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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
76/130

こんな追試があってたまるか

 ――――。

 ――。

 なに、やってんだろう。


 クロトは周りから拾い集めた枯れ木を寄せ集め、火を起しながらそう思わずにはいられなかった。

 火種が枯れ木に燃え移り、それがたき火となる頃には冷え切っていた体も熱を取り戻し始めていた。

 クロトはたき火に手をかざしながら、探索に出ていたパートナーの帰りを待つ。


「ったく、エミナのヤツ、無理難題押しつけやがって……」


 たまらず漏れる愚痴に答える者はいない。

 クロトが火を起した場所は魔術国家ウィズタリアの外周にある郊外の森の中だ。

 周囲に人の気配は一切なく、聞こえるのは木々の掠れる音くらい。

 人の気配が一切ない孤独な印象を与える夜の森に放り出されるのは別の意味で体が身震いしそうだ。

 生命の気配が感じられないとはいえ、ここが人にとってまったく無害の森かと言えば実はそうではなかったりする。



 この国の人が英雄視するクアトロ=オーウェンの逸話にはこの森に住む凶悪な魔獣を倒した話がある。

 その話は紛れもない実話でかつてこの国の周囲には人に害なす凶悪な魔獣が住み着いていたのだ。


「魔獣討伐とかどう考えても追試の内容を超えてるだろ」


 魔獣とはその名の通り、魔力や魔術を使う獣のことだ。

 魔獣の使う魔術は人間の使う魔術とまったく系統が異なる。

 人間が文明の為に魔術を身につけたとしたなら魔獣の使う魔術はこの自然界で生き抜く為に身につけた力といってもいい。

 つまり、魔獣の使う魔術はより原始的で何よりも強力な力を秘めたものが多い。

 しかもその魔術のほとんどを人間の魔術師は打ち消す事が出来ないのだ。


 人間が魔獣に勝てない説はいくつか存在する。

 その中でクロトが最も支持しているのは純粋に『力の差』だ。

 人間が使う魔術と魔獣が使う魔術ではそれこそ次元が違う。

 だからこそ魔獣討伐はどれだけ早く先手を打って仕留められるにか限られてくる。


 魔術を使われる前に倒せ――。


 それが魔獣を相手にする時の大原則だ。

 クアトロの時もその前提は同じで、当時は魔獣に気付かれる前に辺り一帯を焦土と化すことや毒素のある魔術を使っての暗殺を選んでいた。

 英雄譚に語り継がれるような花々としたものではなく、奇襲や不意を狙ったものばかり。

 そうでもしなければ魔獣に勝つ事が出来なかったのだ。


 ――とはいえ、もうこの辺りには強力な魔獣はいなかったような気がするんだが……。


「ただいま~」


 と、クロトが頭を悩ませていると茂みをかき分けて学院指定の制服に身を包んだ青髪の少女アイリがその髪や服に枯れ木や葉っぱを絡ませて出てきた。

 その顔には疲労の色が見てとれ、クロトはたき火の側で暖めていたコーヒーを差し出す。


「お疲れさん。様子はどうだった?」


 クロトからマグカップを受け取ったアイリはフーフーと息を吹きかけながら上目遣いでクロトを見る。


「うーん、目立った収穫はなし、かな」


 アイリは大げさに肩を落として苦笑した。


「この辺り一帯をグルッと歩いてみたけど、魔獣の痕跡はなかったよ。地面をこすった後もないし、踏み荒らされてもいなかったよ」

「そうか――ってことはやっぱデマか?」

「そんなことないと思うけど……アーネストさんが調査じゃなく退治って言ったくらいだからね」

「ずっと思ってたけど無理だろ、魔獣の討伐なんて……人が敵う相手でじゃないって……」

「そうかな? 確かに魔術の面では劣るけど、知能――ううん、知恵は人類が勝ってると思うよ」

「それこそ眉唾もんだ。魔獣の中には知能に長けたヤツもいる」

「それって伝説とか伝承で出てくるドラゴンとか?」

「そうそう。天使とか神の使いだっていたって伝説だぜ?」

「本当にいるのかな? そんな存在」

「さあな……」


 こればかりは一度も目にした事がないので断言出来ない。

 魔獣とは魔術を使うことが出来る人間と異なる種族の総称なので、実際にどんな魔獣が生息していかはほとんど知られていないのだ。

 まあ、天使やドラゴンなどは人間が尾ひれをつけた噂程度にしか思っていないが……。


「けど、今回の魔獣討伐はそれほど難しくないってアーネストさんが言ってたけど? 相手は防御魔術しか使えないって言ってたし……それに今回の討伐は初級魔術の演習相手にもなる魔獣なんでしょ?」

「そうみたいだな」


 今回クロトたちの追試内容はこの森に古くから生息する『ゼリーム』と呼ばれる魔獣の討伐だ。

 この魔獣は人の住む場所から離れた場所には比較的多く生息していて、主な主食は木の蜜や糖分を多く含んだ果実。

 人を襲った例はほとんどなく、こちらから攻撃をしかけない限りは人畜無害な魔獣として有名だった。

 見た目はゼリーのようなブヨブヨとした体型で、俗に言うスライムのような生き物だ。

 使う魔術も体を硬化させる肉体強化の魔術だけで、熱に弱い一面を持っている。

 だから、魔術師は遠距離から炎熱型の魔術を使う事でこれまで討伐を行ってきた。


「けど、最初に飼育小屋に『ゼリーム』がいた時は驚いたよ。まさか学院で飼育してるなんて思ってもいなかったし」

「あー、なんでも初級魔術の練習相手に最適な魔獣らしいぞ。人間に向けるのは危険な初級魔術でも中級魔術まで耐えられる『ゼリーム』はいい的になるんだろうよ」

「けど、なんだか可哀相だね。そんな魔術の実験台に使うみたいなの」

「んなこと言ったって、魔術っていうのはそういうもんだろ? これまでの魔術の発展、魔術師の成長は何かを犠牲にした上で成り立ってきたもんだ。気にしたって仕方ない。魔術はそういうろくでもない力で、何かを犠牲にすることしか出来ない欠陥技術だ……ほんと反吐が出る」

「クロ君……」


 魔術をバカにするような発言にアイリの声色が変わる。

 非難とも呼べないアイリの視線にクロトは小さく息をついていた。


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