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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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ただひたすらに投げろ!

 その影がたき火の上に着地する前に、クロトとアイリは互いにその場から距離を離していた。

 奇しくもその影を間に挟む形でクロトたちはその異形の存在を目の当たりにする。


「これが、魔獣……」


 影に隠れた反対側からアイリの驚愕に満ちた呟きが聞こえた。

 その言葉からアイリは野生に生息する野良魔獣を見たのは初めてなのだろう。

 一方でクロトも突然の襲来に驚きを隠せないでいた。


(まさか、『ゼリーム』がたき火のすぐ側までこれるなんて……いや、そんな事より、自分の体を押し当ててたき火を消した? そんなの今まで一度も見た事がない……)


 このキャンプ場への襲来をクロトとアイリはまったく予想していなかったのだ。

 『ゼリーム』は火に弱い。火を起していれば襲われる心配はないと思ったその隙をつかれた。

 相手は魔獣。未だその生態の全てが暴かれていないというのに――。

 クロトは悔しさのあまり、握った拳に力が入る。


「あ! 私の《ミーティア》!」


 アイリが青ざめた顔で『ゼリーム』の下敷きになった大剣へと駆け寄ろうとしていた。


「バカ! 止めろ!」


 たまらずクロトが声を張り上げる。

 今、この『ゼリーム』に近づくのはあまりに危険だ。

 今まで見た『ゼリーム』はそのほとんどが青や緑色で比較的小柄な姿だったのに対し、目の前に現れた『ゼリーム』の色は深紅。その体格もアイリと同じくらいの大きさだ。

 間違いなく危険な存在だと、クロトの心臓が早鐘のように警鐘を鳴らしていた。


「でも!」

「わかってる。けど、今のコイツに近づくのは危険だ。いったん距離を――」


 と言いかけたクロトの口が止まった。

 理由は単純。

 火の気が消えた事で、この周囲の気温が低下し、クロトたちを囲むように大量の『ゼリーム』が姿を現したからだ。

 その数は軽く三十を超えていた。


(くそ! コイツの狙いはこれか! 火を消して仲間を呼ぶ為に――)


 この時点で退去は不可能。

 クロトは視線を鋭くして、周囲の様子を伺う。

 まだ、『ゼリーム』の大群からは距離がある。

 襲われるまでまだ幾分か時間的猶予はありそうだ。

 問題は中央にいる親玉『ゼリーム』か……。

 たき火を消しても体表がただれていないと言うことは火に耐性のある変異種とみるべきだろう。

 そして、この距離からでも感じる濃密な魔力。

 すでに『ゼリーム』が持つ強化魔術は展開されているな。

 こうなれば中級以上の魔術じゃないとダメージを与える事は出来ない。

 そしてクロトの《黒魔の剣》、そしてアイリの《ミーティア》は共にあの巨体の下敷きとなっていた。

 さて、どうするか――。

 と、クロトが額から汗を流し、焦燥感にかられている傍らで――。


「せいやあああああああああああ!」


 群青色の魔力が膨れあがり、アイリが拳を握りしめ突貫しだした。


(あの、バカ! なにやってやがる!?)


 そのあまりの無鉄砲さにクロトの肝が冷える。

 アイリの《完全武装術》の原理は前の模擬戦ですでに大まかな予測はついている。

 だが、その魔術に頼ったところで素手では――。


 そう思った矢先、アイリがその巨体を殴りつけ、互いの魔力の火花が散った。

 青と赤の魔力が舞い散り、派手な音を鳴らす。

 そして吹き飛ばされたのは――――。



 殴りかかったアイリの方だった。



 クロトの嫌な予感がどうやら的中したようだ。


「い……いた~」


 後ずさったアイリは赤く腫れた拳に息を吹きかけながら、涙目で巨大な『ゼリーム』を睨み付けた。


「どうしよう、コイツ堅すぎるよ……」

「当たり前だ! 今のコイツは全身がオリハルコンで出来ているようなものだぞ!」

「オ、オリハルコンって、世界最高硬度を誇る鉱石だよね? 破壊不可能って言われるあの?」

「そうだよ。だから迂闊に近づくな。こっちの攻撃は通用しないが、オリハルコンの体になった『ゼリーム』の攻撃は――」


 アイリの攻撃で臨戦態勢に入ったのか、周りを囲んでいた『ゼリーム』が一斉に飛び跳ねる。

 その全てが強化を終えていることはすでに明白だった。

 クロトは魔力を纏いながら、腕をクロスさせる。


「一撃でもまともに食らうと死ぬぞ!」


 直後、ズシンとクロトの腕に『ゼリーム』が落ちてきた。

 攻撃方法は単純で、跳ねて体当たりの繰り返しだが、その衝撃は全身の魔力を腕だけに纏わせて防いだにも関わらす、体の芯まで震わせていた。

 その勢いにクロトの足下が陥没して、体勢が崩れる。

 頭上に落ちてきた『ゼリーム』を転がり避けると、クロトは大樹を背に目の前に群がる『ゼリーム』を見渡した。

 すでに攻撃態勢を整えているのか、プルプルと揺れ動く『ゼリーム』は見た目だけは雑魚だがもうただの魔術師にはどうすることも出来ない怪物だ。

 どうしたものかと頭を抱えそうになるクロトの耳に、またもやアイリの怒濤の叫びが届いた。


「せいやああああああああああああああああ!」


(また、なにかしでかしたのか? あのバカは!?)


 クロトはアイリのかけ声を耳にして、その声の方へと視線を向けると、思わす口を開けて呆けてしまった。

 雨のように降り注ぐ『ゼリーム』の大群を僅かな隙間を見つけ交わし続けていたのだ。

 驚くべきはそれだけじゃない。

 アイリは降り注ぐ『ゼリーム』の嵐を受け流し、勢いを無くしたその瞬間に足先を器用に使って拾い上げるとその『ゼリーム』を蹴飛ばし、他の『ゼリーム』にぶつけていたのだ。


「はあああああああああああ!」


 何度もそれを繰り返し、彼女の周りにはすでに十にも及ぶ『ゼリーム』の屍が転がっていた。

 世界最高の硬度を誇る強化でも同じ強化をぶつければ相殺出来る。

 アイリはそれを頭で考えるのではなく、直感でやってのけていたのだ。


(どうやら、見誤っていたのは俺の方か……)


 クロトはその戦いぶりを真似するように跳んできた『ゼリーム』を魔力を纏わせた両手で受け止め、多く密集している場所に大きく振りかぶって全力で投球した。

 見事にストライクを決める中、クロトは戦慄に近いものをアイリに抱いていた。


(《完全武装術》ってヤツはこんなに強力な魔術なのか……)


 下手をすればクロトの知るどの魔術より近接戦においては最強の魔術だ。

 ただ問題があるとすれば、その魔術の起動条件くらいなものか。


 クロトはアイリの拳闘士ぶりを目に焼き付けながら、残る小柄な『ゼリーム』の対処へと奔走した――。





「これで、最後!」


 その一言と共に、アイリは手に抱えた『ゼリーム』を投げつける。


「すげー」


 クロトは呆れるように呟いた。

 結局ほとんどの『ゼリーム』がアイリの奇抜な方法によって倒されたのだ。

 もう、なにも言うことがない。『ゼリームバスター』の称号があれば上げたいくらいの活躍ぶりだった。


「ふう、これで後はあの親玉だけだね」


 額についた汗を拭いながらアイリは依然、その場から動こうとしない深紅の『ゼリーム』を視線に捉える。


「仲間がやられたのに一歩も動かないなんてどういう性格してるんだろう」

「そもそも仲間意識があるのか怪しいもんだな」

「あ、クロ君、大丈夫だった?」

「おかげさまで。あんな方法で『ゼリーム』を倒したのはたぶんアイリが初めてだと思うぞ」

「え? そうなの? なんだか照れるね」


 えへへと笑ってみせるアイリをクロトはジト目で見た。

 あんな野生じみた戦い方をするのはアイリくらいなもんだと言いたかったのだが、本人には伝わらなかったようだ。

 アイリは空になった手の平を見せると申し訳なさそうに呟いた。


「けど、もう玉がないよ」

「玉言うな。玉って……ほらよ」


 『ゼリーム』を砲弾か何かと勘違いしていそうなアイリの言葉を正しつつ、クロトは生け捕りにしていた『ゼリーム』をアイリに手渡した。


「え? な、なんで?」

「お前が後先考えずにバコバコ同士討ちをさせていたから小さいのを捕まえておいたんだよ。まったくどうやってあのデカ物をどかす気でいたんだ――」


 苦言を言うクロトにアイリは恥ずかしそうに笑ってごまかす。

 クロトの手からアイリの手に渡った一番小さな『ゼリーム』は拳より少し大きめの水色で、それがアイリに渡った瞬間小刻みに震え始めた。


「――――」


 決して怖がって震えているわけではないと信じたい。

 どこにあるのかいまいちわからない目からはきっと涙が溢れていそうな震えぶりにクロトの中の罪悪感が刺激される。


「さぁ、いっくよ~」


 アイリはクロトの心の機微など知るよしも無いのか、ブンブンと腕を振り回し、大きく体を仰け反らした。


「《完全武装術パーフェクト・アーツ》《換装シフト――投擲スローイング》」


 アイリの口から紡がれた三節程度の魔術詠唱。

 それは恐らく、何かしらの心理的なスイッチなのだろう。

 アイリから膨れあがった群青色の魔力の粒子が光の渦となって立ち昇った。

 体を大きく反らせたまま、まるで投擲のように体をしならせ――。


「せいやあああああああああああああああああああああ!」


 アイリは手にした『ゼリーム』を音速を超える速さで投げ放ったのだった――。


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