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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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氷の結界

「もう一ヶ月もパートナーを組んだんだ。いい加減俺が魔術嫌いだってことに気付いてるだろ?」

「それは……」


 アイリは否定の言葉を探すかのように視線を泳がせたが、結局見つからなかったのか、しゅんと項垂れた。

 けど、その反応も当然と言える。

 この一ヶ月の出来事で、クロトの言葉を否定する材料を見つける方が無理な話なのだ。


 座学の授業では教科書を開くことなく眠り続け、実技の講義はボイコット。

 それに加え、いつも機嫌が悪そうに目の端を僅かばかり吊り上げ、魔術をバカにするような態度ばかりとっていた。

 どこをどう見ても素行不良のダメ生徒。

 だというのに担任のエミナ=アーネストは特に注意することなく、クロトの態度を俯瞰した眼差しで見つめるだけときたものだ。


「俺は魔術が嫌いだ。それがわかった一ヶ月じゃないのか?」

「そうかもしれない。けど――最近はそうじゃなかったって聞いたよ」

「は?」


 間抜けな声を発したクロトにアイリはクラスメイトから聞いた話を思い返しながら言葉を選んでいく。


「確かに授業態度は悪いと思う。寝てばかっりだし、文句ばっかりだし、テストも落第するし……最初に抱いた好感度を返してほしいくらいだよ」

「おい、話をふったのは俺だけど、そこまで言わなくていいぞ……」

「最初は学院を止めたくてそんな授業態度をとっているとしか思えなかった。けど――違うよね?」



 アイリの射貫くような視線に居心地が悪くなったのか、クロトはプイッと視線を逸らした。

 その態度がもう答えているようなものだ。

 アイリは申し訳なさそうに俯くとポツリと呟いた。


「やっぱり、私のせいなんだね」

「――ちげえよ」


 クロトはそう言ってアイリの言葉をすぐさま否定する。

 そうだ。決してアイリのせいなんかじゃない。

 クロトの授業態度が悪いのは元からで、アイリになんの過失もない。

 彼女がクロトに対して負い目を感じる必要はないのだ。


「そんなことないよ。だってクラスの友達が教えてくれたよ。前はそうじゃなかったって。前はアートちゃんとクロ君が夫婦漫才してたって――」

「おい、待て。誰だ? 夫婦漫才とかほざいたヤツは? 教えろ。後で恥ずかしい目にあわせてやるから」

「やだよ。友達を売るなんて真似したくない――っていうかほとんどの人がそう言ってたよ。クラスの風物詩が一つ消えたって。それって私がクロ君のパートナーになったからだよね?」

「それは違う。アイツが勝手に突っかかってきただけだよ。大方俺に注意するのにも飽きたんじゃないのか?」

「それは違うと思うけど……」


 何か言いたげなアイリの顔を伺いながら、クロトは前のパートナーの顔を思い出す。

 いつだって文句ばかりでクロトにいつも説教をいってくる面倒くさいヤツ。

 そのくせ高い魔力持ちのせいで、なにかしら厄介事を持ってくる。

 思い返せば、英雄事件だけじゃない。アイツは魔術競技でもバカな魔術行使をして足をひっぱってくれた。


(まったく、本当に才能の持ち腐れだ)


 あれだけの魔力があれば魔術なんて使い放題だっていうのに、アイツには魔術の才能がない。

 ただ魔力が多いだけの少女でしかなかった。

 前はそこに目をつけられ、大きな事件に巻き込まれたわけだが……。


(そうだ。だからこそ、俺だけじゃ無理なんだ)


 クロトは魔術の知識こそあるが、肝心の魔術を使えるだけの魔力がない。

 だから、アイリのパートナーを受け入れた。

 《完全武装術パーフェクト・アーツ》の力があれば、レティシアの魔力を利用しようとする奴らからより確実に守れるかもしれないからだ。


(それがわからないほどバカじゃないだろ……)


 だとしたらなぜ、レティシアはクロトたちの側を離れたのか……。

 何度考えてもクロトはどうしてもその理由に思い至ることが出来なかった。


(まあ、放っておけばそのうち謝ってくるだろ。『私が悪かったわ。ゴメンなさい、クロト様』ってな)


 むしろそうなる事を確信していた。その時は盛大に見下してやることも。

 だからレティシアが謝るまで絶対に折れない事を心に決めて、クロトは居心地の悪い一ヶ月を過ごしてきたわけだが――。


「いつまで待たせる気なんだよ……」

「ほえ?」

「あー」


 どうやら口に出していたようだ。

 クロトはコホンと咳払いするとなんでもないかのように言い放つ。


「いや、『ゼリーム』が全然現れないと思ってな。アイツから採れる油を持ち帰らないと追試の合格にならないだろ?」

「そういえばそうだったね」


 アイリも試験の内容を思い出して相づちをした。

 『ゼリーム』の体表から採れるゼリー状の皮は火に燃えやすく、火だねとして重宝される。

 《インスタント魔術》との相性もよく、ランプの明かりの燃料に『ゼリーム』の油と火の魔術を使って長時間光を灯すことにも成功していた。

 今回の追試では討伐成功の証としてそのゼリーを持ち帰るように言われていたのだ。


「けど、ずっと不思議に思っていたんだけど、どうして『ゼリーム』が町のすぐ近くの森にいるのかな?」

「え? どういうこと?」

「えっと……ほら、『ゼリーム』って熱に弱いでしょ。それも民家が集まるような場所には火種が多いから絶対に『ゼリーム』は近づかないって聞いたことがあるよ。けど、この森にはいる。こんなに町から近い森なのに、どうしてかな? って」

「あーその話ね……」


 アイリの話に納得がいったのか、クロトは大仰に呆れてみせた。


「これはこの国じゃ結構有名な話なんだが、この国には結界が張られてるんだよ」

「結界?」

「ああ。エミナの氷の魔術で展開された結界だよ。この結界のおかげで外から来る外敵はすぐに排除出来るんだ」

「へーそうなんだ」


 実際には全域に展開されたエミナの《ヒョウカイ》内に魔力を持った存在が入り込んだ瞬間、その存在を察知し、敵性だとエミナが判断すれば凍結されるか、氷の武器で瞬殺される。

 問題があるとすれば、《ヒョウカイ》内部はすでに大勢の魔術師や《インスタント魔術》があるせいで敵性者を感知出来ない点と――。

 この国周辺の気温を低下させているといったところだ。


「だから、氷の魔力のせいで気温が下がって『ゼリーム』にとって住みやすい森になったんだ」

「そっか、氷の魔術で――え、氷の?」

「ん? どうかしたか?」


 一瞬アイリが思い詰めた表情を覗かせ、クロトは疑問を口にした。

 瞬間、ハッと我に返ったアイリがブンブンと大げさに手を振ってみせる。


「な、なんでもないよ! そっか。だから朝起きた時、あんなに寒かったんだね、納得、納得!」


 なるほど、そういう事か。


「まあ、向こうは温暖な気候だからな。いきなりこっちで生活すれば気温の変化に驚くのも無理ないと思う」

「――クロ君、私の国のこと知ってるの?」

「……昔住んでいたことがあるんだよ。俺もよそ者だから」

「え? そうなの? どこに住んでいたの?」

「ああ、俺のいた場所は――」


 と、クロトがかつての記憶を思い出し、話そうと口を開いた瞬間――。


「「――ッ!?」」


 ガサリと木々を揺らす音に続き、二人の頭上に大きな影が差した――。


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