最低×最強
同じクラスになって再び顔を会わせた二人は何の前触れもなく教室の中で言い争いを始めた。
どちらかといえばレティシアが一方的に怒鳴り散らしていただけだが……。
担任教師が来るまでその言い争いは終わることなく、結局、マークとノエルが必死になってその場を収めることになったのだ。
それから、やっとのことで簡単な自己紹介だけはできたが……。
クラスの雰囲気は今なお最悪といってもいい。
レティシアにしてみればどうしてクロトのような人間がいるのか理解できないし、クロトにしても理不尽に怒鳴られたことが頭に来ているようだった。
「先生」
「はい、何でしょう?」
レティシアが挙手をして立ち上がると、その指をクロトに向けた。
「どうして学院側はEランクの一般人に席を与えているんですか?」
「散々な言われようだな……」
ボソリとクロトが険のある声で呟く。
それだけで教室内の気温が下がったような錯覚を抱きそうだ。
マークは努めて笑顔を覗かせながらレティシアの質問に答える。
「学院は学院として彼の魔術適性を認めているんです。それにランクだけで優劣がつくわけではないのはわかりますよね?」
「それはそうですけど、それはあくまで魔術を使える前提での話ですよね? クロトは本当に魔術を使えるんですか?」
「そ、それは……」
マーク自身にもなぜクロトがこの学院の敷地を跨げたのか理解しているわけではなかった。
上から言われたのは「気にするな」の一言。
マークの上――つまりこの学院の最高機関もどうやら頭を抱える事態のようだったが、マークにしてみればそんな問題児を押し付けられたことに頭を抱えたものだ。
こうなる予測もできたわけだからそれなりの対応は用意していたが、さっそく胃が痛くなる思いだ。
「ランクがいかに低いといっても彼に魔術適性があることはこの学院の最高機関が認めていることです。ですけど、アートベルンさんの言うことも最もです。そこで――」
マークは一度そこで話を区切ると教室内を見渡した。
「皆さんも少しは気になっていたかと思いますが、クラス分けについてのお話を先にしておこうかと思います。今回、クラスは五クラスに分けられました。けれど一組が一番魔力適性が高いというわけではありません」
クラスの中には当然『D』ランクも『C』ランクの生徒もいる『B』ランクはノエルだけ。そしてそれより高いランクの生徒はレティシアだけだ。
どうみても明らかにランクの平均値が低いクラスとなっていることは否めない。
「クラスのランクの平均がどのクラスも一緒になるように調整されています。だから今、クラスには優劣といったものは存在しません。これは一学期に開催される魔術競技が終わるまではそのままです」
「あの……先生、魔術競技っていうのは?」
一人のクラスメイトが聞き慣れない単語に首を傾げた。
「純粋に魔術を使った競技のことです。今回は学院を舞台としたサバイバルのようですね。そこで初めてクラスごとに順位というもが付きます。そしてその順位を参考に授業の内容をクラスにあったものに変更していく――というのがこの学院の伝統なんですよ」
「じゃあ、より魔術を詳しく習いたかったらその競技で優勝するしかないってことですか?」
「そうなりますね。流石に一人一人に平等な授業ができるほどの余裕はまだこの学院にもありませんから。各々の進捗状況に合わせた授業をやる必要があるんですよ。そこで一組ではその競技も含め、魔術講義を行う際は基本的に二人一組のペアをつくってもらおうと思っています」
「えーどうしてですか?」
「その理由は簡単です。魔術が危険なものだからですよ。一人で魔術を行ってもし失敗すればフォローできる人間がいません。ですが二人組なら大きな事故を防ぐ予防策にも、そして互いに研鑚して高め合うこともできる。だからこそペアをつくろうと思っています」
「さすが、先生。若いっていっても流石は魔術師だね」
話を進めていく内に雪解けするようにクラスの雰囲気が明るくなってきた。
最初こそギスギスしていたが思ったよりも素直な子たちが集まっていたことにマークは胸をなで下ろした。
それでもまだ、大きな氷山は残っているが……。
そこでマークはこの最後の一角を潰す為の切り札をきることにした。
「ペアの方はもう先生の方で考えてあります。これもクラス分けと同様に魔力量がすべてのペアがなるべく同じになるように調整しました。そこでアートベルンの質問にも答える形になるのですが、クラスのペア水準を一定に保つためにもアートベルンさんにはエルヴェイト君とペアになってもらうつもりです」
「へ? ちょ、ちょっと待って下さい! なんですかそのペアは!? できればノエルと一緒がいいんですけど……」
レティシアの不満ももっともだろう。
なにせランクSオーバーの魔力量だ。
時間を積めばそれこそかつての大英雄『クアトロ=オーウェン』を超える存在になるかもしれない。
それが魔力量がほとんどないクロトと組まされることになるのだ。
当然、クロトと足並みをそろえる必要があるため、他の生徒より出遅れる可能性もあるかもしれない。
だが、マークは別にそれでもいいと思ったのだ。
高ランク同士で魔術を高めあっていくよりも、最低ランクの魔術師と一緒の方がきっと彼女にとっても、この国にとってもいい結果になるとマークは確信していた。
だからこそ――。
「すみません。それは出来ないんですよ。クラスで首位同士がペアになられるとどうしてもそのペアだけが目立ってしまう。私はせめてクラス内でだけは足並みをそろえて一緒に魔術を学んでいきたい。そう思っているんですが、ダメでしょうか?」
「そ、そんなこと言われたら……」
ダメだなんて言えるわけがない。
それにもし、もだ。
もしクロトが魔術を扱えるというなら偏見だけで彼を侮辱したことになる。
もしそんな事態になったらレティシアは謝るどころではない。
きっとものすごく後悔するだろうし、後ろめたくもあった。
自分の目で真相を確かめてみてもいい。
学院側に異議を申し立てるのはその後からでも遅くはないだろう。
レティシアは渋々頷くと静かに椅子に座り直した。
「アートベルンさんにはそこでエルヴェイト君が魔術師としてこれからも学院で過ごしていけるかどうか自分の目で確認してもらおうと思っています。魔術師を目指すなら自分の目で真実を確認したほうがいいでしょうから」
「……それもそうですね。先生のおっしゃることは確かにその通りだと思います。嫌々ですけど魔術師としてクロトの才能を見極めようと思います」
その言葉に反論する生徒は一人も現れることなく、ここに学院始まって以来の最低魔術師と最強魔術師のペアが完成した――。