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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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正義の魔法使い

 誰もが寝静まった深夜。

 アイリ=ライベルはとある一つの扉の前を行ったり来たりしていた。

 どうにもこの扉を開けて中に入る勇気が中々出てこないのだ。

 理由は実に明白。

 会わせる顔がない。

 中で寝ている少年はアイリよりも魔力も魔術師としての資質も劣る。

 いや、悪くいえば魔術師と呼んでいいのかさえ怪しいものだった。

 最初は単なる好奇心だった。

 誰も気付くことが出来なかったアイリなりの挨拶に彼だけが気付くことが出来たその魔術的センスや洞察力に興味がわいた。

 意見のすれ違いから生じた模擬戦だって、結果は納得出来ていないが、彼の秘めたる才能を垣間見ることが出来て充実した時間を過ごすことが出来た。

 だが――。

 念願叶って彼とパートナーになったアイリは予想もしなかった事実を目の当たりにすることとなった。

 彼の魔術嫌いもさることながら、彼が魔力をほとんど持たないという事実がそれまで彼を知らなかったアイリに衝撃を与えた。

 本当にあり得るのだろうか? 魔術師と呼べるほどの力もない人が魔術師であるアイリと互角以上に戦えたこと。

 魔術師でもないのにその知識に詳しく、また、魔術を見抜くセンスがずば抜けているなんていうことが本当に現実に起こり得るのだろうか?


 彼に対する疑問は深まるばかりだ。

 けど、それ以上に――。

 アイリにとって彼は――。


 守るべき人間の一人だった。


 魔術師としての才覚がなく、魔術の使えない彼は本来なら『正義の魔法使い』としてアイリが守るべき人々の中の一人なのだ。

 助けを求める声を助けたい。

 手を差しのばして、力になる。

 アイリにとって魔術師とはそういう存在であり、『正義の魔法使い』こそがアイリにとって全てだった。


(お父さんもお母さんもそうだったからな……)


 アイリはその扉に体を預けながら、まだ彼女が幼かった頃の記憶を思い起こす。

 それはなんてことのない記憶の欠片。

 アイリたちの家族は比較的人里から離れた場所で生活していた。

 周囲には大きな池が一つ。そのほかは林や草原だけといった本当に人気のない場所だったが、大自然に囲まれた生活は苦ではなかった。

 父は魔術師でいつも魔術の研究をしているような人間だった。

 研究の成果を人里に下りては披露し、その魔術の恩恵で謝礼を受け取る。

 母は魔術の素養こそなかったけど魔術で使う道具を作る仕事をしていて、父の魔術を補助する杖や、その他にも色々な魔術道具を作っていた。


 生粋の魔術師家系。

 それがアイリの家族だった。

 父も母も魔術を悪用することなく、誰かの為にその力を使い、いつも誰かから感謝されていた。

 その背中をずっと見続けてきたアイリはある時期から『お父さんやお母さんのような魔術師』になりたいと思うようになっていた。

 アイリがその夢を胸に抱くのはある意味では必然だ。

 なにせ、ずっと見続けてきたから。

 父や母の力で救われた人達の心からの笑顔を。


 その夢を両親に告げた年の誕生日。

 アイリは父から《完全武装術》を――。

 母からは鋼の大剣ミーティアを――。

 それぞれ誕生日プレゼントとしてもらった。

 その時の両親の言葉を今でも一言一句思い出すことが出来る。


『それは素晴らしい夢だ。

 けど、それと同時にとてつもなく困難な道だよ。僕たちだって全てを救えるわけじゃない。

 それにアイリには辛いことを言うかもしれないけど、僕たちの行いは慈善でもなんでもない。下心のある行いなんだ。

 僕たちは守りたいものの為に魔術を使って困ってる人を助けているに過ぎないのだから。そこには確かに感謝の気持ちもあったけど、それ以上にその行いが僕たち家族の生活を支えていたのも事実なんだ。



 え? その守りたいものは何って?

 そんなのはもちろん決まっているよ。

 それはね――大切な一人娘だよ。

 アイリに元気に育って欲しい。こんな人里離れた場所でも強く育って欲しい。

 僕とお母さんはね、アイリにまっすぐ成長して欲しいからこそ、二人で出来ることを頑張ろうって、僕たちの持つ力を使って困ってる人を助けることに決めたんだ。

 その後ろ姿を見て『正義の魔法使い』を目指してくれるのはとても嬉しい。

 だからこそ――。



 たとえ、一人ぼっちになってもその優しさと強さ、そしてその明るい夢を追い続けられるように、僕とお母さんはこの二つをプレゼントすることにしたんだ。

 だから、どんな困難が訪れようと――――強く、強く、前に進んでくれ』



 それから数ヶ月もしない内に、父と母はあまりにも唐突にこの世を去った。

 今にして思えば、あの日の誕生日にはすでに予感があったのだろう。

 なにせ、その言葉を口にしていた父は今にも泣きそうで、母にいたっては涙を流していたのだから。


 二人の死後、天涯孤独となったアイリはそれでも尚、『正義も魔法使い』を目指し続けた。

 悲しみはあった。絶望もした。これからどうすればいいと嘆きもした。

 けど、あの日の父の言葉が両親の背中がアイリを支え続けてくれた。

 だからこそ目指せた。

 目指して、目指して、目指し続け、ようやくここまで辿り着けた。

 この世を去った父と母に代わり、立ち止まることなく、アイリはその夢を追いかけ続けた。

 いつかあの背中に追いつきたい。

 そして、笑顔を見たい。

 あの日父と母に助けられた人達ような笑顔を。

 夢を語ったアイリに両親が見せた笑顔をもう一度見る為に。


 だから――。


「うん。やっぱり会っておこう」


 アイリは決意を決め、目の前の扉のドアに手をかけた。






 室内はほとんど真っ暗で聞こえる音といったら窓を揺らす風の音と後は寝息くらいだ。

 アイリは起さないように慎重に近づき、

 そっとカーテンを開けた。


「えへへ、ゴメンね。来ちゃった」


 それはベッドで横になる少年の胸を枕にヨダレを垂らす金髪の少女に向けてのものだった。


 アイリは彼女からこの部屋に来るな。と力強く拒否されていた。

 そのせいも――なくはないが、アイリは自分の怪我が完治しても中々この部屋に足を踏み入れることが出来ずにいたのだ。

 小さな吐息をもらすレティシアを起さないように気を遣いながらアイリはベッドをのぞき込む。


「クロ君……」


 そこで眠る少年の名を呼び、胸が締め付けられる痛みを覚えた。



 本来守るべき人に守られてしまった。


 その後悔こそがアイリをこの部屋に近づけさせなかった一番の理由。

 自分の弱さ、ふがいなさを痛いほど痛感し、未だ昏睡状態のクロトにどう向き合えばいいのかわからなかったのだ。

 ベッドで横たわるクロトに目立った外傷は一つもない。

 

 あの後、『ゼリーム』を倒し、同時に気絶したクロトは血の気の失せた顔で今にも死んでしまいそうだった。

 あの時、クロトに何が起こったのがアイリは理解出来ていない。

 わかっているのはあの青い《ローブ》が現れた途端、クロトが耳を塞ぎたくなるような悲鳴を上げ、それでもその苦痛を押し殺して『ゼリーム』を倒したことくらいだ。


 クロトの体を看たエミナからは極度の魔力負荷による疲労とまでしか聞いておらず、すぐに目を覚ますと言われてから実に一週間が経過していた。

 本来、魔術師でないクロトがあれだけの力を行使したとなれば、当然体にかかる負担は計り知れない。

 今、目を覚まさないのも失った生命エネルギーを取り戻しているから。

 けど、目を覚ました彼は今まで通りでいられるのだろうか?

 それがアイリの今、一番の不安だった。

 魔術師の誰もが抱える爆弾。

 魔術負荷は度が過ぎれば魔術師としての生命さえ絶つことがある。

 あの時のクロトの苦痛の姿がアイリにはそう思えてならないのだ。

 もう目を覚ましても魔術は使えないのではないだろうか……?


 もしそうなれば、その原因を作ってしまったのは間違いなく自分だ。

 愚行ともいえる特攻の果てに大切な人に消えない傷を与えてしまった。


 そう思うと今にも泣きそうになる。

 心が折れそうになる。


 けど――。

 まだ折れるわけにはいかなかった。


「助けてくれてありがとう……」


 本当なら目を覚ましてから言いたかった。

 けど、クロトが目を覚ました時、アイリはもうこの国にはいられないことを確信していた。

 だから今のうちにお礼だけは。

 そして、謝罪だけは済ませておきたかった。


「それと、ゴメンね、無理させちゃって。あはは、これじゃあ、『正義の魔法使い』失格だよ。お父さん達のように上手くはいかないね」


 誰に聞かれることもなく、

 それ故にアイリは本音をポツリポツリと漏らしていく。


「本当はね、怖かった。魔獣と戦うことも、魔術を使うことも、剣を握ることも。実はね、私って凄い泣き虫なんだよ。いつも泣いてばかりで、クロ君が倒れた時なんか大泣きして、

 大切な人がまたいなくなるんじゃないかって不安で仕方なかった。

 お父さんとお母さんみたいに突然いなくなるんじゃないかって……。

 だから生きていてくれてありがとう。助けてくれてありがとう。

 こんな目にあわせてちゃってごめんなさい」


 眠るクロトは何も答えない。

 ただ心地いい寝息をたてるだけだ。

 今、目を覚ましたらきっと驚かれるだろうな……。


 と、アイリは頬を伝う涙を感じながら苦笑した。

 たった数ヶ月の思い出。

 この場所で、この国での思い出はアイリにとってかけがえのないものだった。

 一人ぼっちで、もといた国でも友人らしい友人がいなかった。

 けど、この場所でアイリは初めて同年代の友を得た。


(結局名前で呼べなかったけどね……)


 けど、今となってはそれもいい思い出だ。

 それを胸にしまい、アイリは決心した。


「私ね、この国に来たのはずっと声が聞こえていたからなんだ。

 誰かの『助けて』って声。

 その人を助ける為に、ちょっと無茶してこの国に来ちゃった。けどね、この学院での生活は本当に楽しかった。ずっと軍の中で訓練してきたから誰かと笑いあえる生活が本当に楽しかったんだ。

 けどね、その生活は今日でお終い。

 私はその声を助けに行く。それがこの国にとってよくないことでも、それでも助けを求めているなら助けたいんだ」


 夢の中で確かに聞いた『ここは寒い』と――。

 それはエミナ=アーネストがこの国の結界で使われている氷の魔術でその声の主を封印しているからに他ならない。

 そして、ここ数日リハビリの為にと国中を練り歩いて、最もエミナの魔力が濃い場所をすでに特定していた。

 だからいつでも動ける。

 そしてそれは今日。

 日が昇ったと同時に決行する。

 エミナが自らの意思で封じた人を助けるのだ。それはこの国に敵対するのと同じこと。

 ならもうアイリはこの国にはいられなくなる。けれど――。


 ただ危険だからとろくに話も聞かず、一方的に封印するような暴挙を見逃せるほどアイリは賢くない。


「だって、私は『正義の魔法使い』だから――」


 その声音は確かな闘志と決意が込められたものだった。


 


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