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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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穏やかな一時

 一連の話をエミナから聞き出したクロトはレティシアの封印に納得して再びベッドに体を預ける。

 ――と、そこに。


「ほら、あとはこのタオルで目を覆っておけ」


 エミナはポイッと魔術式の描かれたタオルをクロトに放り投げた。


「ん。サンキュー」


 空中に投げられたタオルを手に取るとクロトは目を瞑りその上にタオルを被せた。

 直後、タオルにエミナの指が触れ、その魔術式が発動される。

 同時に目の周りにチリチリとした痛みと共に柔らかい温もりが伝わる。


「……まったくお前は無茶しすぎだ。今のお前にはただの『強化』だってキツいっていうのによりによって『魔力装填』を神経に使うとはな……」

「……さて、なんの話かな?」


 まるで悪事がバレて言い逃れをする子供それだ。

 タオルで閉ざされた視界の中でエミナの呆れたため息だけが聞こえる。


「そのタオルを受け取った時点で白状しているようなものだろう?」

「え? なに? このタオルってただのタオルじゃないの? ボク目が疲れてたから知らなかったな~」


 まったくなってない言い分けにさすがのクロトも言いながら呆れていた。

 もっとマシな言い分けはないのか? と。

 

 だが、そんな言い逃れなど関係なくエミナはクロトの体の異常にすでに気がついていただろう。


 エミナがアイリとクロトの試合を終わらせた理由にエミナの配慮が色濃く反映されているからだ。

 もしあのまま試合が続けばクロトの体は限界を超えていただろう。


(なんにせよ、エミナのおかげだな。これも含めて……)


 実際、このタオルに刻まれた魔術式の治癒効果のおかけでクロトはようやく麻痺していた神経が落ち着いてきたところだった。



 この医務室に来た時、両手両足は麻痺してろくに動かなかったのだ。

 特にひどかったのは両目だ。今、クロトは視界がぼやけたように霞み、自分の手ですら目の前に近づけないと輪郭がはっきりしなかった。

 それもこれも『魔力装填』を行った反動の影響だ。

 クロトの得意とする『魔力装填』にはいくつかのデメリットが存在する。

 その最たる例は魔力を増幅させたところで肝心の魔術に使用出来ない。

 そして――肉体の強化に使えばその反動が返ってくる。

 時に潜在魔力以上の魔力を引き出す『魔力装填』を肉体に使用すると肉体という器の許容範囲を超えてしまうのだ。

 その結果、許容範囲を超えた魔力が術師の体にダメージを与える。

 今のクロトの状態がまさにそれだ。

 肉体――それも神経のみに『魔力装填』で得た魔力を纏わせた結果、神経は麻痺し、五感の全てが機能不全を起していた。

 特にひどいのが酷使した両目と両足というわけだ


「お前なら分かっていると思うが一歩間違えれば治癒が出来ないほどのダメージだって負うことがあるんだぞ? それを考え無しに使うとは――」

「はいはい。わかってます。わかってます。俺が馬鹿だって言いたいんだろ? わかったから少し休ませてくれよ」


 これ以上エミナのお小言を聞いていられず、クロトは早急に話を打ち切る。

 ひらひらと感覚の戻った腕を振り、回復したことをアピール。

 その姿を見て安心したのか、はたまた言ったところで無駄だと判断したのか、それ以降エミナが何かを口にすることはなかった――。




 静かな――。

 静かすぎる時間がただ過ぎていく。

 聞こえるのはエミナの息づかいと何か本をめくる音だけ。

 学院の喧騒も全てが遠い出来事のようだ。

 まるで――。

 エミナと二人だけ取り残された世界のような――。

 そんな孤独感とそして何より安心感が絶妙な案配で重なり合い、クロトは心地よい休息を堪能していた。

 だからだろうか。


「エミナ――」

「ん? なんだ?」


 二人の口調がいつにもまして穏やかだった。

 まるで家族のように、親友のように、恋人のように、夫婦のように、お互いを信頼し合っているからこそ出来上がる和やかな雰囲気で二人は特に話題のない会話を始めていた。

 話の内容なんてどうでもよかった。

 自然と口から出るとりとめの無い話に華を咲かせながらクロトとエミナは束の間の一時を楽しんでいく。



 ――何時までそうしていただろう。

 ようやくクロトの麻痺していた感覚が回復したのは窓から差し込む光があかね色に変わり始めた頃だった。

 タオルを取ると目一杯に日差しが差し込み、思わず腕で光りを遮る。

 クロトは軋んだ体をほぐすように体を伸ばし、コキコキと首をならした。


「おし。こんなもんだろ」


 体に違和感がないことを確認し、エミナに向き直る――。


「アレ? どこいったんだ?」


 エミナが腰掛けていた椅子はすでに空席で部屋を見渡してもエミナの姿はどこにもいなかった。

 代わりにベッドのすぐ脇に小さな紙が置かれ、見慣れた文字が書かれている。


「―――」


 今朝の屋敷の一軒もあり、クロトは若干脅えながらゆっくりとその紙に手を伸ばす。

 まさか、また爆破とかされるんじゃないだろうな……。

 という不安が胸を掠め、意を決してその紙に書かれた文字に目を通していく。


『学院の会議が入った。悪いが席を外す。終わったら帰っていいぞ』


 短い文字でそれだけ。

 特に心配していたような内容ではく、念のために魔術の痕跡も探ってみたがそれも無し。(いくら心を許していると言っても今朝の一件はクロトに深い爪痕を残していた)


 紙を適当に捨てるとクロトは壁に掛けられていた上着に手を伸ばす――。

 その直後、バンッと扉が叩きつけられるような音を立て強引に開けられた。


「聞いたわよ、クロト! どういうことか説明しなさい!」

「――へ? なんだよ、突然……っていうか、なんで――」


 あかね色に染まった日差しに当てられ黄金色に輝く髪を激しく乱して――。

 宝石のように綺麗な瞳から光りに反射して流れ落ちる雫を隠すことなく。

 まるでこの世の終わりのような表情を浮かべたレティシアの登場にクロトの

思考が止まる。


「泣いてるんだよ?」




 窓から差し込む暖かな光に暗い影が入り始めた――。


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