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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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いつも見る夢

 あぁ。これはいつも見る夢だ。

 ただ真っ暗な暗闇の中で無数の声が反響する。

 それは見知らぬ一人の少女の声。

 毎日のように聞いてきた彼女の声が今日も耳に響く。




 助けて――。

 寒い――。

 ここから出して――。

 はやく――。

 はやく――。

 ここから――。


 出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して――。


 ここは寒いよ――。



 耳を塞いでも聞こえる声。

 耳ではなく、直接魂に語りかけるその助け。

 けれど、今日の彼女の声はいつもと違った。

 助けを求める声はいつもと同じ。

 だけど、その声以外の場所で思わぬ変化を感じた。

 


 確かに寒い――。

 まるで体を凍らせるような冷気を今日初めてアイリ=ライベルは夢の中で体感することが叶った。

 声も聞こえる。その声の主が感じる寒さも伝わる。

 なら――。


「聞こえるよ」


 アイリは夢の中で何度も口にした言葉を発した。

 これまで何度アイリが語りかけてもこの声の主はアイリを認識することが出来なかった。

 ただただ一方的な助けを求める声。

 その声に何度心を痛めたことか――。

 助けたいのに助けられない。

 彼女の悲痛な叫びだけがいつも聞こえる。

 だから――。

 助けたい。

 助けを求める声が聞こえる。聞こえるのはたぶん私だけ。

 なら、助けを求める彼女を救ってあげたい。

 助けられるだけの力があるなら――いや、たとえなくても助ける。

 それが――正義の魔法使いを夢見たアイリの成すべきことだから。



『聞こえる――』



 初めて夢の中の主にアイリの言葉が届いた。


『聞こえる。貴女の声。貴女は誰?』


 今までただ助けを求めるだけだった彼女の声が初めてそれ以外に向けられた瞬間だった。

 アイリは真っ暗な闇の中で道しるべにならんが為に虚空の彼女に向けて手を伸ばす。


「私は魔術師。貴女を助けに来たんだよ」


『私を――』


「うん。声が聞こえたんだ。助けてってだから助けにきた」


『出してくれるの? ここから』


「うん。そのために来たんだよ。だから安心して」


 アイリは彼女を不安にさせないように明るく、笑顔を振りまいて言った。

 その瞬間、暗闇の中で何かが蠢いた。

 波打つように動く闇。

 それが少女の手だと気付いた時、アイリはその手に向かって必死に腕を伸ばした。


『出たい。ここから。ここは寒い』


「うん。そうだね。ずっと聞こえてた。貴女の声。だから教えて? 貴女はどこにいるの?」


『私は――』



 暗闇に浮かぶ手にアイリの手が届いた瞬間――。


 アイリの意識は闇に飲み込まれた。






 ――――――――――――――――――――――




「――はっ、はっ」


 目を覚ましたアイリは寝ぼけた思考回路を投げ捨てて、ガバリとシーツを蹴飛ばして飛び起きた。

 ふわりと舞ったシーツが真新しい絨毯の上にパサリと落ちる。

 窓から差し込む朝日がカーテンの隙間からアイリの顔を直撃し、アイリは重たい腕で影を作った。


「朝……?」


 アイリの思考がようやくそれを認識する頃には肌寒さが全身を襲い始めていた。


「さむ……」


 アイリはたまらず体を小さく丸める。

 青い髪が申し訳ない程度に胸元を覆い隠してはいたがその健康的な肢体は生まれたままの姿でとてもアイリの寝姿を誰かに見せられるようなものではなかった。

 アイリは蹴飛ばしたシーツをひったくる。


「うーん。むこうじゃ寝る時服を着なくても大丈夫だったけど、こっちはちょっと寒いかな?」


 シーツを大ざっぱに羽織ったアイリの肌には玉の汗が浮かび、呼吸は心なしかいつもより荒い。


 風邪ではなく、夢のせいだと確信しながらペタペタと裸足で室内を歩き回る。

 開きかけていたカーテンを閉め直し、ようやく寒さに慣れたアイリはシーツを床に落とすと裸のままクローゼットへと向かう。


「うう~服、服」


 クローゼットを開け、真新しい制服を取り出すと袖を通していく。

 身支度を調え寝室から出たアイリは欠伸をかみ殺しながらリビングへと向かった。


「おはよーございます」


 のんびりとした口調で朝の挨拶を交わしながらアイリは顔を出す。

 普段ならここで同居人であるアイリの保護者代わりの人と挨拶を交わすのだが今日はそれがなかった。


「あーそういえば今日は仕事が早いって言ってったっけ?」


 未だに覚醒しない頭で昨晩の光景を思い出す。

 たしか、食事時にそんなことを言っていたような気がする。


「まあ、いっか」


 アイリはそうそうに回想を止めるとリビングに立て掛けられていた大剣に向かって足を伸ばす。


「おはよ。お母さん」


 剣に向かってほほえみかけ、そしてその後にアイリは優しい手つきで自身の胸に触れる。


「おはよ。お父さん」


 毎朝の日課をこなし、朝食を食べ終える頃には睡魔は完全に消え去っていた。

 アイリは食後のコーヒーを口に運びながら昨晩の夢の内容を思い出す。


「ようやく、ここまで来たよ。お父さん、お母さん」


 今まで雲を掴むようなおぼろげな夢はこの国に来てより鮮明になった。

 そればかりか、声を交わすことも出来たのだ。

 それは助けを求める彼女に確実に近づいていることを示していた。

 あと、もう少し。あともう少しで彼女を助けられる。

 ただ気になることと言えば――。


「二人の夢だった正義の魔法使いを私はちゃんと引き継げているのかな?」


 父と母が幼いころからアイリに聞かせてきた夢。

 世界中のみんなを助けられるような正義の魔法使いの夢。

 ただその夢を追い求めて、実現する為に我武者羅に頑張ってきた。

 アイリの父親がアイリの為だけに開発した魔術《完全武装術(パーフェクト・アーツ)》をそれこそ長い年月をかけて習得して――。

 母が残した大剣を背に背負って――。

 アイリは助けを求める声を助ける為に正義の魔法使いを目指してきた。


「ううん。ちゃんと引き継いでいるよね。私はお父さんとお母さんの娘だもん」


 だから自分に言い聞かせる。

 この声の主を助けることは何も間違ったことじゃない。

 助けてほしいんだから助けるのは当然だ。

 それこそが二人の夢なのだからと――。


「それじゃあ、今日も頑張ってくるね」


 アイリは鞄と剣を持つと夢の光景をいったん隅に置いて学院へと向かった――。



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