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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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ギクシャクした二人

 アイリがウィズタリア魔術学院に編入してから早一ヶ月。

 季節は移ろい木々が紅葉を見せ始めていた。

 クロトたち一年生はようやく基礎魔術や基礎魔術概論を終え、一年生の前半である基礎講座を終えたところだ。

 先に行われた一年生全体の試験の結果も良好で一名の生徒を除いて全員が基礎講座の単位を獲得している。

 そして、今日は――。

 待ちに待った基礎講座の次のステップである初級魔術の講義が始まる日だった。




「えーと、たぶんここをこう描くのが重要だと思うよ」

「そっか。この魔術文字の配列順序を間違えていたから魔術が発動出来ないのね」

「うん。魔術に使われる魔術式は正しく書かないと効果を発揮しないからね。シールさんが間違えたところは魔術発動の基盤部分だと思うよ」

「そっか、ありがとう。凄くわかりやすかったわ。さすがライベルさん」

「そんなことないよ。あとアイリでいいよ」

「うん。またわからないところが出てきたら教えてね、アイリさん」

「もちろん」


 クロトのとなりの席では先に行われた試験の答え合わせにアイリを含めた数人の生徒が華を咲かせていた。

 もっとも大半の生徒がアイリに試験で間違えた箇所を聞いてアイリがそれに答えるといった答え合わせのようなものだったが。

 アイリは質問にきたクラスメイトを邪険に扱うことはなく、一人一人の生徒の質問に真摯に答えていく。


「ん? あれは……?」


 クロトがチラリと横目で見てみれば、どうやらその人だかりには余所のクラスの生徒も混ざっているみたいだった。

 しかも、一年上の先輩までアイリの言葉に耳を傾けている。


(やれやれ、大人気だな……)


 クロトはその人だかりを避けるように窓際に移動し、遠目からその集団を眺める。

 アイリはその集団の中心で笑顔を振りまいていた。


「すごい人気だね」

「ん? なんだ、ノエルか」


 窓際に移動したクロトに向かって話しかけてきたのは先の試験で学年十位の成績を修めた優等生のノエルだ。

 肩口まである銀色の髪を揺らしながら、クロトの横に並んでアイリの集団を見守る。


「アイリさん、すっかり溶け込んだみたいだね」

「そうだな。もともと性格も明るいし、どこかの馬鹿と違ってツンケンしてないから馴染みやすいんだろ」

「クロト君、だま――」

「あーそれにだ、アイリの魔術知識も中々のもんじゃないのか? 俺にはよくわからないけど――アイツはこの国の魔術を故郷の魔術理論と組み合わせて解釈してるから、基礎魔術程度なら初めて触ってもすぐに理解しちまうんだろうよ。だからあんなにすらすら答えられるし、教科書に載ってる以上に詳しく説明出来る。まったく大したもんだ」

「――よくわかってると思うけど?」

「そ、そうか?」


 おっと、思わず口が滑って余計なことを言ってしまった。

 ノエルの続く言葉を避ける為に言わなくていいことまで言ってしまったみたいだ。

 クロトは腕を組むとふてぶてしく――。


「そんなことないって、ただの勘だよ」


 そう言ってごまかす。

 上手く話をそらせたと思ったが、ノエルは心配そうな眼差しをクロトに向けていた。


「クロト君、レティとは――」

「それはそうと、ノエルも凄いな! 学年で十位なんてよ」

「え? そ、そんなことないよ」

「いいや。もっと自信を持てよ。実技もそうだが、あの筆記試験はエミナが作ったもんだぜ? そのテストでほぼ満点を取るなんてスゲーことだよ」

「そ、そんなことないよ。それに実技の方は悪かったし」

「いいや、実技の結果を差し引いてもその知識量は感心するよ。だいたいエミナのテスト内容の大半は教科書に載ってない内容だぜ? よく知ってたな」


 思い返すだけでクロトは苦笑いを浮かべた。

 今回の試験で筆記試験を担当したのは新米教師のエミナだ。


(あの馬鹿、ろくに教科書を参考にしないでテスト作ってたからな……)


 学院のテストは暗黙の了解というわけではないが教科書の内容で構成されるのが基本だ。

 だが、エミナは初めて教科書を開けた時にその内容を見て噴き出し、それ以降は一度も教科書を開けたところを目にしてない。

 クロトも似たような経験があるので人のことは言えないが、さすがにテストくらいは教科書を参考にして合わせてやれと言いたくなった。


 ちなみに余談だが――。

 エミナのテストは後日学院の校長が見た途端、その難解さに卒倒し、エミナの筆記試験で落第をとった生徒たち(ちなみにほとんどの生徒だった)には従来の筆記試験が行われ、その点数を成績に含めることになった。

 エミナは『これでも合わせてやったほうだ』と校長に啖呵を切り、涙目にさせていたが……。


 つまりあのエミナの馬鹿げたテストでほぼ満点を取れたノエルは間違いなく魔術の才能に満ちあふれているということに他ならないのだ。

 もっと自信を持っていい。


「あはは。そう言ってもらえるのは嬉しいけど、筆記試験の方も私の実力だけじゃないから……」

「え? そうなの?」

「うん。試験期間にレティに教えてもらってね。その知識のおかげなんだ、筆記試験でいい成績がとれたのって」

「あー……そうなんだ」


 予想外なところに地雷が眠っていて、見事にそれを踏んでしまったクロトは言葉を濁した。

 ノエルは不安が的中した様子で胸の前で祈るように手を組んでいた。


「やっぱり、レティとはまだケンカ中なの?」

「べ、別にケンカなんてしてねーって! ただあの馬鹿が一方的にパートナーを解消しただけ。なんでアイリが加わっただけで解消すんだよ。わけわかんねえ……」

「クロト君……」


 ノエルはクロトからその視線を教室の隅でノエルたち二人を見て頬を膨らませていたレティシアへと向けた。


「――ッ!」


 ノエルと視線があったレティシアは慌てて視線をそらすと赤く染まった耳を髪の隙間から覗かせる。


「まったく、素直じゃないんだから」

「ん? なんのことだ?」

「なんでもないよ。クロト君は女の心がわかってないって話だから」

「ますますわからん……」


 クロトが呆れたように頭を掻きながら席に戻るのと同時にノエルもレティシアの隣にある自分の席へと戻る。





「……なんの話してたの?」

「え?」


 椅子に腰掛けた瞬間、ノエルの横にいたレティシアが不機嫌そうに発した。

 一月前、いきなりパートナーにしてと押しかけてきたレティシアに思わず頷いてしまってからノエルは元々のパートナーを含めた三人でスリーマンセルを組んでいる。

 今はノエルのもう片方のパートナーは幸いにも席を外していた。


「えーと、試験のことかな?」

「そう……」


 それほど興味を持っていなかったのか、冷めた口調でレティシアは視線を逸らした。

 慌ててノエルが身振り手振りで会話をつなぎ止めようする。


「そうなの。レティ凄いねって。学年二位だもん」

「それ、アイツが?」

「え、う、うん。そう……だよ」


 思わずついてしまった嘘にノエルは冷や汗を流す。

 それをどう捉えたのか、レティシアは深いため息を吐いた。


「別に気を遣わなくていいわ。アイツがそんなこと言うわけないし」

「そ、そんなこと……」

「いいえ、アイツなら言いかねないわ。アイツ、事あるごとに私のこと三流だ、ヘッポコだって言ってきたのよ? たかが学院の試験程度でアイツの態度が軟化するわけないじゃない。それどころか『え? 学院の試験で二位って馬鹿じゃねえの?』とか言ってくるわ。絶対」

「え、えーっと」

「だから、アイツが私を褒めることなんかないのよ。もし褒めたんだとしたらきっとあそにいるアイツは偽物ね」


 そう言い切るレティシアにノエルは思わず苦笑した。


「な、なに?」

「ううん。なんでもないよ。よく見てるなって思って」


 瞬間、ボンっとレティシアの顔が朱色に染まる。

 ブンブンと大げさに首を振ると掴みかかる勢いでノエルに近づく。


「そ、そんなことないから! 私がアイツと仲がいいなんてこと絶対にないから! むしろパートナーを解消出来て清々してるわ。ようやくあの最低魔術師から離れられたってね」

「レティ……」

「そうよ。アイツは私なんかよりあの子を選んだんだから……戻ってきてくれって言って土下座するまでぜーったい帰らないんだから!」

「あはは、早くそうなるといいね」

「え? だ、だから違うって! アイツが私に謝ることなんて絶対にありえないからそう言ってるだけよ。アイツが謝る日なんてくれば翌日はきっと嵐ね」

「なら、その日は気をつけないと、だね」

「だから~……」


 冗談ともとれるノエルの返しにレティシアが頭を悩めていると、教室の扉が開き、担任のエミナが顔を出した。

 まだ授業には早いはず……。

 誰もがそんな視線を送る中、エミナはクロトとアイリに視線を向けた。


「そこの落第生」

「え? なに、俺?」


 落第生という言葉にクロトが反応した。

 今回の試験でただ一人落第したクロトは自分に指を差して小首を傾げた。


「お前以外に誰がいる。これから追試の話をするから職員室まで来い」

「えー面倒なんだけど。ここじゃダメ?」


 あのエミナにタメ口で話すクロトに周囲はもはや慣れた様子で微動だにしない。

 クロトは魔力を持たない魔術師で魔術を馬鹿にしているからエミナにもタメ口がきける――そう思っているのだ。


「ダメに決まってるだろ、バカ。いいからさっさとこい。あと、連帯責任でライベルと――」


 飛び火したアイリは渋面を覗かせて肩を落とす。


「私もですか?」

「そうだ。パートナーの後始末くらい手伝ってやれ。アートベルンもだぞ」


 そう言ってエミナの視線がレティシアに向けられた。

 レティシアはゴクリと生唾を飲み込むと。


「わ、私はもうパートナーじゃありませんから」


 そう断言していた。


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