混乱を招くのはいい。

 だが、人間にこちらの思惑を感づかれるのはよくない。

 そう判断し、言われた通りに《転移》してみたが……。


(これは失敗だったな……)


 目的地の近くにいた人間を座標したせいで下らないものを見せられた。

 ただでさえ人間というもに嫌悪を抱くレイジにとってこの醜態は見るに堪えないものだ。

 この人間たちの利用価値はもはや無いに等しい。

 だからこそレイジのとる行動は決まっていた。



「……消えろ」



 議論を交わしていた集団の一人に指先を当てる。

 その瞬間――。

 レイジの指先が触れた人間は一切の音も無くこの世から消え去った。

 叫びも嘆きも何も無い。

 ただ唐突に、突然に、その人間は呆気なくその生を終える。


 ただその光景を見ていた人間だけが、言葉を失い、青ざめていた。

 彼らにしてみれば突然人ひとりが消え失せたのだ。

 その出来事は理解の範疇を超えているのだろう。


「お、おい……どこだよ」

「そ、そうよ……冗談は止めてよ」


 残った集団は消えた人間を探し、視線をさまよわせる。

 その視線はレイジを捉えるも、存在感を無くした彼を見ることは出来ない。

 そうこうしている内にまた一人、また一人とレイジの手によって消されていく。

 そしてその数が半分になった時、貧困層の彼らはそれが異常事態だということによくやく気づき、動揺、悲鳴を上げ、散り散りに逃げていく。

 だが、レイジの手は逃げ惑う彼らを一人も逃しはしなかった――。

 そうして五分も経たない内にその場からレイジ以外の人間は文字通りこの世から消え去った――。



 そして――。


「ここか」


 レイジが足を踏み入れたのはこの国にとっては聖地と呼ばれる場所。

 英雄『クアトロ=オーウェン』が眠っていた神殿だ。

 すでに墓は暴かれ、彼の遺骨はない。

 そのことはレイジも当然知っていた。

 なぜなら、焼却され灰になった彼の肉体は『死淵転生』によって肉体を取り戻し、その蘇った躯の一部をレイジたちが手にしているから。

 魔術師の亡骸は灰になるまで燃やす。

 それが魔術師の世界における共通のルール。

 魔術師の肉体は死して尚、この世界に影響を及ぼす。

 現に復活した『クアトロ=オーウェン』の肉体はその瞬間からその身に刻まれた魔術の影響を受けていた。

 躯に刻まれた魔術式もそうだが、彼が生前に使っていた未完成な魔術ですら肉体が戻った瞬間に再起動したのだ。

 その再起動した魔術はクアトロの肉体の一部が残っている限り続く。

 だからこそレイジはこの神殿に足を踏み入れた。

 英雄の肉体も杖も無い空っぽの神殿。

 誰が見ても同じ感想を抱くだろう。

 だが違う。



『神殿にはクアトロ=オーウェンが生きた証が眠っている』



 この国の誰もが知ってる伝承。

 そしてこの国の誰もが騙されていた伝承でもある。

 事実、この場にはクアトロの遺産が眠っている。

 彼の杖も《ローブ》もそうだ。

 それがこの国の住人を欺く罠。

 本当の遺産は……彼の生涯とも呼べる証は他にある。



 レイジは迷うことなく神殿を突き進み、その深奥に辿り着く。

『氷黒の魔女』エミナ=アーネストの魔術が最も強力な場所。

 氷で覆われたその場所に彼女はいた。

 外見は十六歳くらいだろうか。

 腰まで届く夜の髪色に、新雪のように白い肌。

 寝台に寝かされた少女は一糸まとわぬ姿でその慎ましい胸は規則正しい呼吸を繰り返している。

 細長い手足に整った容姿は人外のレイジをもってすら美しいと言わしめるほどだ。


「こいつが……」


 クアトロ=オーウェンに『死淵転生』を使った魔術師をおびき寄せる餌であり、強い破壊衝動をもった存在。

 少女の躯から漏れ出す魔力は『氷黒の魔女』と同じくランクA相当。

 それも当然。

 なぜならこの少女はエミナ=アーネストの魔力をその身に宿しているのだから。


 クアトロ=オーウェンが生前に行った最後の魔術――その魔術によって偽りの命を得た人形。

 クアトロ=オーウェンが復活したことにより再起動した『死淵転生』により再び自我を得た少女はレイジの存在に気付き、その虚ろな瞳をレイジに向ける。

 それはこの氷の監獄から助けを求めるような――。

 いや、この氷の主の命を欲しているような飢えた視線だ。



「光栄に思え人形。お前をここから連れ出してやる」


 その指先は迷うことなく彼女を覆う氷の壁に触れた――。

 


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